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第4章 ~ 南南東:コリーとアメショー ~

 

「初恋の人との再会だっていうのに、ずいぶんと地味な恰好ね、トキ」


  佐藤――もとい、麻宮三姉妹の末妹である蒼依は、初めて会ったときから俺を特別天然記念動物呼ばわりしていた。家族でもないのに馴れ馴れしいなと思ったら、次の瞬間「だったらいいじゃない、遅かれ早かれ家族になるんだから」と冷静に返され、何も言い返せなかった。

  現在二十二歳。悠紀とは四つ、璃那とは二つ、歳が離れている。俺とは同い年だが、学年では俺の方がひとつ上。璃那と比べるとだいぶ身長差があるし、スタイルも性格も、声も口調も似ても似つかない。

  しかし遺伝子のいたずらか、容貌(ようぼう)が双子かと思うくらい璃那とそっくりで、もし二人のヘアスタイルを同じにされたすっぴんだったら、顔だけではまるで区別がつかない。

  月明かりで青みがかった黒髪のサイドテールを揺らしながら、俺たちと同じ高度まで降りてきた蒼依は開口一番、初めて会ったときの第一声と同じことを言った。


「さっき璃那にも言われたよ。そういうお前は、ずいぶん派手な恰好をしてるじゃないか」

「そう?」


  それは一見すると、典型的なメイド服のようだった。

  だが、ワンピースタイプのエプロンドレスの色が濃紺ではなくサファイアのように深い青であることや、ヘッドドレスがないことから察すると、メイド服風なウェイトレスの制服なのかもしれない。ただ、そのデザインが実用性や機能性よりも見せることを重視したものなのは、誰の目から見ても間違いないだろう。



「そこかしこにフリルがついていて、さらに胸元と背中が大きく開いてて、しかも超がつくほどのミニスカートって……」


  中学生かと見紛うほど小柄とはいえ、二十歳を越えた身でその萌え仕様な恰好は、どう見ても犯罪くさい。


「可愛いし、いい目の保養になるでしょ?」

「それは否定しない」


  美的センスが独特で、容姿のバランスも着こなしのセンスも決して悪くはないのだ。


「否定しないんだ」

「するだけムダだろ」

「まあね」


  身長こそコドモ並みだが、プライドが大人の女性ほど高い。ヘタに否定すると「天邪鬼(あまのじゃく)」だの「男として終わってる」だの、挙句の果てには「死ねばいいのに」と、思いつく限りの悪句雑言(あっくぞうごん)で精神攻撃をしてくる。

  璃那や悠紀はそれを「照れてるんだよ」だの「好意の裏返しよ♪」だの言うが、当の本人がそれらを否定しているし、俺もまったく信じちゃいない。


「ただ、とてもそういう狙いで着てきたようには見えないんだが?」

「それはそうよ。いまのは後付けの理由だもの」

「なら、元々の理由はなんだよ」

「――それはね、仕事場から直でここに来たからよ」

「あ、悠紀姉、久しぶ……り?」


  会話と視界に飛び込んできた悠紀の姿を見て、俺は言葉を失った。


「どうしてそこで絶句するの?」

「いや、どうしてもなにも……。仕事って、その恰好で?」

「そうだけど?」


  何かおかしい? とばかりに小首を傾げた麻宮家の長女は、一体どこの神社から来たのかと思えるような緋袴(ひばかま)――俗に言う巫女服―――のような服装をしていた。神主が(はら)い事に使う大麻(おおぬさ)らしきものを手にしているのはまだいいとして。

  なぜ袴が鮮やかなほど(あか)く、ミニのプリーツスカート仕様なのか。


「変?」

「いえ。不思議と、変では無いです」


  恰好は本当に変ではない。むしろ、絵になるほど様になっている。三姉妹の中で一番の長身とスタイルと、黒髪セミロングで常に無邪気な少女のような笑顔で絶やすことがない大人顔のおかげ……なのだろうか。

  あるいは、単に着こなし上手なだけか。


「璃那は、太平洋のど真ん中でお月見してたって言ってましたけど?」

「ええそうよ。だから、そういうお仕事だったの」

「嘘よ。お月見は明らかに趣味と実益を兼ねたプライベートだったわ」


  俺がツッコミを入れるよりも早く、蒼依が真相をバラしてくれた。


「嘘だなんてひどいな蒼依ちゃん。半分はホントのことじゃない。お月見の前はちゃんとお仕事してたでしょ?」

「そうだけど。悠姉(ゆうねえ)は仕事場から直でって言ったじゃない。それはまるっきり嘘でしょ?」


  相変わらず生真面目で、指摘が細かい。


「なんですって?」


  声と同じくキツく冷やかな視線で、刺すようにこちらを(にら)む。昔は体が麻痺したように身がすくんだが、そのうち耐性がついて、いまとなっては痛くもかゆくもない。


「何か聴こえたか?」


  蒼依は〝テレパス〟のオン/オフを意識的に操作出来ない。聴き取るものが心の声であることを除けば、歩く盗聴器と大差ない。

 そのため蒼依の前では、迂闊(うかつ)なことは思うことすら出来ないのだ。


「蒼依ちゃんのいけず。私、蒼依ちゃんのそういうとこ嫌いっ」

「いいわよ別に。妹をちゃん付けするような姉に好かれても嬉しくないもの」


  また始まった。

  この二人が顔を合わせて、口論が始まらなかった場面を見たことがまずない。犬猿の仲――というより、犬猫の仲と言った方がしっくりくる。

  毛並みと愛想と面倒見がいいコリー犬と、小柄で無愛想で高飛車なアメリカンショートヘア。


「あぁはいはい。話はだいたいわかりました。けど、メイドと巫女が一緒にする仕事って一体なんです?」


  文字通り二人の間に割って入り、口論を手で制す。


  ひとまず場を落ち着かせてから質問すると、悠紀は口元に指を置いて思案を始めた。


「んーとねぇ……」


  年上の女性にこう言うのはなんだが、悠紀の思案する姿はとても可愛いらしい。大人顔でこういう仕草をするので、可愛らしさが際立つのだろう。

  ちなみに、璃那の思案するときに指で口元を掻くクセも、元は悠紀の真似から身に染み付いたものだ。


「ここに来る前、私と蒼依ちゃんはね、喫茶店で仕事をしてたの。このカッコで」

「ああうん。それはその通りね」

「…………。――はい?」


  悠紀の可愛らしい仕草でのトンデモ発言に、蒼依は同意したが、俺は耳を疑った。


「聞こえなかった? あたしたちはここに来る前、太平洋のど真ん中でお月見をするよりも前に、喫茶店のウェイトレスをしてたの。秋葉原で」

「いや、それはわかる」


  蒼依が、()んで含めるように言い直してくれた。しかし俺が訊き返したのは、聞き取り難かったわけでも、意味がわからなかったからでもなかった。


「じゃあなんで訊き返したの?」

「このカッコでってとこが幻聴かと思って」


  蒼依のメイドっぽい姿はまだわかる。

  メイド喫茶というものが秋葉原で流行るようになって久しいし、未だにその人気の火は消えてはいない。しかし、巫女姿のウェイトレスがいる喫茶店など……


「知らないの? 普通にあるわよ?」


  あるんだ。しかし店員が巫女ということは……


「来店の挨拶は『おかえりなさいませ、神主さま』なんだよー」


  やっぱりか。


「ちなみにこれは巫女さんじゃなくて、巫女さんっぽい恰好をしたラノベキャラのコスプレで――」


  そんな店を始めた方も始めた方だが、すっかり、そういう店を受け容れることが出来る街になった秋葉原も秋葉原だよなぁ……

  どんどんディープな腐女子的方向へ流れてゆく悠紀の説明を聞き流しながら、俺は遠い目をしていた。



  麻宮家の長女である悠紀は、俺の知る限り、普段は常に笑顔を絶やす事がなく、基本的にゆっくりと話す。それゆえに、のんびりおっとりした印象を見る人に与える。そして同時に、何を考えているのかさっぱりわからないという印象も与えるのだ。

  事実このひとは、突然何の前振りも前触れもなく、突拍子もないことを言い出すことが珍しくない。

  それを考えれば、外見のイメージに似つかわしくない単語が突然このひとの口から出てきたとしても、何の不思議もない。


「――でね? どうしてそんなお店を始めたかっていうと。今度出すゲームの、キャンペーンなのよ」


  そう。たとえばこんなふうに。って、


「ちょっと待ってください。なんですって?」


  今度出すゲーム?


「昨日、電話で言ってたでしょ。あたしたち、会社を立ち上げたのよ」

「そう言えば……」


  昨日、確かにそんなことを聞いた。そもそも今夜のことも、その電話が発端なのだ。


「会社を立ち上げましょうって言われた時は、大して驚きやしなかったんだけど、それが何の会社か聞いたときは、さすがに開いた口がふさがらなかったわ」

「そう言えば俺も、まだ何の会社かは聞いてなかったな。けど二人の得意分野とか、いまの話の脈絡からすると……ゲームメーカー、それも、パソコンゲームの開発会社……とかか?」

「ええそうよ。そういうところは察しがいいのね」

「マジか」

「バリ本気(マジ)


  悠紀と蒼依の得意分野はコンピュータ関係だ。

  悠紀はコンピュータグラフィックデザインに、蒼依はプログラミングに、それぞれ長けている。

  加えて、二人ともSE――システムエンジニアの資格を持っているので、トラブルが生じたとしても、よっぽどのことでない限りは自分たちで対処出来てしまう。

  しかし、だからといってゲームを開発出来るかというと、そう簡単ではないのは俺でもわかる。


「無茶もいいとこよね。今日日(きょうび)、新米ブランドの美少女系のゲームなんて、作ったところで簡単に売れるわけがないでしょ?」

「えー。そんなことないでしょう? ねえ兎季矢くん?」

「いえ、悠紀姉には申し訳ないですけど、それは蒼依が正しいと思います」

「えー? ずるいなあ、外見がルナに似てるからって、蒼依ちゃんの肩持つんだねー。兎季矢くんのいけずー」

「なっ! そ、それとこれとは別ですよ!」

「…………」


  思わぬところにツッコミが入って焦った。蒼依はなぜか無言。

  見ると、目を細めて沈黙している。いつもとは別の意味で表情が読めない珍しいリアクションだ。


「前にも言ったけど。利益の見込みもないことをするのに何の意味があるの?」

「楽しいじゃない」

「話にならないわ」


  俺にとっては、一年前までおなじみだったこの光景。そのときの俺ならこの辺で止めに入っている。


 《すとぉぉぉ ぉぉおっぷ!」


  しかし今回は、俺が止めようとするよりも先に璃那が止めに入った。


「その話は、帰ってから改めてしよう? でないと、時間がなくなっちゃう!」

 《 なんだなんだっ? いま何が起こった? 》


 アルテもろとも、〝モメトラ〟を使って。



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