03 ドMの俺。部屋から落ちて食われる
気が付くと、俺は仰向けになっていた。
さっきの部屋で、ベットにいる。
俺は慌てて立ち上がり、剣を抜いた。
しかしゾンビの姿は消えていた。
「くそ! どこいきやがった!」
可愛い声が響く。
俺はハッとして、自分の身体を触りまくった。
傷がない。
血が出ていない。
おそるおそる両手を顔の前に広げ、指を一本一本動かしてみた。
いくら数えても、それぞれ五本ずつ生えている。
次に脚を触ってみたけど、ちゃんとついていた。
そんなバカな、食われたんだぞ。
ベットに座り、ため息をした。
夢だったのか?
それにしてはやけに痛かったな。
せっかく美少女になったのに即行で死んだ、そう思っていた。
……だけど今はちゃんと生きている。
「あっはっはっは!」
思わず笑ってしまった。
無理もないだろ、グロい死にかたをしたと思ったら、次の瞬間にはまた生きているんだから。
ゲームで言うなら残機やコンティニューである。
でもここは現実世界だ、遊びじゃない。
実際、すごく痛い目にあったのだから。
などと考えていたら、ある事を思い出したので口にしてみた。
「ステータスオープン」
目の前に一枚の紙が現れた。
床に落ちる前に掴む。
――――
【ステータス診断書】
名前:ユーリア・ヤケシュ
性別:女
年齢:15
種族:ヒューマン
職業:騎士
属性:火
レベル:1
経験値:2/3
固有スキル:【???】【???】
体力:1
マジックポイント:1
素早さ:3
攻撃力:2
物理防御力:0
魔力:1
魔法防御力:0
命中:1
回避:1
運:1
所持金:0モベロン
――――
変化無し、相変わらず最弱と呼ぶに相応しい。
紙を捨てて、立ち上がる。
と同時に胸も上下に揺れた。
重力に引っ張られて倒れそうになるも、何とか踏みとどまる。
その間も胸は暴れ続けていた。
「ホントにでかいな」
指でつついてみた。
プリンのように動く。
次にその場で飛び跳ねてみる。
まるで、ボクシングの練習で使われるパンチングボールみたいな動きをされた。
もっともあれは左右であるのに対し、俺に搭載されているふたつは上下に激しく動いたのだ。
はっきり言って揺れるのは痛い。
しかし気持ちいい。
……ドMの変態は健在だな。
またベットに座ってため息をした。
「すまん、ユーリア。さすがにドン引きだよな」
精神は自分とはいえ、身体は美少女。
もう少し丁寧に扱うべきだ。
しかし。
今うつむいている状態なのだが、合わさった脚に目がいってしまった。
むき出しの太股。
膝から下のカッコいい鎧。
この体勢だと胸が邪魔で見えづらいのだが、それはかえって魅力を増しているように感じた。
「っていい加減にしろ変態!」
俺はベットに寝そべった。
そして目を閉じる。
夢とはいえ、食われるのは嫌だったな。
鏡に映った美少女の最期。
それにあの苦痛に満ちた顔。
口から流れる血と、目から流れる涙。
……たまらない。
「そんなんだから童貞卒業出来なかったんだぞ、バーカ」
ドMなど後ろ指をさされて当然。
せっかく第二の人生を得たのだ、前世のような腐った生き方などしてはいけない。
……ところが、自分を叱ったにもかかわらず、鏡の前で俺は様々なポーズを取り続けたのであった。
しばらくすると、部屋の中が急に黄金色に輝いた。
ま、まさかこれは?
再び紙が出てきた。
反射的にそれを掴み取った。
震える右手を左手で落ち着かせて、書かれた文字に目をやった。
――――
【クエスト発生、ゾンビの襲撃】
勝利条件
ゾンビを10体撃破
または
朝まで生存
敗北条件
ユーリア・ヤケシュの死亡
報酬
ゾンビ1体につき1000モベロン
――――
まさかさっきのは予知夢か?
このままだと俺は食い殺されるんだな?
じゃあ、どこか安全な場所へ避難を。
そう思ってドアを開けようとすると、向こう側からうめき声が聞こえた。
それはだんだん大きくなっていく。
「遅かったか」
ドアから放れ、部屋の中央で荒い呼吸をした。
心臓が激しく動いて痛い。
だから、両手を胸に当て落ち着かせる。
その姿が鏡に映った事で、つい見とれてしまった。
か、可愛い。
命を失う事をおびえるその表情が。
「ってこんな事してる場合じゃねぇだろ!」
ベットを引きずってドアの前に置いた。
次にタンスをやろうとした。
しかし、重すぎて動かせなかったから強引に引き倒した。
他にも小さな机と花瓶も置いた。
ドアは完全に塞がれた。
これでゾンビは入ってこれないだろう。
ところで鏡が全然見当たらなかったのは気になる。
俺の全身を映すのだから、相当でかいはずなのに。
いざとなれば、あれで光を反射させてゾンビをひるませようと考えていたんだけど。
鏡が頭の中を駆け巡っていると、ついにドアを叩く音がした。
うめき声も混ざっていたせいで、殺された時の記憶がよみがえった。
俺は吐きそうになり、口を押さえてその場にしゃがみこんだ。
「ハァハァ……だ、大丈夫だ。……お、俺は絶対死なねぇ……」
ドアを叩く音はどんどん激しくなっていった。
壊れるような気がしたから、俺は必死に押さえ付けた。
すると急に静かになった。
諦めてくれたか。
「ふぅ」
思わずため息がもれた。
ふと横を見ると鏡があった。
そこに映し出される俺は、頬を赤らめていた。
さらに、流した汗に光が反射して、とても色っぽい。
死という最悪な状況から脱し、安堵する美少女の表情はとても魅力的に感じられた。
っておい!
鏡! お前、今までどこに隠れてたんだ!
心の中でそう叫んだ瞬間――ドアが爆発した。
ゾンビが拳で破壊したようだ、攻撃力高すぎだろ。
俺は爆風で吹っ飛ばされ、窓から投げ出されてしまった。
「わ! うわああぁぁぁぁぁ!」
悲鳴を上げて数秒後、俺の身体は地面に叩き付けられた。
ぐしゃりという鈍い音が頭に響く。
「い、痛い、いたい、いたい……」
うまく喋れない。
うまく呼吸を出来ない。
今まで出来て当たり前だった事が、急に出来なくなり怖くなった。
そんな俺の視界に、複数のゾンビが現れた。
「ひっ、く、くるな……」
まともに声を出せなかった。
急いで剣を抜こうとするも、身体が動かない。
骨折したようだ。
直後に、身体の複数を噛み付かれた。
「ぎゃああああああ!」
まるで、餌に群がる鳩のようだった。
もっとも食われているのは俺なのだが。
身体の部位がどんどん失われていく。
悲鳴もだんだん弱くなっていった。
血を吐き、涙を流し続けていると、ある物が見えた。
ゾンビたちの隙間から、自分の姿が映っている事に。
小刻みに呼吸する姿は、死にかけているのに必死に生きようとする証拠だ。
それは儚くも美しい。
そんな自分の――彼女の顔に魅力を感じてしまった。
――?
ちょっと待て。
どうして俺の姿が映っている?
位置からして、それって鏡が空中に浮いてるって事だぞ。
疑問で頭が混乱するさなか、ゾンビの一体に喉を食い破られ、俺は息絶えた。
お読み頂いて、ありがとうございます。
この作品を気に入っていただけましたら、☆での評価、ブックマークの登録をお願いします。




