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親友……では、ない  作者: 秋月 忍
外伝 室長編 
13/16

ゆさぶり

「グラームス室長、書類が出来ました」

 ノックの音がした。事務職のエルザのようだ。

「ああ、入ってくれ」

 私は書類を書く手を止めずに、返事をする。

 いつものように、エルザは一礼して部屋に入ってきた。

 宮廷魔術師も、室長になると魔術の研究ばかりしているわけにはいかず、予算やら数々の申請書、陳情書など、とにかく書類仕事が増える。細かな事務処理は事務官にやってもらってはいるが、最終的な判断は、魔術の知識のある人間が行わなければならない。

「少し前、騒がしかったけれど、何かあったのか?」

 顔を上げ、彼女から書類を受け取る。頼んでいた書類は、しっかりと体裁を整えられていた。

「ああ、ラムダス軍医がいらっしゃったので」

「軍医が?」

「ジェシカが、仕事で怪我をしたのです。捻挫だそうです」

「捻挫?」

 仕事というと、噴水のエーテル機構の件だろうか。ジェシカにとって、慣れた仕事である。何かトラブルでもあったのだろうか。

「軍医の話では、かなりひどい捻挫だと、聞いております」

「そうか」

「レムスが一緒だったので、無理はさせないと思いますけど」

 エルザがふうっと息を吐いた。

「ただ、ジェシカが家に帰ったとは、まだ聞いておりません」

「調子が悪いと、かえって帰らないかもしれないな」

 ジェシカは現在、妹夫婦と同居している。ジェシカは、家族に心配をかけるのを極端に恐れるから、酷いなら、なおさら職場にいようとするかもしれない。

「私なら、すぐに帰りますが」

「……私もだ」

 エルザと私は、苦笑をかわす。

「あの子の場合、一番、そばにいたい人が職場にいるのが問題なのかも」

「かもしれんな」

 私は机の上に置いた子供の肖像画をみる。仕事はもちろん大事だが、自分の居場所は常に家族のもとにある。

 ジェシカが自宅でくつろげないなら、何らかの手をうった方が良いのかもしれない。もっとも、レムスがそばにいるというのなら、私が口を出すのは野暮であろう。

 私は受け取った書類にサインをするべく、ペンを手にした。




 執務室に訪れた、ジェシカとレムスの報告は、思った以上に深刻であった。

「魔光蟲ね……」

 足を怪我したジェシカが自分の意志で帰らないというより、職務的に帰せない事態かもしれない。

 私も、家に帰れないだろう。今日一日で済めば、良いが。

「なぜそのようなものが、宮中にいるのだろうか? あれは、レーゲナスの森に生息していたはずだ。レーゲナスの森は、馬でも二日かかる距離だぞ? 風にとばされてきたにしては、遠い」

「理由は全くわかりません。ですが、一匹ならともかく、この一日で三匹も発見したのですから、何か対策は必要です」

「問題は、魔光蟲がいたことより、魔光蟲が、魔力を喰らって大きくなるということかと」

 レムスが魔光蟲の入った魔存器を静かに机に置く。

「特に、最初に発見した魔光蟲は、大きな力を放って破裂しました。あれは、ちょっとした兵器になりかねません」

 にわかには信じがたい。

 レーゲナスの森近辺で、そのような事故は報告されていない。

「魔光蟲の生態は、あまり詳しく知られていない」

 おそらく、研究したレポートはないはずだ。

「そのような危険なものなら、とりあえずこのことは、外部に漏らしてはならん。いずれ、レーゲナスの森への調査や、立ち入り制限も必要だ」

 二人の話す通り、魔道具の魔力を喰らって、巨大化し、最終的に破裂するというのならば、とてつもなく危険である。武器に転用の動きは当然あるだろう。我が国の問題だけですまない。他国に知られたら、さらに厄介である。

「魔光蟲は、それほど珍しい生物ではない。ただ、発光する様子が珍しいため、過去に幾たびか、森で採取し、持ち帰ろうとした者は多いと聞く。しかし、レーゲナスの森のエーテルを糧に生きるため、森から離すと、すぐに死んでしまうと言われてきたのだが……」

 宮廷にいた、ということはそうでなかった、ということだろう。

「とりあえず、この件は憲兵総官や、学者連中にも話さねば」

 誰に話して、誰に話さないか。それも慎重におこなわなければならない。国家を揺るがしかねない問題だ。

「しばらく、残業が続きそうだ。覚悟しておけ」

「……でしょうね」

 レムスが、苦笑しながら頷く。

 残業だけで済めばいい、との想いは内心にしまっておく。

「捕らえた魔光蟲の分析を頼む。もっとも、ノーマルな個体についての分析がなされていないから、比較等は難しいが……」

「了解です」

 言いながら、ジェシカは、宿泊希望の書類を差し出した。

「……随分、準備がいいな」

 さすが、仕事人間である。もっとも、このような事態でなくても、ジェシカが職場に残ることは予測済みだった。

「ジェシカは、帰った方がいいんじゃないか? 顔色悪いし、足も痛いだろう?」

 レムスがジェシカを気遣う。

「こんな状況で、家に帰っても安心して休めないわ」

 事態が事態だ。ジェシカでなく、私も家に帰ったとしても、仕事が頭にちらつきそうではある。

「……ジェシカは、仕事人間だからな。ただし、休むべき時は、休め。ジェシカに倒れられると、困る」

「……はい」

「家に帰るより、職場のほうが休めるなら、宮廷の寮に入ってもいいんだぞ?」

 つい、余計なことを言ってしまう。

「おい、それ、どういう意味なんだ?」

 案の定、レムスの顔色が変わる。気が付いてなかったのだろう。もう少し、いろいろ察してやれ、とつい思う。恋は盲目というが、見えていないことが多すぎる。

「そのようなことはありません。ただ、この状態で家に帰ると、たぶん、当分仕事に出られなくなるかと」

 ジェシカはレムスを相手にせず、苦笑した。

「……ああ、そうだな。それはまずい。もっとも、お前のためには、その方が良いかもしれないが」

 私は息をついた。

「ジェシカの妹、いや、妹の婿としては、義姉に過労死されては世間に顔向けが出来ぬであろう。少しは、義弟のためを思って、仕事を休むことも必要だぞ」

「室長、言っていることが、矛盾しておりますが」

「まあ、そうだ。結論としては、お前に倒れられると困る」

 私は正直に答えた。

「高く買っていただいて、嬉しいです」

「当たり前だ。役に立たない人間は、宮廷魔術師である必要はない」

 宮廷魔術師はエリート中のエリートである。それだけに、課せられる責任も大きい。

「魔光蟲の分析は、二人でやれ。急を要する」

「そのつもりです」

 私はレムスに魔存器を渡した。

 ほんの少しだけ、レムスの瞳に嫉妬の光が見える。どうやら、自分の知らないジェシカの家庭の事情を私が知っているということが不満なのであろう。

 全く。そんなことで妬くとは。それなら少しだけ、ゆさぶってやろう。

「ああ、ジェシカ。例の話だが、この件の状況にもよるが、先方は、近日中にゆっくり会ってみたいと言っている」

 私はわざわざ、ジェシカに話しかけた。

「……はい」

 ジェシカが驚いた顔をする。まさか、ここで切り出されるとは思っていなかったのだろう。

「忙しいとは思うが、ドレスを新調するといい。明後日、妻の懇意にしている仕立て屋に来てもらう予定だから」

「え?」

 そんな予定はしていないが、頼み込めば来てくれるだろう。もっとも、現状、それどころじゃない気もするが。

 魔光蟲のことはかなり長丁場になりそうだ。ジェシカが結婚を考えていると知ったレムスが、この期間に動かないのであれば、さすがに、仲を取り持つのは無理だ。

「ドレス代は、ご祝儀代わりに私が持つ。しっかり着飾れよ」

「……ありがとうございます」

 ジェシカは複雑そうだ。それは、そうだろう。

「相手は、どんな男なんですか?」

 いささか不機嫌にレムスが口をはさむ。

「私が見たところ、ジェシカの相手に申し分ない男だよ」

 劇薬は、見事に効果を上げているのだろう。レムスの表情が暗い。

 このタイミングで仕掛けて、職務に影響を出してはまずいが、仕事で忙しいくらいの方が、この二人は余計なことを考えないだろう。

「ところで、宿泊届けは、ジェシカだけでいいのかね?」

 レムスは不機嫌そうな顔のまま、私を睨む。敵意が見える。いい傾向だ。

「……俺も、泊まります」

「では、手続きしておこう」

 やや意地悪く、私はレムスに頷いてみせた。

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