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第8章 ~ 西南西:葬儀の日。それと再会前夜 ~ 3

 


 麻宮朱海は、璃那たち三姉妹の母にして、俺の知りうる限り、最も強大なチカラの持ち主であり最高の能力者だ。

 小柄だが、とても二十代の娘が三人もいるとは思えないほど年若い容貌と容姿の持ち主。

 そんな女性が、互いの鼻先が触れ合いそうなほどの至近距離に現れたのだ。普通なら、面食らって言葉を失うところだろう。


「思ったほど驚いていないわね。兎季矢くんなら、絶対豆鉄砲に撃たれたハトみたいな顔をすると思ったのに」


 頬を(ふく)らませてそう言われた。当然のことながら自分じゃ分からなかったが、このときの俺は無表情だったらしい。


「そんなことはありません。見た目よりは驚いていますよ?」


 正確には、あまりのことでどんな反応をしていいか表情に困り、数秒間、言葉を失っていた。


「ただ以前、貴女の愛娘に同じことをされたので、多少の免疫がついてはいますね」

「なるほどね。本当に全部思い出したみたいね」

「ええ。だけどそれを確かめるために、わざとこんな現れ方をしたんですか?」

「いいえ、これはただ、兎季矢くんがどんな顔をするか楽しみだっただけよ。あのときのあの子もそうだったでしょう?」

「そうですね」


 なるほど納得。カエルの子はカエル、もしくは――


「この親にしてあの子あり、ってことよ」

「自分で言っちゃいますか」

「事実だからね。それより、さっき言ったことに答えてくれる? それとも、娘たちより母親に先に明かしちゃ何か問題ある?」

「いいえ、問題ありません。ただ……」

「ただ、何?」

「何でそんな恰好なんですか?」



 このとき朱海さんは、上はマリンブルーのブラウスの上から白衣を羽織り、下は黒いタイトスカートとストッキングとパンプスといった恰好だった。こんな恰好をするのは理数系の女教師か女医くらいのものだ。


「なんか変? 兎季矢くん、女医さんって見たことないの?」

「ありますよ。俺の通っていた学校は、校医も養護教員も女性でした」

「なら、そんな珍しがることないじゃない。みんなこんなカッコだったでしょ?」

「ええ確かに。別に珍しがっちゃいません。でも、ここは学校でも病院でもないので。とりあえず、靴は脱いでください」

「えー? 宙に浮いてるんだから別にこのままでもよくない? 他に誰か見てるわけでもなし。それとも靴フェチなの?」

「 違 い ま す 」


 とんでもなく飛躍した邪推に、声を大にしてきっぱり否定した。


「そういうことではなく、モラルの問題です。ここは日本家屋なんですから、たとえ宙に浮いていても室内では靴は脱いでください」

「このコスプレは、靴まで含めて完成してるんだけどなー」

「様式美よりモラルの方が大事です」

「意外と頭が堅いのね。ちなみにこのカッコは、娘たちの仕事のお手伝いをしていたからよ」

「元・婦長が女医のコスプレで手伝う仕事って、なんなんですか?」

「その辺は、明日娘たちに聞いてちょうだい」

「……ここでは教えてくれないんですか」

「お楽しみは、後にとっておいた方がいいでしょ?」


 顔の横で人差し指を立ててウィンクする。


「まあ、それは同意見ですね」


 それ以前に、実年齢を感じさせないカワユイ笑顔で言われてしまっては、反論の余地がない。

 果たしてどういうお楽しみが待っていることやらと思ってはいたが、まさかメイドや巫女の恰好で現れるとは思ってもいなかったな。


「女医のコスプレをした朱海さんが同じようなコスプレをした悠紀姉たちと一緒に仕事……」


 ちょっとその場面を想像してみた。


「……どんな仕事をしていたとしても、三人が母娘(おやこ)であるとわかった人は、おそらく皆無だったでしょうね」

「姉妹だと思ってくれた人がほとんどね。若く見られるのは嬉しいけど、フクザツだわ」


 そう言ってる割りには顔がほころんでますね――とは言わなかった。言えなかったというのが本当のところだが。蒼依の母親でもあるだけに、不用意なうっかり発言は、その後の俺の精神衛生のためにならない。


「それはそれとして、本題に戻りましょう。璃那を振った理由を聞かせてくれる?」

「はい。実は――」


 そして俺は朱海さんに、葬式のときの話をした。


「――ということがあったんです」

「そうだったの……。風貴くんが兎季矢くんにそんなことをねえ……」


 朱海さんは、どこか嬉しそうな顔をして何事か呟いたが、よく聞き取れなかった。

 しかし訊き返す間もなく表情を硬くすると、俺に問いかけた。


「でも、本当にそれが理由なの?」

「どうしてですか?」

「兎季矢くんは、風貴くんとは違うタイプに見えるから。好きな女を自分が幸せにしようだなんて、自惚(うぬぼ)れてるようには見えないわ」

「自惚れ……ですか?」

「そうよ。女は男が幸せにしてやらなきゃならないなんて、男の自惚れだわ。それか思い上がり。男に幸せにしてもらわなきゃ幸せになれないほど、女はヤワじゃない。第一、このアタシや娘たちが、そんなヤワだと思う?」

「……いいえ」


 朱海さんのことはよく知らないが、少なくとも、三姉妹は強い。もっと言えば、強い自分であろうとしている。そんな女性が、ヤワなわけはない。ならばその母親がヤワなわけがないとも思う。


「そうでしょう? もしそれが理由で二年前のあのときに今の話を璃那にしていたら、あの子は『わたしは幸せにしてもらわなきゃ幸せになれないような女じゃないよ』って言ったわよ。絶対にね」

「ええ、そうでしょうね」


 朱海さんは、璃那の母親なのだ。誰よりも深く彼女を知っているだろう女性の見立てに、俺が異論を挟めるわけもない。

 それに、俺が璃那を幸せにしなきゃいけないなんて思っていないのも確かだ。一方がもう一方を幸せにしなくてはいけないのではなく、二人で幸せになれるよう、ともに日々を積み重ねていくものだと思っている。

 しかし……


「そうよ。なんなら明日、あの子に会ったら直接訊いてみたらいいわ。葬儀の日のことを話したら『それならそれで、あのときに言ってくれたらよかったのに』って言われるわよ。きっとね」

「はい。でも……」

「でも、何?」

「璃那は、俺との記憶を取り戻したんですか? どうして今になって、また会いたいなんて言ってきたんでしょうか。もし記憶を取り戻していて、俺が過去に患っていたときのことも――」

「患っていた? ……ああ、なんだ。そういうことなのね」


 朱海さんは、俺の(まく)し立てるような早口の問いかけを聞いて、俺が璃那を振った本当の理由に気づいたようだった。

 そして安堵とも呆れともつかないため息をついた後、穏やかな口調で俺に問いかけた。


「いつ、気づいたの?」

「火事のあとです。耐火金庫に、カルテとX線写真、それと戸籍謄本(こせきとうほん)のコピーが残ってました」

「そう……」


 朱海さんは、複雑な表情をしていた。無理もない。


「さっきの電話の相手が悠紀だったのは、わかっていたんでしょう?」

「ええ。さすがに三度もやられちゃ、バレバレですよ。でも、今回の企画をしたのは璃那だと思います。確証はありませんけど、確信はあります」


 俺は笑って、だけど真摯(しんし)に答えた。


「そう……」


 朱海さんは一瞬だけ温かい笑みを浮かべたがすぐに消して、厳しさを持った母親の顔で、俺に告げた。


「なら、その確信を持って、明日を待ちなさい。あの子たちの心情も現状も、あの子たちから直接聞きなさい。それ以上、アタシが伝えるべきことは何もないわ」

「わかりました」

「うん、いい顔。……そういうところは、あの人にそっくり」

「え?」

「なんでもないわ。悠紀から聞いたと思うけど、道中のサポート(雲海で地上からの目隠しをして、月が南中したら雲海を消す)だけはしてあげるから、安心して行ってらっしゃい」

「ありがとうございます」

「これくらい、礼には及ばないわ。それじゃあね」


 その言葉を最後に微笑むと、指を指揮棒(タクト)のように振り、宙に魔法陣のようなものを複数描くと同時に。朱海さんの姿は、どこからともなく現れた光の粒子に包まれて、消えた。



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