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第3章 ~ 南東:薄翠色の月 ~4


 敗戦後。俺と璃那は二人で並んで浮かび、ひと心地つこうと、月を眺めることにした。月は、南中高度からゆっくりと地上に向かって西へ傾き始めていた。

 不意に、璃那がくすっと笑い、ぽつり呟いた。


「でも良かった」

「何が?」

「何とか遅刻しないで済んだから」

「遅刻? そんなこと気にしてたの?」


 どこかほっとしたような笑みで言う璃那に、呆れてしまった。今夜の再会は、きっちり待ち合わせ時間を決めていたわけじゃない。決まっていたのは『十六夜月が南中するくらいの時間に』というアバウトなもので、多少それより遅く来ようと、誰からも何の(とが)めも罰もないのだ。

 とは言え、かく言う俺もここに着いたとき、遅刻しないで済んだとわかって内心、胸を()で下ろしたけれど。


「そりゃあ気にするよ。せっかく久しぶりにここでトキくんと逢うのに、遅刻なんてしたくない」

「…………」


 それは璃那にとって、どれくらいの久しぶりなのだろうか。あのときのことも、ちゃんと記憶にあるのだろうか。璃那に過去のことを持ち出される度に、どうしてもそれが気になって仕方がない。


「それなのに姉さんの思いつきに付き合わされて、太平洋のど真ん中でお月見なんてしてたものだから〝ミラージュ〟を使って超高速でここに向かう羽目になったし、それでも間に合わなくて結局〝モメトラ〟まで使っちゃった。このチカラは、無尽蔵に使えるわけじゃないのにさ」

《 みらーじゅ? もめとら? なんだそりゃ 》


 璃那の愚痴りに混じった聞き慣れない単語を、アルテが訊き返す。尻尾を見ると、残像が残るほど、疑問符が激しく揺れまくっていた。

 しかし璃那が答えるより早く、俺が答えた。


「〝ミラージュ〟は英語で言う蜃気楼(しんきろう)や、某国空軍の超音速戦闘爆撃機のことだ」

《 それくらいは知ってるが、そんなモノ何処にも見当たらないぞ? 》

「知ってるんだ。ていうかトキくん。アルテにウソ教えちゃダメじゃない」

「嘘は言ってないぞ」


 ミラージュが英語で言う蜃気楼や某国空軍の超音速戦闘爆撃機のことを指すのは、本当のことだ。


「そうじゃなくって。わたしたちの言う〝ミラージュ〟はそっちじゃないでしょってことだよ」

「ちっ」

《 そんなこったろうと思った 》


 この機に乗じてちょっとアルテをからかってやろうと思ったのだが、目論(もくろ)みは(もろ)くも失敗に終わった。

 こういうふうにお姉さん風を吹かすところは、俺のよく知る璃那そのものなんだが……。

 そんなことを考えているうちに、璃那先生のチカラ講義が始まっていた。


「あのねアルテ。〝ミラージュ〟も、〝テレパス〟みたいにチカラのひとつで、蒼依(あおい)っていうわたしの妹が名付け親の、超高速移動能力の仮称なんだ」

《 仮称かよ 》

「詳しい原理はわたしには難し過ぎてさっぱりなんだけどね。鏡みたいな能力だからなんだって」


 ということで、俺が真面目に補足する。


「〝ミラージュ〟を使うと、一時的に特殊な亜空間に入り込む。そこは鏡のような世界で、時間の流れが止まって見えるほど極端に遅く、相対(あいたい)する方位が入れ替わっているんだ」

《 相対的に高速移動出来る代わりに、相対する方角が入れ替わっている亜空間……なるほど、そりゃ難儀(なんぎ)な能力だな 》

「方位が逆転してるのが難点と言えば難点なんだけど、慣れてしまえばどうってことないからね。で、〝モメトラ〟っていうのは」

「ラテン系の能力者が名づけた『もめてーら』が(なま)ったものだ」

「《 トキくんは黙ってて 》」

「はい」


 ここぞと狙ってボケを割り込ませたが、絶妙なハモりでひとりと一匹にツッコミを入れられた。まさか口調まで合わせて来るとは思わなかった。

 気が付けば、アルテはいつの間にか璃那の膝の上に移動している。完全に孤立した俺は、しばらく黙っていることにした。


「そうじゃなくって、モメント・トランスファー。直訳すると『瞬間転移』って意味なんだけど、その略なんだよ」


《 そんな外国語あったか? 》

「無いよ。これも、蒼依の造語」

《 ルナの妹さんは、変わったセンスしてるな 》

「え? あははッ。そうかもね」

《 なんだ? なんかおかしなこと言ったか? 》

「ううん、いいよ。気にしなくて」

《 ? そうか、なら続けてくれ 》


 自分がダジャレを言ったことにまるで気づいていないアルテに真面目に促された璃那は、ツボに入りかけた笑いをなんとかこらえ、咳払いをして講義を続けた。


「さっきわたし、一瞬でトキくんの間近に現れたでしょ? アレが〝モメトラ〟。見た目には超能力で言うところのテレポーテーションなんだけどね。それとは別物だし、わたしにしか使えないんだよ」

《 術者限定の能力か 》

「そういうわけじゃないんだけどね。個性が死ぬから教わらないわって、妹に言われちゃったからさ」

《 なるほど、そりゃ賢明な判断だな 》

「そうかな?」

《 ああ 》


 補足するが、璃那と一緒にであれば、普通の人も転移出来る。能力者である必要はない。そればかりか、璃那の目の届く範囲であれば、任意の物体を任意の場所に転移させることも出来る。しかもその物体は、静止している必要はない。


「それからこれはトキくんから聞いてるかもしれないけど、〝声〟も含めて、わたしたちの持つチカラには元からの固有名詞がないんだ。わたしたちが出来ることは、物語に出てくる魔法や超能力で出来ることと似てはいるし、どちらかといえば魔法に近い。けれど厳密にはいろいろと違う。だから便宜上、魔法や超能力のそれとは違う呼び方を仮で付けているの。言ってること、わかるかな」

《 うむ。問題ない 》

「よかった」


 生徒のくせに尊大にうなずくアルテを気にしたふうもなく、璃那先生は笑顔で講義を続けた。


「それからこのチカラの源は月の光。わたしたちの体内にはないの。だから決していつでもいつまでも無尽蔵に使えるわけじゃないんだ」

《 つまり、月光からの借り物で、制限や制約があるってことか 》

「ええ、そういうこと」


 たとえば、いま俺たちが何気なくやってる空中浮遊や、ここに来るまでの空中飛行。

これらは、念動力を使える超能力者や魔法使いになら時間に関係なく出来るだろうが、俺たちには、満月当夜かその前後の夜にしか使えない。それ以外だとせいぜい、地面すれすれの浮遊や飛翔が関の山だ。


《 月の光がチカラの源で、いつでも無尽蔵に使えるわけじゃないその理由は? 》

「それはねー……あれ? なんでだったかな」

《 なんだ、肝心なところでド忘れしたのかよ 》

「人間だもの、そういうこともあるよ」

《 なんだそりゃ 》

「…………」


 助け舟を出すのとは別に思うところがあり、真面目にフォローすることにした。


「ひとつは、チカラを使って大それたことをしないようにするため。それと、チカラを持たない人たちに、俺たちのような特殊な人間がいることを知られないようにするためだと、考えられている」

《 なるほど 》


 納得顔で応えたアルテの尻尾を見ると、クエスチョンマークからエクスクラメーションマークに変わっていた。


「そうだったそうだった。それにしても、アルテって変わってるね」


 璃那は微笑みながらそう言って、アルテの喉をくすぐった。


《 どうせなら、理解があると言ってくれ 》

「ごめんごめん」

《 …………ふん 》

「…………」


 不満そうに鼻を鳴らしたところで、気持ちよさそうに目を細めて喉をゴロゴロ鳴らしながらでは何の説得力もないと思うのは、俺だけだろうか。



「……あのさ、ひとつ訊いてもいいかな」

「うん、何かな」


 ふてくされた様子のアルテを見て微笑んでいる璃那に声をかけると、アルテの喉をくすぐるのをやめてこちらを向いた。それに合わせて、肩先までの髪がふわり、揺れる。


「ずっと気になっていたんだけど。その板は何?」


 指ではなく、視線でそれを指す。


「板? ああ、これのこと?」


璃那が乗っている、サーフボードみたいな真っ白い板状の物体。


「箒の代わりだよ?」


 悪戯(いたずら)っぽい笑みで、わかりきったことを言う。これは、わざとだな。


「それはわかる。俺が訊いてるのはそういうことじゃなくて――」

「これはね、出発前に蒼依が用意してきたんだよ。もう魔女が箒に乗って空を飛ぶ時代は終わったわ。とか言って」

「蒼依らしいな」

「本当にね」


 本当は、自分が箒を操るのが下手だから代わりを用意したってところだろうが、アイツの名誉のために言わないでおこう。


「ちなみに名称は、ワンス・ウィング」

「ワンス・ウィング……片方の翼?」

「そう、天使の片翼だって」

「天使の? ――なるほど」


 少し高度を上げて、真上から見る。確かに、一般的なサーフボードの様な細長い楕円形ではなく、天使の翼の片一方のような形をしている。


「天使の翼のイメージだから真っ白なのか」

「ご名答♪」


 顔の横で一本指を立てて、笑う。それを見た俺は一瞬で顔が火照ったのを感じ、直視に耐えきれず明後日の方を向き、咳払いをひとつして、話題を変えた。


「ところで、その蒼依と、悠紀姉(ゆうきねえ)はまだなの? それともまさか、来ない気とか?」


 璃那が姉妹を連れて〝モメトラ〟を使ったのでもない限り、彼女たちが璃那より遅れて来るのは必然だ。しかし、もしかしたら来ないという可能性も無くはない。そういう前例があっただけに、答えを二通り用意した。

 しかし璃那は、心底意外そうな顔で三つ目の答えを口にした。


「あれ、気づいてなかったの? 二人ならもう着いてるよ」

「え」

「ほら」


 微笑みながら言って指さしたのは、俺たちの斜め頭上。けどそこには月しか……


《はろー、兎季矢(ときや)くん♪》

《や。トキ、久しぶり》


 居た。

 それぞれのワンス・ウィングに腰掛けて、意図的に月を背負うように浮かび、こちらに向かって手を振っている。逆光でシルエットや〝声〟の口調から判断するしかないが、《はろー》が悠紀で《や》が蒼依だ。

 だけどお二人さん、いつからそこに?


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