第8章 ~ 西南西:葬儀の日。それと再会前夜 ~ 1
璃那に誓った約束の年。その前年の暮れに俺は、火事で家と家族をいっぺんに失った。
そのことも約束を先延ばしにせざるを得なかったことと関係してはいる。しかしそれよりも深く関係しているのは、葬儀の場で初めて出会った男性、風貴さんの一言だったのだ。
ルナたちには言うまでもないが、風貴さんは璃那たち三姉妹と親子であると同時に、世界的な大企業として名高い佐藤グループの最高責任者で。がっしりとした体格でありながらやさしい顔立ちをしていて、見るからに包容力のある切れ者だ。
《 トキヤとは真逆のタイプだな 》
ほっとけ。――自分と同じ、月の都の一族だった伴侶に先立たれて失意の渦中にあった璃那たちの母親・朱海さんと偶然出逢い、彼女を何かと励ましていたことから二人の間に恋が芽生え、やがて愛に変わり婚姻を結んだが、璃那の上京をきっかけに籍を別にした。
これはあとから聞いた話だが、この丘の観光開発を進めようとして、都市伝説まがいな妨害に遭ったのは彼のグループ傘下の建設会社だったらしい。
《 都市伝説まがい? 》
無人の重機が、いや。無人の重機で、作業員たちを襲ったんだ。
《 大掛かりなポルターガイスト現象だな。しかし、誰がそんなことを? 》
それについてはノーコメントだ。
《 てことは、誰の仕業か知ってるんだな 》
ノーコメントだ。
「少なくとも、わたしたち三人には、無理だよ?」
《 ミヤコだってそうだ。てことは…… 》
話を戻すぞ。――葬儀の場に姿を現した風貴さんは、香典帳に署名した自分の名前に驚いた俺を一瞥して、その場を去った。
しかし葬儀のあと、彼はひとりでいた俺のところへ来た。というよりもたぶん、俺がひとりになるのを待ってたんだろうけどな。
風貴さんは俺が列席の礼を言うより早く、こう言い放った。
『兎季矢くん。君は幸せに出来るのか? 家も家族も財産も失った今の君に、誰かを幸せに出来ると思っているのか』
その時の俺には、返す言葉が見つからなかった。
『こんなときに、不躾にこんなことを言ってすまないとは思っている。
事情は朱海さんからすべて聞いた。
本来なら、娘が選んだ相手にこんなことを言うつもりはなかった。
だが、このような事故が起きてしまった以上、私は娘の幸せを願うひとりの父親として、言わないわけにはいかない。
よく考えて、君が自分で答えを見出し、それを娘たちに告げてやって欲しい。
君が娘の、璃那の幸せを心から願うのであれば。話は、それだけだよ』
そう言うと、風貴さんは俺の返事も聞かぬうちに、踵を返し、去って行った。
「ーーそうして結果的に俺が出した答えは、みんなの知っての通りだ」