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第9章 ~ 西:蒼い光の心。月と月影の心 ~

 視界には、青黒い闇の中でまばらに瞬く星たち。その端っこに、夜露に濡れた草。


「――目が覚めた?」


 その冷たさに気がつくと、すぐそばで蒼依の冷ややかな声がした。そこでようやく俺は、自分が芝生の上に仰向けで倒れているのだと知った。

 なぜか体が動かないので視線だけ動かすと、メイド姿の人影が月明かりを背負うようにして立っていた。

 逆光になって表情まではわからないが、声よりも冷ややかな視線を向けられているのを感じる。心なしか、眼光が蒼みがかっているような気がするのは気のせいか。

 どうやら俺は、ほんの数秒で丘の上に飛ばされ、蒼依に投げ飛ばされたらしい。


「らしいじゃなくて、事実その通りよ」


 コイツはまた、人の心の声にツッコミを……


「黙りなさい」

 《黙れもなにも、体が何かに押さえつけられていて口も動かないから、声が出せないんだよ。全部お前の仕業だろ?》

「ええそうよ。〝モメトラ〟であたしとアンタを丘の上に飛ばして背負い投げを見舞ったあと、チカラを込めた視線でアンタを射止めて動けなくしてるの」


 蒼依の眼光が蒼みがかっているのは、気のせいではなくチカラがこもっているからだったらしい。しかし〝モメトラ〟でって……


 《お前確か、個性が死ぬから教わらないわって言ってなかったか?》

「言ったわよ。だから教わったんじゃなくて、ルナ姉さんの見よう見まね。案外うまくいったわ」


 付け焼き刃を俺で試したのかコイツ。コワいことするな。


 《もし失敗して、時空の狭間にでも引っかかったらどうする気だったんだよ》

「もし失敗して異空間に引っかかっても、悠姉が助けに行けるから大丈夫よ」

 《だからってな――》

「そんなことより。自分の十八番(おはこ)をくらった感想はないの?」


 俺の十八番? ああ……


 《中学生で黒帯持ちになった奴に、白帯止まりの奴の背負い投げを十八番と言われても嫌味にしか聞こえん》

「そりゃあ良かったわ。実際、嫌味なんだから」

 《なんだと?》

「だってそうでしょ? 記憶喪失のせいでずっと訊くわけにいかなかった、アンタが璃那姉さんを振った理由が、まさかあんな情けないことだったなんて思いもしなかったんだから。嫌味のひとつも言いたくなるわよ」


 …………ふむ。


 《情けない、か。確かにそうかもな》


「何よ、自分でも薄々わかってたとか言うつもり?」

 《そうじゃない。今ならそう思えるってだけだ》

「本当に? 自分と一緒になっても早々に死別してしまうのが璃那姉さんの不幸だとか、そんな自分じゃダメだなんて勝手に決めつけて。だから身を引いただなんて人聞きのいいこと言ってごまかしてたけど、そんなのただの逃げ口上だったって。そこまで思ってる?」


 語気が、どんどんヒートアップしていく。


 《ああ。確かに決めつけていたし逃げてもいたと、今なら思うよ。ただ、どう考えても死別するのは不幸だ。だけど遅かれ早かれ誰だって経験することだし、それまで幸せでいられたかどうかで、意味は変わってくる》

「そうよ。なのにアンタは、それまで幸せでいられる時間から、尻尾を巻いて逃げた!  挙げ句の果てには、そんな腐った性根を叩きのめしてやろうとぶん投げたら、今なら自分でもそう思うですって?! ふざけないでよ。自分がツキビトだったと判って、ただでさえ人より残り少ない時間を、二年も無駄にしたくせにっ!!」


 察するに、今日このときまでずっと抱え込んできたであろう(たま)りにたまった想いを吐き出すに連れて感極まったのか、最後にはきつく目をつむって力いっぱい()えた。


「蒼依ちゃん……」

「蒼依…………」

 《 …………意外と可愛げあるじゃねーか 》


 いつの間にか、悠紀たちも丘の上に来ていた。ルナの〝モメトラ〟でではなくそれぞれのワンス・ウィングで、蒼依の周りに降り立っていた。

 それに気がつき、チカラのこもった視線で射止められていた状態から解放された俺がまずしたことは。


「悪かった。本当にすまなかった」


 三姉妹への、心の底からの謝罪だった。


「…………もういいから、顔上げてよ。そんなことして欲しくて言ったんじゃないんだから」

「だけど……」

「いいんだってば。気持ちはわかるから、なんて言えないけど……想像はつくから。トキのことだもの、人より死期の早い自分の運命を知って、父さんにあんなこと言われて。きっといっぱい悩んだんでしょ?」

「…………ああ」


 それでも俺は、顔を上げられずにいた。


「だったら、謝ることなんてないじゃない。自分の気持ちを押し殺して、自分の想いと裏腹なことを告げるのがどれだけ辛いかは、あたしもよく知ってるわ」

「蒼依ちゃん……」


 蒼依の想いを人一倍よく知っている悠紀が、蒼依に寄り添う気配がした。


「それに。璃那姉さんを嫌いになって別れを切り出したわけじゃないってわかって、安心したわ。璃那姉さんもきっと同じだと思う」


 そう、なんだろうか……


「そうだよ。蒼依の言う通り。だってわたしがそうだもの。だからほら。お願いだから顔を上げて? トキくんが全部打ち明けてくれたんだから、今度はわたしの番だよ」

「えっ?」


 まさかまだ何か隠してるっていうのかと思い、思わず顔を上げると。ルナは苦笑してこう言った。


「まだ何か隠してるってわけじゃないけど、まだ伝えていない想いが残ってるからね」



 ※ ※ ※



 ほんの一瞬、空間の揺らぎを感じ、それが収まったあと。目の前に月があった。

 俺はルナと、再び上空に来た。璃那のワンス・ウィングに、一緒に並んで座っている。二人の他には、誰もいない。


「わたしの〝モメトラ〟って、蒼依の〝モメトラ〟とは違う?」

「どうだろう。あのときは、ふいをつかれて何がなんだかわからないうちに転移していたから、違いはわからない。それより、本当にもう時間があまりないな」


 視線の先には、白い月。夜明けが近い。

 俺はまっすぐ、ルナを見つめた。


「これだけ教えてくれないか、璃那はどうなんだ?」

「どうって?」

「璃那には、蒼依のような(いきどお)りはないのか。振った理由に対してだけじゃない。璃那は俺が振ったせいで俺との記憶を引き離された。そのことだって怒って当然じゃないか。なのに…… どうして、そんな顔してるんだ?」


 ルナは、やわらかく微笑んでいた。


「璃那は怒ってなんかいないし、わたしも同じだよ。記憶を引き離したのは失いそうになったからだけどトキくんのせいじゃない。あれは璃那のミス。トキくんを無理やり引き止めようとして(ばち)が当たったんだよ、きっと」


 仮にそうだったとしても、そのきっかけを作ったのは俺だと言った俺にルナは「でも直接の原因じゃなかったんだから気にすることないってば」とさらに笑顔で返した。


「それに」

「それに?」

「笑うに決まってるよ。ずっと逢いたかった人にまた逢えて、ずっと言いたかったことが言えるんだもの」


 ルナの声はどんどん大きくなっていき、笑顔も、満面の笑みに変わってゆく。


「本当は璃那から言った方がよくて、わたしが言うのは反則かもしれないんだけどね」


 そこでいたずらっぽく笑って、いったん声のトーンが下がる。


「いや、そんなことは――」


 そんなことはないよと言い終えるのを待たずに、


「このことをきっかけに、これからずっとわたしの隣にいてほしい。わたしをトキくんの頼りない姉貴から頼りない彼女に、昇格させてくれないかな」


 不安を抱えた様子で上目遣いに、おそるおそる、それは告げられた。


「……ダメ、かな」

「ダメなわけないよ」


 返事は、考えるまでもなく決まっていた。


「…………一度しか言わないから、よく聞いて」


 それは、葬儀の日からいままでずっと、心の奥に閉じ込めていた本音。


「たとえどんな未来が待っていようと、そのときが来るまで璃那のそばにいたい。本当はずっと、そう願ってた」


 このときルナが、どんな顔をしたのか。それはわからない。お互いの顔を交差させるようにルナを強く抱きしめて、目を閉じたまま告げたから。


「…………やっと、言ってくれたね」


 返ってきたのは、普段の璃那とは違う、凪いだ海のように穏やかな声だった。あるいはそれが、ルナの地声だったのかもしれない。


「……ごめん」

「ううん。でも……やっぱり、反則だったなあ……」


 呟きのようなその言葉のあと。


「え? ぉわっ!」


 突然、ルナの体が脱力したように重くなった。

 ルナの体重プラス重力で傾いたワンス・ウィングをすぐにチカラで水平に戻した、その直後。


「――タイムオーバーよ」


 目の前に悠紀たちが現れて、蒼依が告げた。


「制限時間がきて、それと同時に気を失ったのよ。正確に言うと、ルナ姉さんの意識が眠ったの」

「タイムオーバー? でもまだ月は――」


 月はいつの間にか、空に溶けて消えてしまっていた。


「リミットは月没時間じゃなかったってこと」

「それと、チカラを使い過ぎてリミットが早まったのもあるわ」

 《 ただでさえ〝モメトラ〟はチカラの消耗が激しいんだそうだ。ルナは今夜、それを多用していた。となれば、当然の結果だよな 》


 俺の誤解を解く蒼依の説明に、悠紀とアルテが続いた。


「そっか……」


 とりあえず大事ないことがわかって、俺は内心、胸を撫で下ろした。


「それはそうと」

「ん? なんだ、まだ何かあるのか?」

「そうじゃなくて。いつまでそうやってるつもり?」

「?」


 蒼依の言葉には、明らかにトゲがあった。珍しいことに、不機嫌さをあらわにし、隠そうともしていない。しかし俺には、きつく目を閉じて短く嘆息した蒼依が何を指してそう言ってるのか、まるでわからない。


「まあ、かなり久しぶりの感触だろうし、好きなだけ味わっていても、私は構わないけどね」

 《 正直、見てるだけで熱くてかなわん 》

「っ!」


 微笑む悠紀と意地の悪い笑みを浮かべるアルテの言葉で、自分の態勢と蒼依が不機嫌なワケに気づいた俺は、顔の表面温度を急激に上下させて、慌ててルナの体を自分から離した。


 《 リトマス試験紙みたいだな 》

「懐かしい単語だわ。小学校の理科の実験以来ね」


 顔色を一気に朱に染めてから同じ勢いで蒼白へと変化させたであろう俺を見て、呑気にそんな会話を交わすアルテと悠紀をよそに、蒼依が無言で指を鳴らす。

 すると次の瞬間、ルナと彼女のワンス・ウィングがどこかへ転移された。


「そ」


 その結果。


「そうきたかあああぁぁぁぁぁぁぁ――――――――っ!」


 ルナの体を強く突いて離した反動で後ろに倒れるような態勢だった俺は、そのままの格好で地上へ落下していった。

 悪い予感と予想のさらに上をゆく仕打ちを受けて、チカラを使う余裕などあるはずもなかった。

 あと一秒で、丘の上に墜落する――っ! まさに間一髪。そんなスレスレのところで、文字通り自分の箒に(すく)われた。

 蒼依の気持ちはわからないでもない。それに、蒼依が操る箒の柄先に引っかかった宙ぶらりんな格好で言っても無様なだけだろう。だがそれでも、言わずにはいられなかった。

 こ……


 《殺す気かっ!》

 《むしろ死ね。ていうか死んでしまえ》



 ※ ※ ※ 



 これは余談で、後日、悠紀から聞いた話だが。

 俺が蒼依に殺されかけたとき、アルテと悠紀はこんな会話をしていたんだそうだ。


 《 ひどい言われようだな 》

「そうね。でも蒼依ちゃんからしたら、自分の気持ちを知っていながらあんなのを見せつけられたんだもの、無理もないわよ」

 《 ……ほほぉう。それは、いいことを聞いた 》

「あ、意地の悪い顔してる。可愛いけど、ちょっとコワい」



『――蒼依ちゃんの感情の動きってわかりやすいし、てっきりアルテちゃんもとっくに気づいてると思って言っちゃったんだけど、違ったみたい。知った途端になんか企んだみたいだったけど。まずかったかしら?』


 そういうことは、もっと早く教えて欲しい。


「もう手遅れです」


 かくして俺は、悠紀から電話でこのことを知らされる前後数日の間、それをネタにアルテからしつこくからかわれたのだが。

 それはまた、別の話である。



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