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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

王子の家庭教師を任された賢者ですが、「教え方が悪い」と王宮を追い出される ~無能なのは王子の方だとみんな分かっているので、弟子の《魔女》や《剣姫》が戻ってきてしまいました~

作者: 笹 塔五郎

「エレリア・ヴァーチェ、お前は今日でクビだ」

「え、ええ……? どうしてですか?」


 開口一番、いつものように仕事をしに王宮を訪れたエレリアは、この国の王子であるアルバート・クレセインの言葉に衝撃を受けた。

 アルバートに魔法を教えるための家庭教師として雇われたエレリアであったが、アルバートへの魔法の授業は順調に進んでいると思っていたからだ。


「どうして、だと? お前が《賢者》などと呼ばれているから、どれほどの実力者かと思えば、教えるのは低級魔法じゃないか! 僕はいつになったら強くなれるんだ!」

「物事には順序というものがあるんですよぅ。アルバート様は順調に――」

「ええい、黙れ! お前の教え方が悪いのをそうやって誤魔化しているだけだろう! とにかく、お前は今日でクビだ!」


 有無を言わさずに、アルバートはエレリアに宣告する。

 エレリアはどう諫めようかと考えていたが、彼がこうなってしまっては、話を聞くことはないだろう。


「……分かりました。私はここを出て行くことにします。ですが、私の教えた反復練習だけは続けるように――」

「うるさいっ! 僕は新しい家庭教師を雇うことにしたんだ。お前の話なんか聞くか、無能めが!」


 新しい家庭教師――ちらりと視線を動かすと、待機するように待つ一人の男の姿が見えた。

 確か、王国の魔法師団に務めている男のはず。役職的には、彼でも十分に家庭教師を務め上げることはできるだろう。

 エレリアは一礼して、その場を去る。魔法を教え始めてからわずか三か月にして、エレリアは早々に家庭教師の職をクビになってしまった。

 王宮内を歩いていると、巡回をしている騎士から声を掛けられた。


「あれ、エレリアさん、もうお帰りですか? 先ほどここにいらっしゃったばかりなのに」

「え、ええ。実は……家庭教師のお仕事をクビになってしまいまして……」

「え、クビに!? ど、どういうことですか!?」

「ちょ、声が大きいですよぅ」

「あ、ああ……すみません。しかし、どうしてそのようなことに? 貴女様ほどの人をクビにするなんて――って、『あの』王子ならあり得なくはない、か」


 あの王子――そんな風にアルバートは呼ばれてしまっていた。

 わがままで傲慢。それが、王宮に仕える騎士達から見ても思う、アルバートの評価なのだろう、と。


「そのような言い方をしてはいけませんよ。彼がまだ子供なだけですから」

「! も、申し訳ありません。エレリア様の言う通りです」

「私に謝る必要もありません。また、私は一介の魔導師として静かに暮らしていきますから」


 騎士に向かってそう答えて、エレリアはその場を後にする。家庭教師の仕事を受けたために、いくつか魔導師としての仕事は断ってしまっていた。

 しばらくは仕事もない状態かもしれないが、数週間くらいならば問題ないだろう。

 エレリアは小さくため息を吐いて、王宮の方を見る。


「……短い間ですけど、ここで仕事ができたのは光栄なことかもしれませんね」


 小さく笑みを浮かべて、今度は振り返ることなく、エレリアは姿を消した。

賢者と呼ばれたエレリアが王子の家庭教師をクビになった――その話は、すぐに国内に知れ渡ることになる。


   ***


「エレリアが家庭教師をクビになった、だと?」


 返り血を拭いながら、少女――フィリ・ディーランは険しい表情を見せた。彼女が立つその場所は、《地竜》と呼ばれる魔物の上。

 単独で地竜を打ち倒せるほどの実力を持つフィリは、王国内でも知らない者はいない。

《剣姫》と呼ばれ、その剣術はかつて世界最強の剣士と呼ばれた《剣聖》に引けを取らないとされる。

 そんな彼女がエレリアのクビの報告を、騎士から受けたのだった。


「はい。私の同僚から聞いた話ですが……エレリア様ほどの方がクビになってしまうなんて、何があったのか……」

「何があったのかは分からない――が、エレリアはアルバート様の家庭教師として雇われたはずだな?」

「はい、その通りです。どうせ、王子がわがままを言ったのではないか、という噂がすでに立っておりますが……」

「そうか――よし、私はこれから王都の方へ戻る」

「これからですか? まだ地竜を倒したばかりでお疲れでは……」

「別に疲れてはいない。後始末は任せるぞ」

「……はっ!」


 フィリは土竜の背中から飛び降りて、そのまま王都の方へと向かって歩き始める。

 その表情は、先ほどまでとは打って変わって怒りに満ちていた。


(……『師匠』がクビになるだと? 一体、どういうことだ)


 剣姫と呼ばれるフィリの師匠――ほとんどの者は知らないことであったが、彼女の師匠こそ、エレリアという女性であった。

 故に、フィリは早々に王都へと戻らなければならなかった。――彼女にとって、もっとも大事なのはエレリアという存在なのだから。


   ***


「……はあ? エレリアがクビになったって、どういうこと?」


 明らかに不機嫌そうな声音で、少女――ルエナ・アートリーは報告にきた魔導師を睨みつけた。


「あ、あの……詳細については分からないんですけど、そういう話が噂になっていて……」


 怯える様子を見せる魔導師を見て、ルエナは小さくため息を吐く。彼女の眼前に広がるのは――燃え尽きて灰と化した魔物の軍勢。

 その光景を作り出したのが、ルエナ本人なのだから仕方ない。

《魔女》と呼ばれたルエナは、現状王国内でも最強と名高い魔導師であった。


「……」

「ルエナ様?」

「あたし、用事を思い出したから帰るわ。あとよろしく」

「え!? あ、は、はいっ!」


 ルエナは魔導師にそう言い残して、足早にその場を去る。

 パッと箒を取り出すと、ルエナはそれに乗って空を飛んだ。


「飛行魔法……さらっと高度な魔法使うなぁ……」


 残された魔導師は、ポツリそんな言葉を漏らす。

 それ以上に、魔物の軍勢を灰にしたルエナの実力が異常であることに違いないが。

 ――そんな彼女の師匠が、エレリアであるということを、知っている者もまた少ない。


(……っとに、師匠は何をしてるのよ!)


 空を飛ぶ鳥達も驚くようなスピードで、ルエナは王都の方へと向かって行った。



   ***


「どういうことだ! 家庭教師をクビになったというのは!」

「そうよ! あたしも聞いてビックリしたんだけど!」

「ひえ……」


 しばらくぶりに顔を合わせた弟子たちが、開口一番に怒りに表情で詰め寄ってきた。短期間に他人に怒られるのもまた久々であり、エレリアは困った表情を浮かべる。

 ここはエレリアの自宅――王都からは離れたところにある静かな森の中にあった。


「ど、どうしたんですか? 二人とも、そんなに怒って……」

「怒るに決まってるでしょ! ……まあ、詳細はもう聞いてるけど」

「ああ、私も王宮に戻って話は聞いてきた。あのバカ王子、まさかエレリアを『無能』呼ばわりするとは……」


 二人は大きくため息を吐いて、席に着く。

 少し落ち着いた様子を見せる二人に向かって、エレリアは飲み物を差し出す。


「せっかく三人こうやって集まったのだから、お茶でも飲みながらお話を聞かせてほしいですね」

「あのね、あたし達はゆっくりお話するために戻ってきたわけじゃないの」

「その通りだ。師匠がクビになっただなんて信じられなくて、いても立ってもいられず戻ってきてしまった」

「あらら……そんなことをして、あなた達の仕事の方は大丈夫なのですか? フィリは騎士、ルエナは魔導師として立派に活躍していると聞いていますけれど」

「そうね、仕事なんてさっさと辞めてきたけど」

「奇遇だな。私も辞めてからきた」

「ふふっ、そうですか。さすがは私が育てた弟子達です――って、なんで辞めてきちゃってるんですかー!?」


 思わず感慨に浸ってから突っ込みを入れる。

 久々に戻ってきた弟子の二人は、仕事を辞めてきてしまったと言うのだから。


「……? 当たり前だろう。師匠がいるから騎士になっただけだ」

「そうね、あたしも同じ」

「珍しく今日は気が合うな」

「ほんとよ」

「こんなところで仲のいいところが見られて嬉しいんですけど、二人はお仕事辞める必要なんてないんですよ……? それに中途半端に仕事を放置しちゃうなんて――」

「任された仕事については終えてから来ました」

「あたしもよ。師匠の弟子なんだから、そこはしっかりしてるわ」


 きっぱりと答える二人に向かって、エレリアは思わず苦笑いを浮かべた。

 家庭教師として王宮に雇われたエレリア。そして、時を同じくして王国に仕えることになった《剣姫》と《魔女》――この二人は、王国で働きたかったわけではなかった。

 師匠であるエレリアが働いているから、同じ場所を選んだだけなのである。


「師匠、次はどこで仕事をするんだ?」

「あたしは一生、師匠についていくから」

「それは私の台詞なんだが?」

「はあ? あたしの方が師匠のこと好きなんだけど!」

「私だ!」

「あたし!」

「ふ、二人とも少し落ち着いてくださいよぅ……」


 仕事をクビになり、しばらくゆっくり過ごそう――そう思っていたエレリアであったが、騒がしい弟子の二人が一緒に戻ってきてしまい、それどころではなくなってしまったエレリア。

《賢者》と呼ばれたエレリアの実力は偽りではなく、この二人を育て上げた彼女こそ、間違いなくこの王国で最強の存在であった。

 そして、エレリアのことを慕っている者もまた、彼女達以外にも存在している。

 王子のわがままによって、王国は貴重な人材を失ってしまったという事実に気付くのは、それからすぐのことである。

 ――だが、エレリアもまた、そんな事態を考える暇ではなかった。


「よし、今すぐに決着を付けよう。どっちが師匠を愛しているか」

「いいわよ、あたしの方が愛しているに決まってるわ」

「私はどうして愛を語られているのですか……!?」


 しばらく、静かな森は喧噪に包まれた。

追放物っぽいの書いてみようと思ったら、最後は主人公の取り合いになっていました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 追放ものだと思ったら百合だった件 [気になる点] 王子が最初から強い魔法を求めるのなら次の家庭教師も続かないだろうなぁ。 [一言] 素直に好きと言える弟子達は素晴らしい。
[気になる点] え?普通家庭教師を解雇できるのは雇い主であって、王子が給与を支払っていないなら一方的な解雇はできないと思いますよ? 子供のワガママを簡単に受け入れてたら教育にならないですよね?
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