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親友……では、ない  作者: 秋月 忍
外伝 室長編 
15/16

厨房

「ああ、ちょうど良いところに戻ってきた」

 ノックの音がして、ちょうどレムスたちが帰ってきた。

 レムスたちと一緒にいたのは、ディアナではなく、知らない男だ。かなり表情が暗い。詳細はわからないが、かなり深刻な事態が公爵家でおこっているのだろう。

「厨房の魔道具の保冷器の調子が悪いという報告が入ってな。今、出かけようとしていたところだ」

「魔光蟲でしょうか?」

「……かもしれん。だとすれば、破裂する危険がある。報告は歩きながら聞く」

 私は道具を手にして、厨房へと急ぐ。時間が惜しい。

「厨房は、危険物が多いですから……厨房の人間を避難させたほうがいいかもしれませんね」

「とりあえず、厨房の人間はこちらが良いと言うまで避難するようには指示はした」

 レムスの提言に答えながら、私は歩く。

「それで、その魔光蟲の話はどうなった?」

「はい。魔光蟲は、あと二匹いるらしいです。そして、こちらのルワン氏は、ディアナの助手だそうで」

 レムスに紹介され、男は何も言わずに、小さく頭を下げた。

 避難指示が行き届いているのであろう。辺りには誰もいなかった。

「夕方、俺が来たときは、特に異常はなかったようなんですが」

「なんでも、保冷器に入っていたものを出そうとして、気が付いたらしい。中のものが全然冷えていなかったという話だ」

「保冷器ですか……」

 厨房のドアを開くと、魔道灯に照らされた厨房はガランとしていた。調理は、既に終わっていたのだろう。皿や食材は、片付けられている。

  問題の保冷器は部屋のすみにあり、かなり大きいものだ。

「居るとしたら裏側だな」

 私とレムスは保冷器に手をかけた。

「魔術が使えんとなると、重いな」

「本当に」

 思った以上に、保冷器は重かった。人力だと、男二人でやっと動かせた。隙間があいたところでルワンも加勢に入ってくれる。

 が、壁と保冷器の裏側に魔光蟲の姿はない。

「故障だったか?」

 レムスが眉根を寄せる。

「待って下さい」

 ルワンが声をあげた。

「羽音がします」

 言われて耳をすますと、小さくジジという何かを擦るような音がする。

 おそらく、魔道の機構に入り込んでいる。

「外します」

  レムスが、羽目板を外した。エーテルの取り込み用の管の中に魔光蟲と思しき光が明滅している。

「どうする?」

「おびき寄せてみます」

 ジェシカが懐から結晶のようなものを取り出し、管の入口付近に近付けた。

 カサカサと音を立て光が動き始めた。どうやら、その結晶に反応したようだ。

「よし。出てきたら、そこの調理台に置け」

 少しでも広い方がいい。私は厨房の中央を指さした。

「やってみます」

 虫は一匹だけのようだ。ジェシカが、ゆっくり結晶を台の上に置く。

「ジェシカ、上!」

 レムスの声に弾かれるように上を見上げると、大きく膨れた別の魔光蟲がジェシカの真上にいた。

「もう一匹いたのか?」

 気づいてなかった。魔道灯にでもいたのだろうか。

 魔光蟲は羽音を立てながら膨れ上がっていく。

 台の上の結晶には興味はないのか。ぐるぐると大きく旋回する。かなりの大きさだ。ジェシカに触れそうな距離だ。下手に手を出せない。

 レムスとジェシカが呪文を唱え始める。

 だが、蟲はさらに大きくなり始めた。明らかに魔力を吸っている。

「まずいな」

 私も呪文を詠唱し始めた。呪文の速度が速まる。

この際、小さい方の蟲は後回しだ。

「もう一匹は、僕が引きつけます」

 ルワンが結晶に手をのばし、ゆっくりと離れた位置へと結晶を運んでいく。

 三人がかり、ということもあろう。呪文の完成速度はかなり早い。

 魔光蟲が激しく明滅しはじめたところで、なんとか呪文が完成した。

「魔存器に」

 大きく息を吸い、魔存器を手渡すとジェシカはゆっくりと虫をその中に入れた。

「もう一匹は?」

「こちらです」

ルワンがじっと見守る中、結晶の上にとまっている。

「普通に補虫することも可能かと」

「大きさは、どうなんだ?」

「今のところ変わりはありません。通常より、一回り大きいですけれど」

「任せる」

 ルワンが捕虫網を取り出した。

 ふわり、と網がかぶさり、魔光蟲はいとも簡単に捕らえられた。

 そのまま、ルワンは持っていた小さなカゴに結晶ごと入れる。

「大丈夫なの?」

「おそらくは」

 ルワンが頷いた。

「魔光蟲は、交尾前に、若干、大きくなることは森でも観察済みです。オスは交尾後、メスは産卵後には、元の大きさに戻ります」

「つまり、その大きさに変化するのは通常だということだな」

「そうです」

 レムスに答えながら、ルワンは慎重にかごの中の虫を見る。

「僕たちが捕らえた虫は、すべて産卵直前の断食状態にあります。通常の状態であれば、その後、エーテルを大量に取り入れて体にエネルギーを蓄えて、産卵に至ります。先ほどから、この虫は大きさに変化がありませんから、結晶のエーテルでは、これ以上の変化はないと思われます」

「つまり、封印せずとも良い、ということだな」

「確証はありませんが」

 安心はできないということか。私は思わずため息をついた。

「とりあえずは、ここで何かあっては対応できん。厨房は魔道具が多すぎる」

「実験室に戻りますか?」

「……そうだな。とりあえず、保冷器を元に戻そう」

 魔光蟲は捕らえたが、ほんの少しの魔力に反応しないとも限らない。私たちは、再び、人力で保冷器を元に戻す。

 気にしていなかったが、今後、物理的な軽量化も必要かもしれない。

「室長!」

 ジェシカが、声を上げた。

「どうした?」

 私たちは慌てて、かごを覗き込んだ。

 魔光蟲の身体がずっと震えている。

「封印しましょうか?」

「──待ってください」

 ルワンは、呪文を唱えようとしていたジェシカを止めた。

 虫は、木の枝に尻をくっつけはじめている。

「産卵です」

「え?」

 よく見ると、木の枝に丁寧に小さな粒が並んでいる。

 虫は小さく震えながら卵を産み終えると、よろよろと結晶のほうへと移動した。

 身体は幾分、小さくなったようだ。

「この虫は思ったほど、魔道具の影響を受けなかったみたいです。大きさも元に戻りました。ただし、卵が孵るかどうかは、別問題ですが」

「つまり、産卵期が終われば、巨大化の危険は少ない可能性がある、ということか?」

「たぶん。そう結論を出すのは、まだ早いかもしれませんけれど」

「何にしても、君たちの研究データは、早急にこちらに提出してもらわないといけないな。この虫をどうするかも、私だけの判断でどうにかなるものじゃない」

 ジェシカとレムスの話から考えても内乱にもなりかねない機密だ。フェルダ公が穏健派なのは、唯一の救いか。いずれにしても、危険である。

「わかっています」

 ルワンは俯く。

「なんにしても、場所を変えよう」

「そうですね。産卵が終わったら、本当に安全になるかどうかは、まだわからないことですし」

 魔光蟲は結晶の上にとまり、再び、小さく明滅を始める。

「とりあえず、俺は保冷器に異常がないかどうかだけ、確かめて戻ります」

「わかった。では、ジェシカも残れ」

 当たり前のように、私が言いつけると、ジェシカが驚いた顔をする。

「魔道具系のトラブルがないとも限らん。いざという時、一人より二人のほうが良かろう」

「……はい」

 その指示の正統性を考え込むような顔をするジェシカ。レムスが踏み込めない理由を、垣間見た気がした。

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