縁談
正直に言えば、部下の色恋を取りまとめたりしなければならないという義務は、室長の私にはない。
むしろ、職場に恋愛感情を持ち込まれたりしては面倒なことが多い。本来、そういった関係になりそうな部下たちがいるのであれば、部署を離したりする方が無難、ではある。
ただ、宮廷魔術師なんてのは、狭い職場である。基本は一人ずつ独立した研究室を持っていて、なれ合いから不正がおこるという仕事ではない。むしろ、有事の時に連携が取れるという意味では、同僚との関係が円満な方が望ましい。その辺りが難しいところだ。
「この前の話、まだ大丈夫でしたら、お受けしようと思いまして」
意を決した顔でジェシカが、執務室に訪れた時、私は内心ため息をついた。
「本当か?」
「はい。良いお話と思い直しました」
女性としては短い髪。化粧っけは少ないが、整った知的な顔立ち。服装は仕事のしやすさから、男装に近い。魔術師としての実力はなかなかのもので、真面目で勤勉である。
私を兄のように慕い、仕事をこなしてくれている優秀な部下だ。早くに両親を亡くし、年の離れた妹を養って育てあげたしっかり者でもある。問題があるとすれば、女性としての自己評価の低さだ。仕事と、妹のことを最優先にしてきたために、仕事以外の部分の自分に全く自信が持てていない。
私は彼女の両親にお世話になったこともあり、ずっと彼女を見守ってきた。自分のことをいつも後回しにしてきた彼女には、ぜひとも幸せになってほしいと願っている。
彼女はどちらかと言えば、美女の類に入るが、信じ難いほど鈍感なために、男性のアプローチはことごとく空振りしているようだ。
もっとも、ジェシカの同僚であるレムスが徹底してガードをしている側面もある。妻帯者の私にすら、露骨に敵意を見せることがあるくらいだ。それなのに、関係はいっこうに進まない。
もはやジェシカとレムスが相思相愛であるのは、周知の事実であるのに、もどかしいことに本人たちだけが知らないのである。
「まあ、良い話には違いない」
この前の話、というのは、私がジェシカに持ち込んだ見合い話である。
受けたいという返事が来るとは、思ってもみなかった。
「それにしても、ジェシカ、どうして、急に?」
「いけませんか?」
「……いけなくはないが」
もとより、私が切り出したことである。それくらい強力なテコ入れをしなければいけないと思わせるほど、最近のジェシカは、精神的に不安定だ。仕事に影響を出すようなことはないが、体調を崩しかねない。
「妹も結婚したことですし、私もそろそろと思ったのですけど」
「……まあ、それはそうだな」
一度は断ったジェシカであるが、かなり悩んだのであろう。結婚を意識させれば奴との関係も進むだろうと思って切り出した劇薬は、彼女の中だけで消化されてしまったらしい。
「ならば、すぐに先方に知らせよう。先方は、かなりノリ気のようだからな」
先方、なんてものは本当はいないのだが、私はもっともらしく話を続ける。
「よろしくお願いいたします」
ジェシカの表情が暗くこわばっている。かなり思い詰めているようだ。
「……レムスには、話したのか?」
思わず、私は聞いてしまう。
「なぜ、レムスに?」
ジェシカは本当にわかっていない。『縁談』を持ち込まれたということを奴に『話す』ことも計算して、私はこの話を持ち掛けたのに。これでは、全く意味がなかったとも言える。
「……親友ではないのか?」
相談という形で、レムスに揺さぶりをかける勇気もないほど、自分に自信がないとは思わなかった。
「まあ……そうですね。縁談がまとまったら、話します」
「事後報告か?」
本当にそれでいいわけがない。誰も得をしない。
「事前に言う必要、ありますかね?」
確かに、ジェシカが思い込んでいるとおり、レムスが、ジェシカのことを親友としか見ていないのであれば、言う必要はないだろう。
同僚に見合いの報告義務はない。
「まあ、私としてはどちらでもいいのだが、後悔するのではないのかね?」
つい本音が出てしまった。
私としては、彼女が後悔しないのであれば、それでいい。見合いしたいのであれば、本当に見合いさせても良い。別段、難しいことではない。実際のところ、彼女であれば、話はいくらでもある。
コホンと咳払いをした。
「先方から返事が来たら、また連絡する」
「よろしくお願いいたします」
ジェシカがここまで決意をして、レムスとの関係が変わらないのであれば、他人の私がどうこうする問題ではない。本音を言えば、かなり歯がゆいけれど。
「それから、ジェシカ。中庭の噴水のエーテル機構が調子悪いって報告が来ている。後で見ておいてくれ」
「わかりました」
私はジェシカに仕事をいいつける。
仕事については、誰よりも優秀で、度胸もある彼女が、恋にはどうしてそんなに逃げ腰なのか。
私は書類に目を落としながら、思わずため息をついた。




