1-7 ダンジョン人間の末路
「ねえ、お父さんには連絡した?」
「いけない、まだ連絡してなかったわ」
「じゃあ僕から電話しておくから」
そう言って、絵美里おばさんに目で「お母さんを宜しく」と言っておいた。間髪入れずに「任せて」とウインクが飛んでくる。いい歳こいて、そういう仕草が妙に似合う人だった。
そっちは任せて、僕は自分の部屋から電話した。工場とかではなく机仕事だから電話に出られないという事はない。特に僕が電話するなど尋常ではないので出てもらえるだろう。
何を話したらいいものやら、一応頭の中で整理してからボタンを押した。しばらくコール音が響いてから電話が取られた。
「はい、山岸です。真央、お前なのかい?」
「あ、ああ。うん。今、電話してても大丈夫?」
「少しなら大丈夫だ。どうした? いつもと様子が違うぞ」
ああ、わかっちゃうんだな。親だからな。
「ああ、実は果帆がちょっとね。病気っていうのかなんていうのか。今は病院に隔離されているんだ」
「なんだとお!」
うわ、耳に痛い。いきなり立ち上がろうとして机に膝でもぶつけたのか、父親の呻き声も混じっていた。
職場でかなり大きな声を出したので、女の人から「課長、どうかされましたか?」とか聞かれてしまっている。思わず僕も声を殺して笑ってしまった。
「あ、いや、なんでもないんだ。すまない、大きな声を出してしまって」とか言い訳をしているのがまた笑えた。
「ははっ。お父さんってば、ちょっと落ち着きなよ」
「いや、だって。お前が大変な事を言うからじゃないか。それでどうしたんだ、今すぐ帰った方がいいか?」
父親の慌てぶりに、電話越しに俺は思わず首を振ってしまった。娘には甘いというか、やたらと心配するんだよな。
「駄目だよ。定時までちゃんと仕事して。そして今日は絶対になるべく早く帰って。お父さんが今すぐ来たって何の解決にもならないんだ。詳しい話は帰ってから説明するよ。電話じゃあ埒が明かない。お母さんが動揺しちゃって、ちょっと大変だから。今お隣のおばさんが来てくれて、だいぶ落ち着いたけど。とにかく果帆はしばらく家に帰れない状況なんだ。お父さんが思うよりも、遥かに深刻な事態なんだからね」
なんともいえない間を持ってから、父親はおもむろに返事をした。
「わかった。なんだかわからないが、なるべく早く帰る事にしよう」
わかったような、わからないような口ぶりで父親は電話を切った。まったく。ダンジョン病なんて一口で説明できるものか。なぜ、こんな事になってしまったのか。
とにかく父親には連絡したのだから。僕は隣の妹の部屋をノックしてみるが当然返事は無い。一応開けてみて溜め息を吐いた。
いるわけないのだが、ついなんとなく確認してしまう。今日起きた事に対して非現実感しか沸いてこない。下に降りていくと母親の笑い声が聞こえてきた。親友の慰めを受けて、だいぶ気持ちを持ち直したようだ。
「ああ。お父さん、どうしたって?」
「今すぐ帰るっていうから、帰らんでいいから定時まで仕事してこい、って言っておいた」
「あはは。お父さん、果帆ちゃんの事になると我を忘れるからね。それでいいわ。果帆ちゃんも無事なのはわかっているんだし」
まあ並みの無事よりは、とんでもない事になっているのだが。それは言っても始まらないのだ。今は落ち着いて事態の推移を見守る以外に道はない。
「あ、真央。ちょっとお留守番しておいて。今日は両家で、うちに来て御飯にするから買い物に入ってくるわ」
いつものパターンか。光一の奴はどうせ知らされていないだろうから電話しておいた。
ほどなくして玄関が開いて光一がやってきた。いつもなら部活で、この時間はいないのだが今日は持て余し気味にストレートのジーンズとラフなTシャツを着こなしている。
こいつはスポーツマンだから、そんな格好をしていてもなんとなく様になる。僕は駄目だな。何を着ても今ひとつなのだ。
「相変わらずだな、うちのお袋は。いきあたりばったりに何か始めるんだから。ちゃんと息子にも連絡しろっての」
「まあまあ、お陰でうちのお母さんも元気になったんだからさ。いや、本当にどうしようかと思ったよ」
「そう思ってさ。炊きつけて、うちのおばはん送り出しておいたんだが、正解だったな」
僕はジュースのボトルを取り出すと二人分のコップに注いだ。これも光一の好みの銘柄だ。何気に互いの家で、相手の家の好みの飲み物とかを揃える習慣になっている。親子共々それくらい互いの家に入り浸っているし、気心も知れているしな。
果帆の奴も、もし光一のところに嫁に行くんだったら嫁に行ったんだか行かないんだかわからないような感じになるだろう。
さすがに結婚したら新居を構えるんだろうが、こいつらだったらマイペースだからそのまま今の家でというのもやりかねない。
幼馴染カップルというのも羨ましい気がする。なぜ、向こうの家には可愛い妹という天使がいないのだろうか。さすがに今から妹の製作をおじさんおばさんに頼む気にはなれないが。さすがに年の差があり過ぎるしねー。
「なあ、今日の事をどう思う?」
「ああ、パソコンで検索していたが、胡散臭い話しか出てこないな。政府が報道管制しているんだから無理もないけど」
そうか、僕がボーっとしていた間にこいつは調べ物してくれていたのか、感謝。
「ダンジョン化した人間はどうなってしまうんだろうな」
「ネットで見たあやふやな情報だと、ダンジョン人間にはダンジョン内でしか取れない貴重な資源があって、それに魔物が沸いて危険な場合もあるので政府が管理しているらしい。中の魔物を退治しておけば溢れないとあるが。そして魔物自体がお宝なんだと。前はそのウイルスが発生して確保していた国でしか存在しなかったのが、ここ最近はウイルスが流出して感染者が各国に跨っている」
「うーん、胡散くせえな」
「ああ、胡散臭いんだけどな。今日見たり聞いたりした話と合わせると、そうとっぴな話でもないかなと」
なんだかなあ。都市伝説みたいな話なんだが、実際に沸いた魔物もこの目で見た訳だし。それさえも世間では眉唾物扱いなのだろう。いつか正式に公表される日がくるのだろうか。
「それから、ダンジョンにはそのレベルによってランクがあるらしい。今日の奴なんかゴブリンが沸いてくるくらいだからランクが低いんじゃないか?」
「うーん、でも最初はやっぱりゴブリンとかスライムが沸くんじゃないか?」
「そうかもしれんが、段々レベルが上がったりするかもしれないし、クワガタムシなんかと同じで一旦成長したら、もうそれ以上は成長しないのかもしれないしな」
「成長したら、どうなるんだ?」
それを耳にした光一が急に沈黙した。
「おい、光一?」
催促すると、若干顔を顰めながらも躊躇いがちに答えてくれる光一。
「いや、あくまでネットでの噂なんだが。成長すると、最後にはその人間を食い破って大量の魔物が湧くスタンピードを起こすと。あくまで噂に過ぎないよ。誰も本当にそれを見た訳じゃないんだろうしな。実際の情報が制限されているから何が本当かよくわからないんだ。ただ、嫌なイメージはあるよな。ウイルスが細胞内で増殖して最後は食い殺すようなイメージだ。今は情報が少なすぎて何とも言えないよ」
僕は少し愕然とした。もしかしたら、果帆は食い殺されてしまうのかもしれないと?
要注意人物として身柄を拘束されたまま、あるいは生きたまま資源鉱山扱いにされて。その挙句に殺されてしまう? あの子に何の罪があるんだ。そんなのは絶対に嫌だ!
ダンジョンクライシス日本
http://ncode.syosetu.com/n8186eb/
こちらも書いております。