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1-5 とんでもない病気

 光一と二人で教室に残り、僕達は松村先生から話を聞いた。


「あなたは家族が隔離されるから、ちゃんと話しておくわね。海堂君は、本当は帰しておかないといけないのだけれど、いいわ。あなたも果帆ちゃんの事は心配でしょうからね」


 さすが副担任だけあって俺達の関係はしっかりと把握している。光一もいつもの飄然とした様子とは違う真剣な表情で次の言葉を待ち受ける。


「それで、先生。果帆は今どこに?」

「もう病院に搬送されたわ。今しがたよ。政府の命令ですから待った無しです。おうちの方には学校から連絡しておきました」


「そんな……」

 僕は眩暈がしそうな気がした。お母さんになんて言ったらいいんだ。


 光一も果帆の事が心配そうだったが、彼は自分の疑念を口に出した。


「俺はあいつらの小鬼共の血を浴びたんだぜ。それなのに特に発症していない。なぜ果帆ちゃんが発症しているんだ。先生、ちょっとおかしくない?」


 確かにそれについては僕も疑問があるんだけれど、松村先生は次の瞬間にとんでもない事を口に出した。


「岡田先生が発症したものと果帆ちゃんが持っているものはまったく別の病気です」

「え!」


 二人共、目が点になった。いやそれは表現だけでむしろ目は見開いているんだが。無意識に瞳孔が開くというか。何なんだい、それは。


「あの小鬼、政府の説明によれば通称名ゴブリンは未知の病原菌を持っていますが、直接体内に入ったりしなければたいした影響は及ぼしません。彼らの体内から菌は検出されており、対応は進んでいます。パンデミックを引き起こすようなものではありません。岡田先生もそのうちに退院なされるでしょう」


 すると、まさか。うちの妹の方はパンデミックを引き起こすのだと? その視線に答えるかのような松村先生の応えがあった。


「そうよ、果帆ちゃんが持っているのは特殊なウイルス。その、どうやら生物兵器として開発された特殊なものが漏れてしまったらしいという話です。それが感染したのね」


 せ、生物兵器だって!?


「だから、この件は内密にしておいてね。そうしないと君と君の家族が困った事になるかもしれないわ。もう事態は国家安全保障の問題までいっているの」


「そ、そんな勝手な。だってそれは日本の国が作った物なんでしょう」

「いいえ、違うわ」


「は?」

 すっぱりと否定されて驚いた。え、それじゃあ。漏れたってどこで。


「ある国で、とだけ言っておくわ。私達もそこまで聞いていませんので。日本はそんな危ない物は作ってはいないわよ。他所の国がいっぱい危ない物を作っているから対抗手段を作るので精一杯だし、そんなまともに使う事もできない兵器に割く予算なんてありませんから」


 そうだった。専守防衛を謳い、敵地攻撃能力一つ持たない日本はただの外国勢力の的でしかない。そんな攻撃力が持てるくらいなら苦労はしていないのだ。


 ミサイルとかが飛んできたらサイレンが鳴って国民が右往左往して逃げるだけの国なのだから。借金いっぱいで余計な予算も無いのだし。


「それで果帆は、妹はどうなるんです?」


「私にもわからないの。とにかく政府機関の指示によって4名の隔離患者が出ました。事は国防に関する事なので異議は認められません。国防というよりも防疫、いえ生物兵器の影響なのだから、やっぱり国防かしらね。どの道、迅速な対応が求められる事態なのは間違いないわ。とにかく大変な事になっているのは確かよ。お母さんには、彼女の担任の先生からお話されます。あなたにも関係のある事だから、私の責任でお話させていただきました。わかったかな? あとは、おうちでお母さんとお話してちょうだい」


 松村先生も疲れたような声でそう締めくくった。実際、疲れているのだろう。いつもより美貌が1割減くらいだ。僕は混乱する頭を無理矢理整理してごりごりと回した。


「えと、じゃあ、誰が大元なんですか? うちの妹から始まったわけじゃないでしょう」

 先生も頷いて説明してくれる。


「それは、1Aの留学生の子からよ。その子の故郷で開発されたものだから。両親と両親の祖国に里帰りしてから日本に来たそうよ。何かの折に飛沫感染したのね。見ていた人の話では、口から魔物を吐いたそうよ」


 うげ、口から魔物を? あの一年生の言う事が正しかったのか。しかし、そんな感染経路だとすると、それはつまり。


「そう、果帆ちゃんは今回の事件の前からウイルスを持っていたっていう事ね。多分あなた方家族はもう免疫ができているわ。このウイルスはね、感染力自体は非常に低いの。感染させる事が目的なんじゃなくて、適合者を見つけるためのウイルスだから」


「適合者?」

「そう」


 先生はまた溜め息を吐いて、その綺麗なストレートの髪を指で艶かしく梳いた。シャンプーの匂いが鼻腔をつき、僕はまたドキドキしてしまったが今はそんな場面ではない。


 少し躊躇いがちに彼女は説明を始めた。

「これはダンジョン病といって、人間を生けるダンジョンに変えてしまう病気なの。このウイルスはダンジョンを作る適合者を探して、その人をダンジョン化するの。適性の無い人間は発症したりしないわ」


 またもや僕と光一は顔を見合わせた。ダンジョン……だと?  人間をダンジョンに変えるとは、一体どういう事なのか。ゲーム好きな光一も首を捻っていた。そんな話は今までに聞いた事がない。


「そのウイルスは開発されたというべきなのか、発見されたというべきか。ある国でね、奇妙な病気が見つかったのよ。人間から魔物が溢れてきて周辺の街や村を襲うと。そして最終的には凄まじい魔物の噴出、スタンピードを引き起こしたの。現われた魔物は国軍と凄まじい戦闘になったというわ。そして、そのダンジョン人間は、体の中に資源鉱山とでも言うようなダンジョンがあるのだけれど、中に入る条件とかが難しくて中々実用化されなかった。

 そして、いっそ魔物を吐く兵器として使えないかという碌でもない結論に至ったそうよ。それが研究段階で、あっさり漏れてしまいましたという最低のお話らしいわ」


 なぜ、そんな事が起きてしまうのだ。その国のどこかで異世界にでも繋がっていて、そんなウイルスが侵入してきたとでも?


「とにかく、そんな奇天烈なお話だから、我々教師もまだよく消化できていなくて混乱している最中よ。でも実際に生徒が留学生を含めて4名も隔離されてしまっているのですから。どうしたらいいのかよくわからないような晴天の霹靂。それが今の率直な感想ね」


 うわあ。僕は頭を抱えたが、光一はそんな僕の肩をポンポンと叩いて慰めながら質問した。

「問題の生徒はどうなったのですか?」


「隔離されているわ。どうなるかわからないから自衛隊も監視しているそうよ。それが留学生だから、また扱いが大変。その件の某国の大使館が嗅ぎ付けて患者を今すぐ引き渡せと外交問題に発展しそうな雲行きよ。この学校の管理責任まで追及してきているみたいだし。担任を持っていない主だった先生方は今も協議の真っ最中なの」


「か、勝手な。そいつらのせいで、果帆が酷い目にあっているんじゃないか」


「それはそれでまた別のお話なの。本当に困ったものよ」

 先生も疲れた顔でそういうと、最後にこう締めくくった。


「とにかく一度家にお帰りなさい。また協議しましょう。何か進展があったら連絡を入れます。大川先生も、しばらく帰れないでしょうし。元気だしてね、山岸君」


 僕は何と言ったらいいのか自分でもよくわからない感じで黙ったまま立ち尽くしていた。そんな僕の肩を揺さぶって、光一が声をかけてくれる。


「おい、一度帰ろうぜ。せめて、おばさんにお前の顔だけでも見せておばさんを安心させてやろう」

 そうだった。今頃は妹の担任が家に行って説明している頃なんじゃなかったか。


「わかった、そうするよ」

「帰り道、気をつけてね。こういう時に限って事故に遭い易いのよ」

 副担任からの至極もっともな意見に僕は力無く頷くだけだった。


ダンジョンクライシス日本

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