さながら愛の如くに
Singet nicht in Trauertonen. 吉田逍児
私が友人、青木に連れられて、森先生の家にお伺いしたのは、八月の暑い盛りのことだった。森先生は広い邸宅に、奥様と二人っきりで住んでいた。奥様は私の想像していたようには美しくなかった。私と青木はその奥様に応接室へ招かれた。やがて応接室へ白い和服姿の森先生が現れた。思いの外、森先生は痩せていた。眼が気味悪く深く、そして黒い。私は言い知れぬ戦慄に襲われたが、それを隠そうと努めた。そんな私に先生は優しく柔らかな声で話しかけた。私は青木と森先生が話すことの意味が余り理解出来なかった。ただぼんやりと聞いていた。しかし身体をしっかりと堅ばらせていた。
「恋愛の極致は心中である」と。
後になって森先生は、この言葉はひやかしだと言ったが、私にはどうしても、それが信じられなかった。それが結局、その通りであったことは、私を驚嘆させた。ここで、その通りであるというのは、心中極致ということである。私はその時から『新生』の同人になった。つまり、青木に頼み込んでもらったのだ。
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私が『新生』に入ってから最初の同人会は、第三日曜日に開かれた。私は青木と出席した。青木はそこの顔役だった。最初の同人会は森先生に会った時よりも、私を緊張させた。同人諸氏が恐ろしかった。それで私は隅っこに屈まっていたのだが、私の隣の青木がどうも光っているので、皆の視線が私に走りがちだった。同人の文学論内容は、私が大学に入ってやっていたのと、それ程、相違がなかった。ただあるとすれば、同人総てが学生で無いということ位だ。私が岬百合香を知ったのは、この日からである。私は時々、彼女と視線が合っていたが、その会合の場では話はしなかった。これといって話すことも無かったし、彼女の席は私と随分、離れていたから。その会合は夜、八時頃に終わった。私は青木と上野に出て帰ることにした。森先生の邸宅は駒込千駄木町にあったので、国電に乗るには、しごく不便だった。それで上野に出るにも、日暮里に出るにも、駒込に出るにも、お茶の水に出るにも、都電に乗らなければならなかった。私達の幾人かは上野へ、また他の幾人かは駒込、あるいは日暮里、あるいは巣鴨、お茶の水へと散って行った。森先生は門の所まで出て来て、またいらっしゃいと言っていた。特に女性には優しいように思われた。それが何故か私を腹立たしくした。私達の五、六人の固まりの中に岬百合香もいた。この時になって、私はようやく彼女と話が出来た。しかし、その話は個人的なものでは無く、文学気取りのものだった。私は青木や岬百合香や、その他の人々と話してはいたが、ただ口を合わせているといっただけで、出任せが多かった。御徒町で二人程、減った。秋葉原で浅草方面へ一人行き、青木が新宿の方へ向かった。青木の下宿は世田谷にあるのだ。私は岬百合香と一緒に品川方面へ向かった。
「どちらまで?」
私はぎこちない尋ね方をした。同人が私達二人を除いて誰もいなかったから、ぎこちなかったのだろう。そんなことはどうでも良かった。兎に角、私と百合香は一緒だった。そして百合香は答えた。
「新橋まで」
「僕も、新橋か有楽町で降りようと思ってたんで」
「まだ早いわね」
「はい」
「日比谷でも散歩しない?」
私は顔を紅くしていた。彼女は、その美しい顔を紅くも染めず、色やかに笑ってみせた。私は紅くなりつつも賛成した。そして心に思った。ついに俺にもめぐって来たかと・・・。私は新橋から日比谷へ歩きながら、まるで検事か新聞記者ででもあるかのように、住所、年齢、勤務先などを聞いた。彼女は素直に田村町に住み、私と同年輩で、洋裁学校へ行っていると答えた。勿論、私のこの尋ね方は不躾そのものであった。後になって、私はこのことを詫びた。日比谷の噴水は若者を呼び集め、忘れられていた冬の孤独から完全に脱離しきっていた。私は百合香と恋人同志のように寄り添って歩いた。私は歩きつつ新しい小説の構想を続けた。素晴らしい考えは浮かばず、現実の世界がただ美しく素晴らしかった。あゝ、小説が何になろうぞ。私はもう小説のことは考えていなかった。夏の夜は素晴らしかった。私は十時頃、百合香を家まで送ってから、下宿に帰った。何時もなら小説を書いたり、読んだりするのだが、不思議に一年もすっぽらかせている日記帳を取り出し、今日のこと、特に百合香についてのことを書いた。それは喜ばしい楽しさを提供してくれた。
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私の下宿と百合香の家は、それ程、遠く無く、歩いて往復出来た。それで日曜などは時々、彼女が訪れたり、私が尋ねたりした。前に彼女が書いた小説を見せてもらったが、余り上手だとは感じなかった。しかし私にとって、彼女が上手であろうと、下手であろうと良かった。私はこうして『新生』の威厳を感じなくなった。私はどうも百合香に恋をしたらしい。恋というものがどういうものだか私には良く判らないが、私は兎に角、恋をしているような気がする。こうして時は過ぎ、私も百合香も恋人同志のように楽しい顔で『新生』の同人会に出席するようになった。青木も私達のことを感づいたらしく、私達に気を使っていた。話は今から本筋に入って行く。だから私は、もう一度、森先生について、否、森先生ばかりでなく、先生の奥様についても説明しなければならない。森先生は子供が一人もいなかった。一生、自分の子供を持たなかった。後になって判ったことであるが、森先生は童貞だった。奥様がありながら、奥様とも何の性的交渉を持たなかった。持ったとしても、それは性的というより、習慣的接吻と愛撫だけであった。だから、森先生の子供が生まれる筈など必然的に無かった。私は時々、先生が言った言葉を、今になって理解出来た。
「私は青春の人間のつもりでいる。いや、青春の人間だ。しかし、誰も私を青春の人間と思ってくれない」
私は、当然というように、森先生を青春の人だなんて思っていなかった。第一、妻ある人間が青春の人だなんてある筈がないと思っていた。確信していた。そうでなくして、何故に妻を娶ったのか。しかし、森先生は青春の人であった。先生にとって、私達を応接室に招いてくれたり、私達に同人会の時、お茶を出したり、お菓子を出したり、食事の仕度をしてくれたあの奥様は、本質的に妻というもので無かった。あからさまに言ったなら、奴隷にしか過ぎなかった。事実、奴隷だった。それでもその奴隷は有名作家夫人と呼ばれていた。多分、彼女はそれだけで満足だったのだろう。私達が青春時代にそうであったように、童貞の森先生には性的欲望が全然ないではなかった。それを忍耐するには、随分、強固な意志を必要としたであろう。そんな先生を理解出来ないではないが、百合香を犯したことは、どうしても許すことが出来ない。しかし、先生が死んだ今になって、そんなことを言って何になろうか。
〇
兎に角、私はこの物語を先へ進めなければならない。私は当時まだ若く、大学生だった。だから百合香へ向ける情熱は熾烈そのものであった。私達はピクニックに行ったり、映画に行ったり、種々と遊んで時を過ごした。青春は二度と戻らないのだなんてことを言って。それらの日々は、二人にとって、夢のような日々だった。しかし私は彼女と遊んだりはしていたが、たった一度でさえ、接吻したことが無かった。接吻しなかった程だから、手を握り合ったり、抱き合ったりすることも無かった。むしろそれを欲していた。だが私にはそれ以上、突き進む勇気が無かった。私は森先生と百合香の出来事を、ここに小説風に描出しようと思ったがやめることにする。何故なら、私だけの理解方法によって書かれたものは事実でないから。だから私は、現実だけを書く。歴史だけを書く。そこでここに、百合香の遺書を書くことにした。あれは長い手紙だった。驚く程、長い手紙だった。私はその手紙が、彼女の最高の作品だと思っている。彼女の書いた中で、一番、彼女の心のある作品だと思っている。
〈さようなら流一様。私はこんな訳で、貴男にさよなら致します。永遠のさよならを。でも悲しまないで。そして私より、もっと素晴らしい人を、お嫁さんに貰って。そして仕合せになって欲しいの。私の分まで、本当に仕合せになって欲しいの。もう一つお願いがあるの。それは、森先生を恨んで欲しくないの。私は先生を本当に可哀想に思うの。童貞を私に与え、それが無意味な先生が、私は本当に可哀想なの。だから森先生を恨んで欲しくないの。これは私が森先生を愛しているから言うのじゃないの。でも、それは言い訳かも知れませんわね。貴男の判断によりますれば。私はまだまだ流一様に言いたいことがあるの。沢山、沢山ありますの。ですから厭きないで、終わりまで読んでいただきたいの。私が貴男に与える最初の手紙であり、また最後でもあるこの手紙を。私は女です。女として、この世に生まれて来ました。ですから勿論、貴男の肉体にも憧れたし、魅せられもし、泣きもしました。ある夜などは薄い下着のまま外に跳び出して、貴男と同じ布団に潜り込みたいようなこともありました。貴男もきっと、そんな時があったと思います。でも、そういう欲情は罪悪ではないでしょうか。貴男の言う『愛』と相対的なものではないでしょうか。恋ではないでしょうか。性欲でない、仮面を被った罪悪的欲情ではないでしょうか。あゝ、罪悪はなんと魅力的興味と陶酔に私達を牽引するのでしょう。まさに恋は罪悪です。誰が何と言おうと、私は恋を罪悪視します。『恋』と『愛』は、貴男の仰りになった通り、相対的なものであり、決して同一のものではありません。Love is not Affectionです。貴男はこのことを、私がここで貴男にお話する前に、すでに、お知りになっていらっしゃいました。本当に私は貴男が神様のように思えて来ましたの。だから私は貴男にさよならするのです。ギリシャ神話でも、神は処女をこよなく愛しましたから。仕合せだった思い出を抱いて。貴男はそれでも、処女以上に私を愛していると仰りになるでしょう。『百合香、百合香を愛す』と言うでしょう。でもそれは遅いの。もう済んでしまった事なの。さよならしてしまった事なの。世界を静止させる今になっても、私は貴男、流一様を恋し、また愛しております。それは未練でありません。私の総てで御座います。私はもう、書くのがいやになりました。でも貴男に私を判っていただく為、私は最後の力をふりしぼって、総て説明致します。細かく細かく明かします。森先生と私の出来事を、貴男は森先生が悪いと言うでしょう。でも、あの時、私も悪かったのです。私は犯された時、森先生に恋をしました。森先生にしがみつきました。その行為は、性欲による本質的行為じゃあ無かったの。罪悪的欲情でしたの。享楽的陶酔の行為だったの。それを私は恋と言いたいの。思春期の乙女が夢見るあの享楽的陶酔だったの。そう。それをきっと恋と言うのだわ。でも先生は私に恋をしたのじゃあ無かったわ。それは貴男にも判るでしょう。あの先生は自分しか愛せない人間なんですから。孤独な人ですから。詩人ですから。先生は自然的、本質的性欲をもって、私に襲いかかって来たの。貴男もご存知の通り、先生にはお子様がいなかったの。それで私に赤ちゃんを産んで欲しかったのだわ。何故か知らないけど、先生は奥様が嫌いだったのね、だから私に、赤ちゃんを産んで欲しかったのだわ。貴男の赤ちゃんきり産む気のないこの私に。だからといって、先生は私を恋してもいなければ、愛してもいなかったわ。ただ自分だけを、お愛しになっておられましたのよ。そうでなくして、誰が童貞や処女でいられましょうか。自分を愛していなくって。しかし、人間には時空に存在する限度というものがありますわ。時空に存在する限度というものが。それで先生は、自分の生命を後世に残す為に、私を犯したのよ。つまり、自分の生命を女体に移植することは、先生にとって死だったのよ。『死』。そう『死』だったのよ。先生は自分を愛していた。だから先生は死にたくなかったの。奥様と合体したがらなかったの。子供をお造りにならなかったの。先生はまさに純潔でした。純潔の人は、まさに先生にとって青春の人でした。だから先生は時々、『私は青春の人だ!』なんて言ったのよ。その先生の言われる意味を貴男はすでに悟っておりました。でも、でも、貴男は先生を青春の人と認めていませんでした。そして貴男は今、この手紙をお読みになりながら、先生の言ったことを信ずることが出来たでしょう。先生が死んだ今になって、先生が青春の人であったということを。でも先生は、私が総てにさよならしてしまえば、もう屍体です。この世に何もありません。私は先生を愛してはおりませんでした。しかし、私はあの時、先生を恋したのです。先生と遊んだのです。ですから、私には何の義務もありません。先生の赤ちゃんを産まなければいけないというような。恋は贅沢な遊びです。性欲的目的など少しもありません。また義務もありません。あゝ、考えてみると、女体ほど、哀しいものはありません。死ぬ今頃になって、それがつくづく判って来たの。男女同権などと言われていますが、矢張り、男は男、女は女なのよ。そして女は哀しい。奴隷のように。そう。奴隷。女は昔、奴隷として生まれて来たのよ。男に使われる奴隷として。だって、そうじゃあ、ありませんか。森先生の奥様が、その典型的表象ですわ。先生の奥様は確かに奴隷だったのよ。間違えても、ファーレムの女とは思えませんわ。ましてや世間一般に言われている奥様とは。何の性的交渉も無く、ただひたすら主人の為に,従事して来た人を、何故、奥様と呼べましょう。何故、奥様と呼べましょう。しかし考えてみると、それは余りにも、献身的でしたわ。まさに奴隷でしたわ。いや先生の奥様だけではないでしょう。世間一般に言われている奥様も、またそうかも知れませんわ。女なんて、男に使われ、道具にされ、結局は、その男の為に死んで行くものよ。私もそうだか知れないわ。でも私は先生の為にさよならするのじゃあないの。貴男の為、貴男、流一様の為にさよならするの。何故なら私は、貴男を恋し、貴男を愛しているから。貴男を恋し、愛しているこの世界を、永遠の中に止めておきたいから。この恋と愛とを、永遠に抱いていたいから。しかし、このさよならは、きっと貴男の為にならないわ。総て皆、私の為なのよ。先生は先生の為に死んだ。私も私の為に死ぬの。可愛い、可愛い私の為に。こんな自分勝手を貴男はどうお思いになって?でも許して欲しいの。去る者を追わぬ人達のように、そっとしておいて欲しいの。罪悪的恋をした女は、エデンの園より、自ら去って行くのですから。さようなら、さようなら流一様。今日わ、今日わ、私の永遠の世界。私の永遠の神様。歴史の一点。永遠の時。さよなら、さよなら流一様。今日わ、今日わ流一様。私の私の流一様。私と一緒の流一様。私自身の流一様。私は私は流一様。〉
以上が温泉宿に残されてあった私への遺書であった。その手紙の中で私は神様になっていた。私は百合香が失恋したのを感じた。現世で失恋したのを感じた。あゝ、そして彼女は、神と永遠の恋をするというのだ。死んで尼になってからも。
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百合香が自殺したのは、森先生の葬式の次の日だった。私は知らせを受けて、青木と共に山奥の温泉宿に行った。青木は何も言わないで温泉への汽車に乗った。私にはそれが辛かった。泣き出し、彼をなぐってやりたい程、辛かった。彼の気持ちを察すれば察する程、辛かった。それでたまらなくなり、私は喋り出した。
「彼女は何故、自殺したのだろう。よりにもよって、先生が自殺して幾日もたたぬうちに?」
「知らぬなあ」
「太宰が死んでから、弟子たちが次々に自殺したようなものなんだろうか。そういう心理は、ちょっと判らぬが」
青木にも、百合香の自殺の原因が判らなかった。勿論、私も手紙を読む以前だったから、判らなかった。しかし、何故か、森先生に嫉妬のようなものを感じたことは確かだった。私達が宿に行くと、百合香の父が私を恐ろしい眼差しで見詰めた。私は自分が彼女を殺したのだと見られているような気がして、腹立たしくなった。しかし我慢出来た。やがて百合香の母が、私に遺書を渡してくれた。私はそれを十日間程、見ないで、抽出に入れておいた。そして気が静まった頃になって、それを読んだ。私はそれで、彼女の自殺を理解し、共に彼女と泣くことが出来た。
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死んだ森先生から手紙が来たのは、百合香の手紙を読んでから、二日後だった。多分、あの奥様が、送って下さったのだろう。先生の遺書にはこう書かれてあった。
〈羽島君。私と君の別かれる時が来たやふだ。その別かれる前に、私は私にとって敵だった君に、一言、云わせてもらふ。羽島君。君は未来有望な才能を持っている。しかし、その才能を輝かせる為には、どふしても磨きが必要だ。必要でありながら、現在の君の研磨機は、全く静止している。それで君は輝くとでも思ふているのか。君は青木君のやふに、努力し給え。それは君の才能は素晴らしい。青木君がメノウならば、君はダイヤだらふ。しかし、君は危険を恐れて、物事にぶつからない。危険を犯したがらない。君は自分の才能的倫理観を信じ、物事にぶつかって行かない。君は身を守らふとするのだ。君は絶えず、その外敵と戦ひもせず、外敵を相手としない。そんな君が磨かれやふか。私は多分、君自身、光を感じ、私と同じやふに、一時の小説家としてしか、良くいって存在しないと思ふ。今迄の私と現在の君は、そんな訳で、死んだダイヤだったと云えやふ。しかし、今の私は違ふ。君のやふではない。一瞬、磨きをかけられた。死ぬといふ今頃にのふて。羽島君。私は昨日、私の敵の恋人であらふ人を犯した。これは机上の事件ではない。事実だ。その女は美しい容姿と、幾らかの知性と、大きな骨盤を持ふていた。名前は君の知る通り、岬百合香と云ふ。私に云わせたならば、彼女はまさに、肥沃な土壌だ。私が一生涯かかって、やふと見つけた肥沃な土壌だ。だから私は彼女を犯した。君達が私の家に集まった時、『私は青春の人だ』とよく云ふた。君はそれを覚えているだらふ。その時、君は何時も、私を懐疑的まなざしで見詰めていた。軽蔑するやふに、せせら笑ふていた。また始まったと云ふやふに。それはそれで良かった。しかし、土壌は死ぬだらふ。私を愛するなれば。君を愛していないならば。もし、彼女が自殺しなかったら、彼女は君を愛しているのだ。だが、彼女は絶対的に自殺するだらふ。この考えは多分、君の倫理的才能によると全く反対であると思うふ。この問題に君がぶつかる為に、私は幾つかのヒントを書いて置かなければならないだらふ。それを列記する。
(一)私は本当に童貞だった。
(二)百合香は私を愛していた。子供より、私を。この私の本質を。
(三)愛は自己を犠牲にする時にのみ存在するのではなからふか。
(四)君は自然的人間としてでなく、また現実的人間としてでなく、当為的、理想的人間として生きやふとしている。
(五)人間は理性によって、動物から区別されるのではなく、生産によって動物と区別される。
(六)私は生産の為に生きた。もふ子供でなくなった。
(七)彼女は自己の死を、犠牲的死に飾り上げやふとするだらふ。さながら愛の如くに見せかけて。
以上で、私が君に与える言葉は終わった。羽島君。君は岬さんが死んでから、この問題をつくづく解かふとするだらふ。私は君がこの壁を突き抜けて、ダイヤのやふに輝くことを願ふている。私の総ては、ここで終焉となる。〉
私は先生の私への遺書を読み終わると、直ぐに先生の言葉と取り組んでみた。先生が言ったように、百合香は実際、死んでいた。新聞には第二の太宰事件なんてことが書かれていたが、私はこの事件の真相を薄々、理解出来ていた。事件の内面的動きは判らなかったが、外面的真相は、そこいらのマスコミ以上に知っていた。しかし、依然と現在でも、百合香の自殺が理解出来ないでいる。森先生の自殺も、理解しているような気でいるが、実際は理解出来ていないのかも知れない。
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私はこの間、森先生の墓を訪れてみた。森先生の墓には、何処の文学青年が挿して行ったのか、線香が煙っていた。その青白い煙を透かして柔らかにほの温かい秋の日の光が、針のように降っていた。その光に浮き上がった辺りの土の上には、黄色い野菊が揺れていた。あゝ、あれは心中だったのだろうか。私はそこに立ち尽くして、しばらく考え続けた。黄昏の紅ひが樹々の間を洩れて来て、私の背中を熱くした。あれは昔のことだった。