07 ドMの俺、最強タンクを目指す
美少女がゾンビになった挙げ句、焼かれて死んだ。
鏡に映し出された、あの時の光景を思い出す。
実際に体験してみると、意外な事に痛みは感じなかった。
ただ自分の意思に関係なく、身体が勝手に動いていく様は嫌な気分だった。
まあいいさ。
何の罪もない猫の少女は助かり、ドM変態の俺は死んだのだ。
自分の身体が骸骨になって消滅。
「ハァハァ……」
死に戻りした俺。
自分の身体を抱き締めて、ベットの上で左右に転がりまくるという不気味な運動を続けていた。
しばらくして止めて、ベットに座る。
すっかり真っ白に治った――いや戻ったと言うべき左腕を触った。
脈を感じる。
俺は――ユーリア・ヤケシュはちゃんと生きているんだと、ようやく理解する事が出来た。
「さてと、おい鏡」
不貞腐れた声が部屋の中に響いた。
窓から入ってくる風に、ポニーテールが揺らめいているのが映し出される。
鏡は目の前に突然現れた。
俺と同じくらいの大きさ。
長方形で周りを黒い縁になっている。
俺がどんな姿になっても、こいつは一切変わらない。
俺の不幸をただ映すだけだ。
鏡はもちろん喋ったりしない。
ただベットに座る俺のしかめっ面に、ビビっているように思えた。
俺は立ち上がって近寄った。
両手を腰に当て、少し反った姿勢をする。
まるでカツアゲしているような声で言った。
「ステータスオープン」
――――
【ステータス診断書】
名前:ユーリア・ヤケシュ
性別:女
年齢:15
種族:ヒューマン
職業:騎士
属性:火
レベル:3
経験値:1/10
固定スキル:【死に戻り】【鏡】
体力:3
マジックポイント:1
素早さ:3
攻撃力:2
物理防御力:6
魔力:1
魔法防御力:3
命中:1
回避:2
運:1
所持金:0モベロン
――――
思ったとおり『鏡』だ。
しかし何の役に立つんだ?
死に戻りは悪くないけどよ。
まさか姿を映すだけってわけじゃないよな?
……確かに、苦しんでいる時の表情はなかなかの魅力的ではあったけどよ。
まあいいさ、二時間後にはゾンビの街になるんだ。
他の人なら逃げ出すだろう。
でもドMの俺はそんな事はしない。
もっと酷い目にあってみたい、などと変態的考えを始めたのだ。
だって死んでもレベルが上がるからな。
ドMと死に戻りは相性抜群だぜ。
今度はどんな死に方をしようか?
……ぐへへ。
今の目標はレベル10だな。
そうなれば、きっと冒険者パーティーに入れてもらえるだろう。
さて、ゾンビが来るまでここで待っておくのもいい。
だけど、先にやらなくちゃいけない事があるんだよな。
日没までにすませないと。
◆
冒険者ギルドに来た。
ドアの前で深呼吸をする。
ゆっくりドアを開けたら、きしむ音が響いてしまった。
中にいたのは猫の少女だけだった。
たぶん音のせいだろう、驚いていた顔をしていた。
「ご、ごめんなさい。怖がらせちゃいましたか?」
右手を頭の後ろにおいて、俺は挨拶をした。
もしかしたら、ゾンビ化した俺の事を覚えているのかもしれない。
死に戻りというのは、他人の記憶には影響しないはずだ……と思う。
でも実際はそうじゃない可能性だってある。
しかし俺の心配をよそに、彼女はすぐに明るい表情に戻ってくれた。
「にゃはは、いらっしゃいませにゃ」
初対面、といった対応に感じられた。
念のために確認してみた。
「あの、俺の事知っていますか?」
「にゃ? ごめんにゃさいにゃ。キミとはたぶん今日初めてだと思うにゃ」
俺は、胸に手を当てホッとため息をした。
彼女は首をかしげている。
変な奴って思われただろう。
実際ドMなのだから間違いではない。
さて変態が、いつまでも女性の近くにいてはいけない。
もうじき始まる、Mの快楽を味わいに行こう。
外へ出ようとすると、彼女から呼び止められた。
「待ってにゃ。せっかく来たんにゃから、掲示板でも見ていってにゃ」
彼女は指をさした。
そちらに目をやると、壁に何枚もの紙がはられていた。
近付いてみると、それらは外国語のような文字で書かれていて読めない――はずだったのに、急に日本語へと変化した。
何だ?
俺の特殊スキルか?
書かれている内容は、どれもこれもモンスターの討伐だった。
報酬は全て万単位である。
街の近くにある、雑草狩りのクエストなんて百万もするのか。
そこへ行ってみるか。
そんな事を考えていると突然、真横に猫の人が現れた。
「うわっ!」
「にゃっ! ご、ごめんにゃ。驚かすつもりじゃにゃかったにゃ」
「い、いえ。俺もおおげさですみません」
彼女からまじまじと見つめられた。
ま、まさか中身が男だとバレたか?
変態だと軽蔑されるのか俺。
それはそれとして楽しい。
ところが、彼女の表情は本気で心配しているようだった。
ちょっ、それはさすがにキツいな。
「キミ、あたしの気配に全く気付かなっかたのかにゃ?」
「え、ええ」
「あたしには気配遮断のスキルがあるにゃ。でもレベルは低すぎるから、この街の人たちはすぐ分かるにゃ。それにゃのにキミは気付かにゃかったにゃ」
「ご、ごめんなさい」
思わず謝ってしまった。
でもしょうがないだろ、実際に俺のステータスは低すぎる。
それはそうと、彼女のは気配遮断っていうのか。
敵に気付かれる事なく接近するって意味だよな。
でもレベルが低いと言ってた。
つまりこの世界の人は、彼女の気配に気付いて当然なのだろう。
そんな初級の事すら出来なかった俺は、冒険者失格の烙印を押されたような気分になった。
やっぱり俺なんかじゃパーティーに入れない、ギルドに来ちゃいけない。
もっとレベルを上げて出直そう。
外へ出ようとすると、彼女に腕を捕まれた。
「待つにゃ! い、いやごめんにゃ。……で、でもにゃ。その……キミのステータスを見せてくれにゃいかにゃ」
俺は言われるがまま、ステータスの紙を出現させ彼女に渡した。
それを見ている表情は、とても厳しいものだった。
やがて小さな声で言われた。
「残念にゃけど、キミに紹介出来るクエストはないにゃ」
まあ、予想はしていたさ。
だから彼女とは逆に、明るい声で言った。
「アハハ、そうですよね。俺って最弱ですから。せめてレベル10まで上げてから出直しますね。アハハ」
すると、より深刻そうな顔をされた。
「いや、最低でも85は必要にゃ」
「げっ、そんなに!?」
大声を出した。
すると彼女は自分の口に人差し指を当てた。
「しーしー、静かに。他の冒険者に知られたらマズいにゃ。技の実験台にされるか、奴隷として売り飛ばされるにゃ」
……ゴクリッ。
美少女がそんな酷い目にあうなんて、想像しただけで気持ちいい。
そんな気持ち悪い考えをしていると、彼女はステータスの紙を細かく破って暖炉にくべた。
俺の個人情報を保護してくれたのか。
嬉しくて泣きそうになった。
「ところでキミ、どうやってこの街に来たのかにゃ? 見慣れない顔にゃけど」
何て説明しよう。
転生しました、とは言えないだろ。
すると彼女は続けた。
「この辺りのモンスターはレベル80くらいのが多いにゃ。とても一人ではこれにゃいにゃ」
という事はゾンビたちもそれくらいの強さなんだろうか。
襲われていたから、彼女より強いのだろう。
ちょっと待て!
どうして転生直後にそんな難易度なんだ?
普通レベル1だろ。
俺がMだからか?
ドMの変態だから、いきなり難しいステージに放り込んだのか?
……ふぅ、ありがとう。
「いやあ、仲間に連れられたんです。あ、ごめんなさい。仲間が待っていますから、これで失礼します」
俺はウソをついてしまった。
ドM変態ぼっち野郎に仲間なんているわけないのに。
俺は急いで外へ出た。
これ以上、彼女に迷惑なんてかけられない。
太陽はだいぶ傾いていた。
さすがにゾンビは飽きたな。
だから、街の外へ行く事にした。
新たな快感を味わうために。
そしてもっとレベルを上げ、最強のタンクになって仲間の役に立つために。
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