1-8 ダンジョンコア
僕は光一の話を聞いて、何だかよくわからないモヤモヤしたような気持ちになり、なんともいえない気分だった。
「まあ、そう気にするなよ。今の段階で全ては憶測に過ぎないんだ。またネットでの情報制限が始まると厄介なんで、今のうちに集められる情報は集めておくけどよ」
「ネットにダンジョン人間を救うための方法とか載っていないのかい?」
「そりゃあ無い事も無かったが、なんだか創作くさい内容だったぞ?」
いかにも胡散臭いと言いたげな仕草で掌をヒラヒラさせる光一。
「それでもいいよ」
どんな希望でもまったく無いよりはマシさ。
「ああ、なんていうかな。ダンジョン人間の中でダンジョンをダンジョンたらしめている物、ダンジョンコアという物があってだな、それを中に入って外してこられればダンジョンが解除されて元に戻るっていう意見があったんだが、特に根拠が無い話だからな。どこから沸いてきた話なのか」
僕も沈黙した。さすがに胡散臭い、とってつけたような話だ。もし本当だとしたら、どこの誰が書き込んだんだよ!
「ただいま~」
「あら、光ちゃん来てたのねー」
そうこうするうちに母親達が資材調達の旅から帰還したようだ。うちの母親の気晴らしも兼ねていたので、のんびりと行ってきたみたいだ。
「来てたもへったくれもないぜ。晩飯会場を変えたんなら、息子に電話の一本くらい入れてほしいんだけど」
「それでも、ちゃんと来てるじゃないの。文句言わずにお手伝いしなさい」
「へえへえ」
僕達も男の割には夕飯のお手伝いなんかやったりするわけだが、今日は子供のメンツが一人足りない事は誰も口には出さなかった。
今日のメニューは無言の協定で、果帆の大好きなメンチカツとクリームコロッケだ。家族の想いを思いっきりと練り込んで。
みんなでゴトゴトやっていると、玄関の方から音がする。どうやら父親が会社から帰ってきたようだ。
「おお、いい匂いだね。ただいま。ああ、お隣さんも来ているのかい」
「ああ、お帰り、父さん」
「真央。その、果帆が一体どうしたんだい?」
おっさんは、僕の方を見て気が急くような感じで尋ねた。帰ってまずメンツを見回して、この場に果歩がいない事を真っ先に確認したようだ。
今日はスーパー定時で帰宅したようだった。まだ部下は仕事をしているだろうに。早く帰ってこいと言ったのは僕なんだけどね。
「果帆は特殊なウイルス病にかかっていて、政府の人間に連れていかれちゃったんだ。隔離されるんだって。何か色々とんでもない話なんで、僕らも話についていけていないところさ」
「な、なんだとー! どういう事だあ~。私の可愛い果帆があ!」
さすがに我が家では娘狂いと定評のあるおっさんだ。むしろ、その様子を見ていた母親の方がどんどん冷静になっていく様子が空気の感触を通して手に取るようにわかる。
大体、いつもこんな感じなので、今いるメンバーは大方この反応に予想がついていたようだ。誰もおっさんの悲鳴にも似た叫びに突っ込まない。そして、冷静になった母親が父親の後頭部に強烈なチョップを食らわせて大人しくさせると席に座らせた。
「さあさ、まずは御飯にしましょう。お隣のご主人は遅くなるみたいだから。食べながら話をしましょうか」
父親が渋々言う通りにすると、御飯をよそいながら母親は語りだした。
「今日、先生が来てね。今日、学校であった検査で果帆が特殊なウイルスの保有者である事が判明したって。それが重大な結果を齎す可能性があるからって超法規措置で隔離されのだと。まだ伝染病としても認定されていなくて、本来なら無い措置だけど緊急で必要だからって」
そんな説明があったのか。確かに、今日みたいな騒ぎを引き起こすとなると大変だからな。今日だけで一体何発の鉛玉がぶっぱなされたものやら。
死者重傷者の類が岡田先生1名だなんて素晴らしく幸運な出来事だったのだ。他にはゴブリンに噛まれたり引っかかれたりした奴すらいなかった。
「真央も学校で何があったのか教えてちょうだい」
「ああ。今日もいつもみたいに学校へ行って、教室へ行ったら1年の教室の方から悲鳴が聞こえたんで見にいったら、変な小鬼、日本政府いうところのゴブリンとかいうのが大量に沸いていたんだ。果帆が危なかったんで、僕と光一で助けたんだ」
「小鬼? なんだそれは。そ、それで、果帆はどうした。怪我とかは?」
小鬼と戦った僕らの事は聞かないんだな。苦笑する光一と軽く顔を見合わせ、話の続きを進める。
「ああ、果帆は無事だよ。光一も頑張ってくれたんで怪我一つないさ」
露骨にホッとする表情の父親。まったく、たまには息子の心配もしなさいな。
「ついでに僕らも無事だったね」
僕の少しイラっとした一言で、ようやく失態に気付いた父親が軽く咳払いしたので、みんなで乾いた笑いを浮かべる。もう本当にしょうがないなあ。
「も、もちろん、お前達が無事でよかったよ。そ、それで?」
「ああ。結局大怪我したのは一人で小鬼どもと戦っていた先生だけで、その先生も隔離されたよ。それから全校生徒がウイルス検査を受けて、そして果帆はそれに引っ掛かった。生物兵器なのではないかって話なんだけど、よくわからない。ウイルスは留学生が持ち込んだもので、果帆は既に感染済みで、多分僕達家族は抗体ができているだろうって。果帆の周辺も検査されるかもしれないね。まあ、感染力は低いそうなんで早々は引っ掛からないと思うんだけど」
お父さんも難しい顔をしていた。自分の娘由来の原因であちこちの人間が検査を受けるとなると、それなりに大変なんだろう。
「それで、果帆はそれからどうなったんだい?」
どうやら違ったようだった。娘の事以外は何も考えていないな、この娘馬鹿親父め。
「わからない。怪我はしていないし、今すぐ体に異常が現われるような病気じゃないんだ。検査が鬱陶しいくらいじゃないかな。でも、きっとすぐには帰れない」
すぐにどころか、果たして無事に帰ってこられるかどうかも不明だ。しかし、それは心の奥に仕舞っておいた。
まだ何もわからないうちにそんな事を言ったら、このおっさんが意味も無く暴れてしまうだろう。父親はまた難しい顔をしていたが、おもむろに口を開いた。
「それで果帆は今どこに? いつ迎えに行ったらいいのかな。平日だと会社を休む手筈がいるからなあ」
やっぱり全然わかっていないようだった。
これだから、このおっさんは! もうそんな事態じゃねえんだよっ。光一も僕の呆れたような様子に、うんうんと頷いていた。
「お父さん、果帆がかかったのはダンジョン病とかいう訳のわからない病気なんだ。人間が魔物を生むダンジョンになってしまうという不思議な病気だ。訳がわからないよ。しかし目撃者によると、その留学生は口から魔物を吐いんだって。もし病状が進むと果帆もそうなるんだ。今日は凄い騒ぎだったよ。警察の特殊部隊が出動して、サブマシンガンを撃ちまくった。僕らは先生から指示されて、教室に伏せていたんだ。まるでテロの現場だ。戦争だよ。ダンジョン病の患者は症状が進むと、そんな大惨事を引き起こす。本人の意思とは係わり合いなくテロリストになってしまうんだ。そういうウイルス兵器なんだよ。僕らだって、この目で見て実際に体験したのでなけりゃあ信じないよ」
僕の話を聞いた父親は思わず箸を止めて聞き返す。
「何だ、それは。そんなに危ないことがあったのかい? それで結局、果帆はどうなるんだ?」
さすがの娘馬鹿親父にも、ことの重大さがわかってきたようだった。
「わからないけど、治療薬ができない限り施設から出してもらえないだろうね。何しろ、生物兵器ウイルスだそうだから、それも簡単にはいかないだろう。普通の症状ではないんだから。自衛隊の監視付きで隔離されたままだ。留学生はそうされている。果帆も時間の問題だと思う。本来なら僕や家族もまとめて隔離されているところさ。感染力の低いウイルスだからいいようなものの。抗体のできた僕から伝染する事はないんだってさ」
だが、箸だけでなく時間さえ止めたかと思うような父親は、いきなりプルプル震えたかと思うと、突然立ち上がり叫びだした。
「嫌だー、私の可愛い娘があ~。迎えに行く、父さんは今すぐあの子を迎えに行くぞ~」
あー、暴れだしちゃった。やっぱり、そう来たかー。
ダンジョンクライシス日本
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