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親友……では、ない  作者: 秋月 忍
外伝 室長編 
12/16

縁談

 正直に言えば、部下の色恋を取りまとめたりしなければならないという義務は、室長の私にはない。

 むしろ、職場に恋愛感情を持ち込まれたりしては面倒なことが多い。本来、そういった関係になりそうな部下たちがいるのであれば、部署を離したりする方が無難、ではある。

 ただ、宮廷魔術師なんてのは、狭い職場である。基本は一人ずつ独立した研究室を持っていて、なれ合いから不正がおこるという仕事ではない。むしろ、有事の時に連携が取れるという意味では、同僚との関係が円満な方が望ましい。その辺りが難しいところだ。

「この前の話、まだ大丈夫でしたら、お受けしようと思いまして」

 意を決した顔でジェシカが、執務室に訪れた時、私は内心ため息をついた。

「本当か?」

「はい。良いお話と思い直しました」

 女性としては短い髪。化粧っけは少ないが、整った知的な顔立ち。服装は仕事のしやすさから、男装に近い。魔術師としての実力はなかなかのもので、真面目で勤勉である。

 私を兄のように慕い、仕事をこなしてくれている優秀な部下だ。早くに両親を亡くし、年の離れた妹を養って育てあげたしっかり者でもある。問題があるとすれば、女性としての自己評価の低さだ。仕事と、妹のことを最優先にしてきたために、仕事以外の部分の自分に全く自信が持てていない。

 私は彼女の両親にお世話になったこともあり、ずっと彼女を見守ってきた。自分のことをいつも後回しにしてきた彼女には、ぜひとも幸せになってほしいと願っている。

 彼女はどちらかと言えば、美女の類に入るが、信じ難いほど鈍感なために、男性のアプローチはことごとく空振りしているようだ。

 もっとも、ジェシカの同僚であるレムスが徹底してガードをしている側面もある。妻帯者の私にすら、露骨に敵意を見せることがあるくらいだ。それなのに、関係はいっこうに進まない。

 もはやジェシカとレムスが相思相愛であるのは、周知の事実であるのに、もどかしいことに本人たちだけが知らないのである。

「まあ、良い話には違いない」

 この前の話、というのは、私がジェシカに持ち込んだ見合い話である。

 受けたいという返事が来るとは、思ってもみなかった。

「それにしても、ジェシカ、どうして、急に?」

「いけませんか?」

「……いけなくはないが」

 もとより、私が切り出したことである。それくらい強力なテコ入れをしなければいけないと思わせるほど、最近のジェシカは、精神的に不安定だ。仕事に影響を出すようなことはないが、体調を崩しかねない。

「妹も結婚したことですし、私もそろそろと思ったのですけど」

「……まあ、それはそうだな」

 一度は断ったジェシカであるが、かなり悩んだのであろう。結婚を意識させれば()との関係も進むだろうと思って切り出した劇薬は、彼女の中だけで消化されてしまったらしい。

「ならば、すぐに先方に知らせよう。先方は、かなりノリ気のようだからな」

 先方、なんてものは本当はいないのだが、私はもっともらしく話を続ける。

「よろしくお願いいたします」 

 ジェシカの表情が暗くこわばっている。かなり思い詰めているようだ。

「……レムスには、話したのか?」

 思わず、私は聞いてしまう。

「なぜ、レムスに?」

 ジェシカは本当にわかっていない。『縁談』を持ち込まれたということを奴に『話す』ことも計算して、私はこの話を持ち掛けたのに。これでは、全く意味がなかったとも言える。

「……親友ではないのか?」

 相談という形で、レムスに揺さぶりをかける勇気もないほど、自分に自信がないとは思わなかった。

「まあ……そうですね。縁談がまとまったら、話します」

「事後報告か?」

 本当にそれでいいわけがない。誰も得をしない。

「事前に言う必要、ありますかね?」

 確かに、ジェシカが思い込んでいるとおり、レムスが、ジェシカのことを親友としか見ていないのであれば、言う必要はないだろう。

 同僚に見合いの報告義務はない。

「まあ、私としてはどちらでもいいのだが、後悔するのではないのかね?」

 つい本音が出てしまった。

 私としては、彼女が後悔しないのであれば、それでいい。見合いしたいのであれば、本当に見合いさせても良い。別段、難しいことではない。実際のところ、彼女であれば、話はいくらでもある。

 コホンと咳払いをした。

「先方から返事が来たら、また連絡する」

「よろしくお願いいたします」

 ジェシカがここまで決意をして、レムスとの関係が変わらないのであれば、他人の私がどうこうする問題ではない。本音を言えば、かなり歯がゆいけれど。

「それから、ジェシカ。中庭の噴水のエーテル機構が調子悪いって報告が来ている。後で見ておいてくれ」

「わかりました」

 私はジェシカに仕事をいいつける。

 仕事については、誰よりも優秀で、度胸もある彼女が、恋にはどうしてそんなに逃げ腰なのか。

 私は書類に目を落としながら、思わずため息をついた。

 


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