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1-3 後片付け

 それから、先生が電話で何度もやり取りをし、生徒達も家族と連絡を取り合っていた。うちも親に電話をしていたが、よく理解してもらえなかったようだ。


「小鬼? あんた、何を言っているの。何かあったのなら車で迎えに行ってあげようか?」

「お母さん、絶対に来ちゃあ駄目だからね!」


 来たって警察が封鎖しているはずなんだけど。電話の向こうで首を捻っている気配の母親を置き去りにして電話を切った。あちこちで、こんなとんちんかんな会話が為された事だろう。


「先生の具合はどう?」

「うん……すぐどうこういう状態じゃないと思うんだけど」


 意識がなく魘されている先生を、傍でアヒル座りして見ていながら果帆も浮かない表情だ。自分を助けるために教師がこんな状態になっているので無理も無い。


 優しい子だから特に気にしているのだ。僕は安心するように、片膝をついて、きゅっと果帆の頭を抱いてやった。果帆も僕にふわっとした感じで体を預けてくる。小さな頃からの、ごく自然な習慣だ。


「大丈夫さ。警察も消防も動いているんだから、すぐになんとかしてくれるよ」


 少なくとも、これくらいで自衛隊の御世話になる事にはならないだろう。警察にも特殊部隊はあるし、いざとなったら人海戦術の出番だ。


 窓の方から何か激しい連続射撃音がいくつも聞こえてきて、僕はハッとした。


「光一、今の!」

「ああ、多分SATが出動して軽機関銃で掃討しているんじゃないかな。しかし来るのが異常に早いな。もう拳銃じゃ埒が明かないから彼らの出番なのか。それにしても、大胆にぶっ放しているなあ。兆弾とか大丈夫なのかね」


 何かあると警察なんてすぐにマスコミで叩かれちゃうからな。ただ、それ以上の事態と判断されたのだろう。あれが学校の外に出たら町が大パニックになっちまう。


「ああ、お前達。体を低くして床に伏せていなさい。絶対に教室から出ないように。今、警察の方から連絡が来たそうだ」


 大川先生の指示で床に伏せる前に窓の外を見たら、案の定SATの人達が怒号を上げて小鬼を追い回していた。こんな事態を想定して訓練していないので、さぞかし大変な事だろう。


 機関銃で同士討ちしたり、周りの民家に被害が出たりとかしないように、気の使い方が半端じゃないはずだし。俺達は空港で銃乱射テロに遭った人のように伏せて頭を抱える感じにした。


 光一の奴なんかは、こんな時でもスマホでゲームをしていやがったが。一体どういう神経していやがるんだか。さっきの切った張ったも、もしかして若干ゲーム気分だったのか?


 やがて小一時間も経った頃、やっと救急車のサイレンが聞こえてきて、教室に担架を持った救急隊員が来てくれた。教室にホッとしたような空気が流れた。その瞬間に世界の色さえ変わったかと思うほどだ。


「怪我人はその方ですか?」

「やった! 小鬼は退治できたんですね」


「ええ、もう大丈夫だと思いますが警察の指示を待ってください」

 だが、それを聞いてダッシュする奴が何人もいた。


 目指すのは当然トイレだ。膀胱が破裂する寸前の奴らが結構いたようだ。もうかれこれ始業から3時間近くにもなるからな。女子は並んでしまって大変だろう。


「じゃあ、先生は岡田先生の付き添いで病院に行くので。代わりの先生が来てくれる事になっているから、それまで早坂、お前がみんなを纏めておいてくれ」


「了解です。いってらっしゃい」

 僕達生徒全員に見送られ、満身創痍の『勇者岡田先生』は救急隊員達に担架で担がれて戦場跡から退場していった。


 見送る僕らは感謝の気持ちで一杯なのだが、それをどうしたらいいのかよくわからなかった。少なくとも日頃煩い先生ほど僕らの事を思ってくれているのはよく理解できたが。


「さあ、みんな。机と椅子を片付けましょう」

 早坂は肺から空元気を押し出すような明るい声で皆を鼓舞している。


「なあ、早坂。まだ帰宅とかできないのかな。みんな、精神的に参っていると思うぜ」

 同じクラスの男子の一人がそんな事を言っていたが、彼女はにべもなく答える。


「そういう事は先生方が判断しますから。多分、もうすぐ何か放送が入るわよ」

 その一言を待っていたかのように、スピーカーがしわがれた声で教室の空気を震わせた。


「あー、全校生徒の皆さん。大変な事態でした。事件は無事に収束しましたが、保健所による簡単な検査があるそうなので勝手に帰宅とかしないでください。なお、本日の授業は全て中止となります。昼食を取って、各自教室で待機していてください。昼食用のパンの販売はまだ校内が立ち入り禁止なので、先生が外に出て取ってきますから」


 それを聞いて、みんな顔を見合わせる。保健所?

「あれかしら。さっきの小鬼が何かの病原菌を振り撒いていたって事?」


「そうかもしれない。学校中が消毒されそうな雰囲気だな」

 そ、それはありがたくない話だ。荷物が皆消毒液臭くなっちまう。後、採血とかもされるのかな。僕は注射とかあまり好きじゃあないんですけど。


「やれやれ。まあゲームでもしながら待とうじゃないか」

「光一は本当にブレないな」


「あ、みんな。その前に床の掃除ね」

 机を元に戻す前に床の惨状に気がついた早坂が声をかける。


 学生服を提供した生徒がやはり血塗れのそれを回収した後にも、ルミノール反応が確実に出てしまいそうな生々しい血の跡がくっきりと残っていた。ほぼ人型しているから、まるで殺人現場の跡のようだ。


 さすがに女子が嫌がるので男子で床掃除は担当した。まあ男子だって嫌なんだけど。まだ心細いだろうから、木刀持ちの光一に果帆と友達を自分達の教室に送らせて僕は床掃除に回った。


 まあ、あれだけの惨事に出会えば、多少は慣れようというものだ。しかし、床に染み込んでなかなか取れない血の跡を見て改めてゾッとする。


 僕だってやられていたかもしれない。いや、光一や重症の身で戦ってくれたあの先生がいなかったら、僕も果帆もただではすまなかっただろう。


 それから机を戻し、各自自分の椅子に座って人心地がついたようだったが、血塗れだった床の上に自分の机が戻った幾人かは少し落ちつかない様子のようだった。幸いな事に僕の机ははずれていたけど、僕だってそれは嫌だよ。


「なあ、本当にあれは何だったんだろうなあ」

 僕は光一と机を合わせて早弁タイムにしていたが、食べながらもそんな会話をしていた。


「さあてな。俺達にわかるはずがないよ。それより、その卵焼き一個貰い」

 さっと箸を操り、悠々と僕の弁当箱から卵焼きをかっさらっていく。


「うん、やっぱりおばさんの卵焼きは最高だな」

「やられた。代わりにその唐揚げ一個寄越せ」


 同じ年の子供がいるので、よく隣家とは一緒に弁当持って行楽に行ったものだ。お互いの家の味はよくわかっている。


 いつもの弛緩したやり取りを経て、飯を食い終わったので昼休みには果帆の様子を見に行く事にした。勇者光一も一緒に連れていく。


 果帆も弁当はもう食べたらしい。落ち着かないからそうする子が多かったようだ。


 教室で机に座っていた妹はパッと見には平然としているかのように見えるが、案外内心はビビっているのだろうと踏んでいる。


 恐い映画とか見た後は大概そうだから。夜中に一人でトイレに行けなくなるタイプなのだ。小さい頃はよく夜中に起こされたもんだ。


 今晩もちょっと危ないが、さすがにこの歳では妹のトイレについていかないぞ。人に聞かれたら変態と呼ばれそうだ。


「大丈夫か、果帆」

「うん、大丈夫だよ。あ、玲菜ちゃん、茉莉乃ちゃん。お兄ちゃん達が来たよ」


 そう言って立ち上がった妹に呼ばれたのは、さっき僕が手を引っ張って一緒に逃げた女の子達だった。こうして改めて見ると可愛い子ばっかりだ!


「先輩達、さっきはありがとうございました。もう駄目かと思いました」


「うん、先生がやられてしまって血塗れになって。もうどうしようかと思っちゃった。本当にありがとうです」


 改まって礼を言われると照れる。妹のついでだったのだし、体を張って小鬼共と戦ったのは光一と岡田先生なのだから。


「あ、ああ、いや。僕はたいした事していないから、お礼なら光一に言ってよ」


「あはは。あれくらいはどうって事ないけどさ。木刀くらいは持っていくんだったねえ」


 次回からの教訓にしよう。まさか、あんなのがいるとは思っていなかったんだから。次回があるのかどうかは別として。僕が木刀を持っていっても役には立たないからバットの方がいいかなあ。


 僕達は妹やその友達となんていう事も無い会話をして昼休みを過ごした。妹も顔に明るさが戻ってきたようだ。これなら大丈夫そうだ。僕と光一も少し力が抜けた感じになっていた。


「あー、全校生徒の皆さんは各自教室に戻ってください。各先生方の指示に従ってください。間もなく検査が始まります」

 校内放送が流れたので、僕達も自分の教室に引き揚げることにした。


ダンジョンクライシス日本

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