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第3章 ~ 南東:薄翠色の月 ~2


 出逢いの晩からあくる日、十七夜月の夜。

 消灯時間後に病室を抜け出るときにいろいろあって、ゆうべ、璃那と出逢った時間よりも遅れてしまった。それでもどうにか屋上に出る扉の前までたどり着いて、おそるおそる扉を開くと目の前には――

 誰もいなかった。

 外へ出て辺りを見渡すと、病室から窓越しに見たほどには曇っておらず、風もなかった。ただ、雲は止めどなく流れていた。ここは無風でも、上空には強い風が吹いているらしい。

 ポケットから方位磁針を取り出して、月の方位から、時刻を算出する。予想外の出来事があったとはいえ遅刻してしまったことを後悔しながら、諦め半分淡い期待半分で、ゆうべ璃那がいた辺りに目を向けた。

 しかし予想通り、そこに璃那の姿はなかった。

 遅刻したことに怒って帰ってしまったのかも…………とため息をついた、そのとき。


「――ぅわっ」


 突然、背後から視界を(おお)われた。


「誰っ? ――あ」


 誰も何も。冷静に考えれば、このときこんなことが出来るのは一人しかいないのだが。あまりにも突然のことでパニックに(おちい)って、本当に誰なのかわからなかった。

 それでも俺は〝あること〟を手がかりに、背後にいる人物が誰なのかを察した。


「遅れてごめん、ルナお姉ちゃん」

「おお凄い。よくわかったねー、トキくん」


 背後にいる人物の正体が璃那だと気づいてすぐ、素直に謝った。しかし予想に反し、返って来たのは意外にも軽い調子の感心だった。

 そして次の瞬間。


「でも」

「え? うゎっ!」


 俺の視界を覆っていた両手で両肩をつかまれ、そのまま回れ右させられる俺。それと同時にしゃがむ璃那。

 俺たちは、たちまち向かい合わせになった。


「トキくん」

「……な、何?」


 間近で俺を見つめる真剣な眼差しと、不意にそよいだ風で鼻先をくすぐられた黒髪の香りに、俺の心臓は大きく跳ねた。しかし璃那は、そんな俺の異変に気づいたふうもなく、不思議そうに首をかしげて、言った。


「どうして、遅れてごめんなんて言うのさ」

「え?」

「わたしはゆうべ、毎晩ここで会おうねっとは言ったけど、待ち合わせ時間までは決めてなかったよね? なのにどうして、遅れたと思ったの?」

「それは……」


 言われて初めて、そういえばそうだったと気づいて、自問した。

 すると返って来た答えは、


「待ち合わせの時間の時間を決めなかったのは、昨日出会った時刻が待ち合わせの時間だからなのかと思って……」


 言いながら、心の中では、きっと反論されると思ってビクビクしていた。


「そうだったの?」


 ところが璃那は、何の疑いも持たずにただ信じてくれたようだった。


「う、うん。それなのに今夜、その時間に間に合わなくて、お姉ちゃんを待たせちゃったのが申し訳ないなと思ったから……その――」


 それ以上言葉が見つからず、後が続かなくなったところで璃那が叫んだ。


「トキくん!」

「は、はいっ?」

「キミってば、男の子の中の男の子だ!」

「いきなり何を言ってるんぐっ」


 璃那は、大声で俺を褒めると同時に勢いよく抱きしめた。

 このとき初めて、薄翠色の闇に襲われた。



 いまでこそ逆転しているが、当時は璃那の方が背が高かった。といっても、璃那が長身だったわけではない。俺の背が同年代の平均身長より低かったのだ。

 二人が並んで立つと、俺の頭のてっぺんは璃那の鎖骨の下くらいにあった。それだけの身長差がある璃那に真正面から抱きしめられると、どうなるか。

 必然的に俺の顔は璃那の胸に当たる。

 かくして俺は途端にのぼせ上がり、鼻から出血して気を失った。


 子供だったのだから当然だが、あのころの俺は若かった。


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