ネタバレ注意 読み切り版で公開していたもの
これはORDEAL公開前にエブリスタで読み切り版として公開していたものです。
二章終了時までのネタバレ要素が少しあるので、読むのはその後の方が良いかもしれません。
こちらは本編には全く関わりのないものなので読まなくても大丈夫です。
設定にいくつか違いがあるので注意を。
例)夏樹(主人公、性別男)→夏希(主人公、性別女)
凛花(幼馴染、性別女)→連夜(幼馴染、性別男)
ORDEAL→MAO など
青い空、白い雲。無駄に晴れているせいもあって、七月の半ばともなれば暑さは凄まじいものだ。クーラーの涼しい風が教室を冷やそうとはしているが、外から伝わって来る熱によって、暑さは残ってしまっている。
「やる気でないなー」
小さく呟く。数学の公式を必死に電子ノートに書き記すクラスメイトを横目に、AR表示をオフにする。
空を切る先生の腕。必死に空中を指差しているが、そこには何も無い。AR技術により黒板に書かずとも、オーグルと呼ばれるAR機器を装着していれば、宙に映し出された授業内容を見ることができる。
画期的な技術により、日常の至る所でARが使われ、現実と仮想の距離が近くなった。
こうやって、オーグルの機能を切ると、ただ宙を指差しながら話している変な人が出来上がってしまうのだけれども。
このくらいならまだいい。AR技術を用いたゲームなんかはひどい。特にファンタジーやスポーツ系の体を動かすゲームは、AR機能をオフにすると頭がおかしいとしか思えないが、今のご時世にAR機能をわざわざオフにする理由もないので、周囲の人間が何かを言うことはない。
一部、自分のように頭のおかしい人間がAR機能をオフにしたりするが。
暇だと思いながら、前の席に座る友人の背を見ていると、5秒もしないうちに振り返ってこちらを見てきた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。ただ、暇だっただけ」
「そう。もうちょっと授業が終わるから、頑張りなよ」
「いや、もうダメ。寝る」
「はは。おやすみ」
机に突っ伏して目を閉じる。
背中を見てすぐに振り返ってきたのは気のせいだよな?なんて考えていると、いつの間にか意識が薄れていった。
「起きて。夏希」
肩を揺すられ、仕方なく目を開ける。
いつの間にか寝ていたようで、周りを見ると、すでに授業は終わり帰ろうとしている姿が見える。
「おはよう。そろそろ帰ろう」
「なんだ。連夜か」
連夜くらいしかわざわざ人のことを起こしてまで一緒に帰ろうとしてくる奴はいないか。
いつまでも学校にいる理由もないので、連夜と一緒に教室を出る。
天才。それが存在するというのならば、私はこの隣を歩く男を挙げる。
文武両道。勉強においては学年トップ。もっと言えば、全国模試でも上位に入るような頭の良さだが、本人はやる気が無いのか勉強もあまりせず、模試なんかは適当にしているせいで上位に入ったのは数回しか無いが。
運動に関しても、細かな技術に関しては本人が練習をしていないのでできないが、もともとの身体能力や判断力により技術云々を抜きにすれば負けることは殆どない。技術自体も、大抵のことは数度見たり練習すればできるようになるので反則気味である。
「どうしたの?」
「なんでもない」
こうやって、私と同じように毎日を無駄にしているのが勿体無い逸材だと言うのに、部活の勧誘を全て断り、進学校への受験も蹴り、私のそばにいる。
「明日から夏休みだけど、夏希は用事とかある?」
「え?」
明日から夏休みだと……
そういえば、もうそんな時期だったな。この前テストが終わってからは、授業は寝てばっかりだったせいで、全然気がつかなかった。
「その様子だと用事は無さそうだね」
「ぐっ……否定はできない。でも、毎日ダラダラと過ごすという予定はある」
一日12時間睡眠が目標だ。達成できたら連夜に自慢しよう。
「そんなのダメだから。一緒にゲームして遊ぼうよ」
「ゲーム……ゲームかぁ」
スポーツとかじゃないだけマシだが、連夜はゲームも上手いからな。それに、ARのゲームはあまり好きではない。無駄に外に出ないと行けなかったり、多人数でやることが前提のゲームも多いし。
「今回はARじゃないから安心して。なんと、今回は明日サービス開始のMMORPG。世界初のフルダイブ型VRシステムを使ったゲームだよ!」
「mysterious art onlineだっけ?」
「そうそう! そのMAOを一緒にやろ!」
フルダイブ型VR機自体が初の発売で、さらにそれと同時に唯一発売されるソフトがMAOだ。
クローズドベータテストは行われたが、抽選で1000名のみ。さらに、専用の施設に集まって行われたため、情報は最低限しか公表されていない。
一月前に行われた限定20万台のフルダイブ型VR機のVRASとMAOの予約抽選会では、20万の販売数に対して4000万の応募が来たらしい。セット価格で50万ほどだったのにだ。
そりゃあ、一度はその世界を見てみたいが、手が出せるような物ではない。手を出そうにも現物を手に入れる術がないのだが。
「もっと現実を見なよ。一緒にやるということは2セット用意しないといけないわけだよ? この前オークションで200万で取引されているのを見たんだけど」
「ふふふ……甘いよ夏希は。僕が無策で夏希を誘ったとでも思ってるの?」
「うん」
「え!? ちょっと僕のことなんだと思ってるのさ!?」
いや、普段の行いを考えなよ。
遊びに行こうと駅に呼び出されて、仕方なく行ってみれば行くところがないから家で遊ぼうと言ったり、友達に頼られて何とかなると引き受けた後に人に助けて手伝いを求めたり。今までどれだけ見切り発車に付き合わされたことか。普段はその持ち前のスペックにより何とかしてきたことが大半だったけれど、今回は連夜と言えども何とかできることでは無いんだよ。
「僕一人の力では無理でも。おじいちゃんと父さんに頼めば何とかなるんだよ」
「うわ、汚い。お金の力で何とかしたのか。それにどれだけ迷惑かけてるんだよ」
「夏希と一緒にやりたいと言ったら、いつの間にか用意されていたから迷惑なんかかけてないよ」
「……これだから金持ちは」
連夜の祖父は日本でも有数の企業の社長だ。今回のVRASの開発にも資金援助などで関わっているらしい。
コネと金で掴み取ったと言うところだろう。いや、用意してくれたのを無駄にするのは悪いが、通常でも50万する物を受け取る勇気も持ち合わせてやいないのだけれど。
「用意されちゃったものは仕方ないもんね。物置に仕舞われるくらいなら、使ってあげる方が父さん達にもVRASにも良いもんね」
「ははは……」
これは断れないパターンだね。いや、嬉しいんだよ?だから、そんな心配そうな目で見ないで。
* *
ベッドに敷かれた専用マットの上に横になり、頭にVRAS本体であるヘッドギアを被る。
トイレも済ました。水分補給もバッチリ。部屋は寒くも暑くもない程度にエアコンで温度を調節してある。
ゴクリと唾を飲み込み、時計が10時00分に切り替わった瞬間に起動するためのワードを告げる。
「ダイブイン」
すぅーっと視界が黒く染まり、眠るように意識が途切れた。
「……ここは?」
白い部屋。全面真っ白でおかしくなりそうだ。そう思った瞬間に景色が草原へと変わる。
"キャラクター設定を行います"
視界に表示されたその文字に、ここがすでにVR空間であり、MAOをしようとしていたことを思い出した。
"最初にアバターの設定を行います。目の前の鏡を見ながら変えたい部分をイメージするとアバターが変化していきます。元の自分の姿から変えれば変えるほど、最初は体を動かす際に違和感があるかもしれないので注意してください"
目の前に鏡が現れ、そこにはリアルの自分の姿が映し出された。
身長を伸ばしたり縮めたりすることもできるようだが、それこそ違和感が出そうなので、髪と目の色だけをいじる。
次に職業選択やステータスについての設定が始まり、それをささっと決めていけばゲームが始まる。
ふわっと体が宙に浮いた感覚がし、視界が切り替わる。青く澄んだ空は現実と変わりがないように思えるが、そこから視界を下げた地上がここが現実では無いと告げる。
まるで漫画や映画で見るような街並み。石畳みの道に、木や石で出来た建物。賑わう街の中を馬や牛が荷物を引いて歩く。
現実でも作ろうと思えばできるのかもしれないが、自分の知りうる限りこんな光景は見たことがない。
その場にいると他のプレイヤーの邪魔にもなるかもしれないと、移動しながら街の様子を見る。
プレイヤーはまだあまりいないようで、街の中にいるのはほとんどがNPC。ただ、このゲームのNPCはこれまでのゲームのNPCとは違い、このゲームの世界でリアルに生きているように見える。
これほどの作り込みに、どれだけの技術と時間、そしてお金がかかっているのだろうか。
無粋なことを考えながら、街を歩いていると視界の端にメールの通知が表示された。
"連夜だけど、もうログインしてる?"
"してるよ。街の中を見てる"
連夜からのメールだったので返信をすると、すぐにまた返事がきて、今いる場所を教えて合流することになった。
「ナナツキね。髪と目の色しかいじらなかったんだ」
「面倒だったからね。そういうレンだって、同じようなもんじゃん」
互いに髪と目の色しか変わってないからすぐに合流できたので、そのまま初の戦闘をするために街の外に移動する。
わざわざ自分で歩かないといけないのが面倒だが、VRでリアリティを求めると仕方のないことか。まあ、冒険に出る感じがして最初の内は楽しいかもしれない。
現実とは違い金色の髪をなびかせながら、レンが剣を手に取る。
「僕は職業は剣士と狩人にしたんだけど、ナナツキは?」
「私は魔術師と戦士」
「あー……結構きついかも。まあ、ナナツキなら大丈夫かな」
なんでも、魔術師を第一職業に選んだせいで、物理攻撃と防御が低い。MAOでは第一職業に選んだ職業のステータス補正に対し、第二以降に選んだ職業のステータス補正は少ないため、戦士でプラスしても器用貧乏と言ったところみたいだ。
ある程度育てば問題ないが、序盤は厳しい立ち回りになるようだけれど、なんとかなるでしょ。
「とりあえず、戦闘してみようか」
当たり前のようにそこら辺を歩いている魔物の一体にレンが近づくと、こちらへ寄ってきた。
私も剣を取り出して構える。隣でレンがえっ?と声を漏らすが、今は目の前の魔物に集中しないと。
近づいてきた魔物の様子を見るが、最初の魔物ともあってスピードはそれほど速くない。
剣をしっかり縦に振り下ろすと、避けられることもなく剣は背中に当たった。弾かれることもなく、ぐにゃっとした抵抗感が少しあったが剣は背中を切り裂いたように見えたが、背中が切れたりはしないあたりゲームなんだなと思う。
イノシシのような見た目の魔物の少し上を見ると、ミニボアという文字と緑のバーが表示されている。
ミニボア。小さいイノシシってことね。そのまんまだけど、分かりやすいからいいか。
「このくらいなら戦えそうだね。スラッシュ!」
レンが剣を少し高めに構えると、剣に青いエフェクトがかかり力強くミニボアを切り裂いた。緑のバーがみるみる縮み黄色、赤色と変わりゼロになる。
視界の端に経験値と獲得アイテムが表示され、倒れたミニボアがデータの破片のように崩れて消える。
「よし。この調子でどんどん狩っていこう!」
* *
ザッと微かになる音が背後から聞こえる。それを認識するよりも早く、反射的に体を半身にし仰け反った。
パシュっと音を立てて球が発射され、仰け反る前に体があった位置を通り過ぎる。すかさず思考を回転させ、球の速さを思い返す。
ゆっくりと考えさせてくれる暇もなく、再び球が装填される音が鳴る。今度は仰け反った体を戻しながらでは間に合わないと判断したのであろう、腕に付けられたバックラーで受け流す。
球の速度は、見てから判断できる速さではない。打ち出された球を認識し、位置を確認してから腕を出せば間に合わないが、感覚を研ぎ澄ませ深くもぐればどうとでもなる。
思考よりも先に体が動く。動いた後にその動きを、球の動きを分析して、さらに最善な動きができるようにイメージする。
どれくらいの時間が経っただろう。どんどんと速く、難しい位置から発射される球をひたすらに避けたり防具で受け流し続ける。
無意識の中で反射的に動くと、体の限界近い動きを続けてしまう。特にVRという肉体の枷から解き放たれたような世界では、現実ではできない動きまでも使ってしまう。
結果として、肉体は仮の物だから大丈夫だが、ゲームシステムがそれをフィードバックし、疲労感と情報としての体の痛みが襲い、集中を途切れさせる。
「あっ……」
意識的に体を動かした時点でもう間に合わない。球が右肩を捉え、そこから一気に崩れて次々と球が当たる。
視界の端に表示されたHPバーが1ミリすら無くなったのと同時に訓練室の外へと飛ばされた。
「VR独特の感覚の違いにも慣れたし、動きも現実より無理ができる分良くなったな」
実際の体と違い、体を動かすという電気信号を読み取り処理する時間のラグが発生する。それも、繰り返し行うことで、情報を集め処理速度を速める技術が組み込まれているようで、途中からは現実よりも早いのでは無いかと思うほどだった。
そして、体を動かすこと自体にも、RPGであるこのゲームではステータスやスキルによる補正がかかるため、現実との差異が生まれる。基本的に、現実よりはオーバースペックな体のようなので、できないのではなく引き出し切れていない感覚だったので、こちらも慣れさえすれば問題なかった。
"全方向耐久ゲームのベスト記録更新による報酬、一定ポイント初回到達特典をお受け取り下さい"
表示されたポップアップをタッチすると、アイテムがいくつか入っていた。
「ぶふっ!」
アイテムを確認して驚きのあまりむせ返る。
装備品は現状の最強装備よりも性能が高い。ポーションなんかも性能が数段上だ。素材もレア素材が大量にある。
詳しく確認すると、一定ポイント毎にアイテムがもらえるようで、私の今回のポイントは14300。二位のポイントは721と文字通り桁違いのポイントになっていた。
……これだけポイントが高ければ、こんなバカみたいな性能のアイテムがもらえてもおかしくは無いか。いや、点数自体はおかしいのだけれども。
ひたすらに避けたり受けたりするだけのこのゲームは人気がないとは言え、まさかここまでぶっちぎるとは。
ポイントの内訳も見れるので見てみると、ノーダメージボーナスがかなり高いようだ。最初のうちは全て避けるか完全に防ぎ切れていたのが良かったのだろう。
もらえたものは有難く受け取っておこう。これがあればしばらくは装備にも金にも困らない。
魔操者のコートと手甲という魔力操作のスキルを上げる装備を早速装備し、訓練室を後にする。
* *
いつもはプレイヤー、NPC含め多くの人がいる始まりの街の広場だが、今日は殆ど人がいない。
闘技大会という名の、一対一での強さを競う大会がゲーム内イベントとして開催されているのが要因だろう。
今日は決勝トーナメントが行われる予定だ。一刻一秒を争うような攻略ガチ勢以外は、大会に参加したり、見学をしているところだろう。
攻略組と呼ばれる最前線プレイヤーですら、ほとんどがその大会に参加しているくらいだし。
私はレンの装備を整えるのにお金を使いすぎたので参加はしていない。そのおかげもあって、レンは決勝トーナメントに出場し、まだ連絡が来ていないということは順調に勝ち進んでいるのだろう。
……久しぶりにレンと本気の勝負をしてみたいとも思うが、それはまたの機会だ。
PvPのイベントが開かれたということは、決闘のようなPvPの機能もできるだろう。今は普通に戦うことしかできないから、死ねばデスペナが適応されるし、攻撃すれば犯罪プレイヤーの仲間入りになってしまうからね。
「暇だから、大会でも見に行こうか」
幸いにも、決勝トーナメントに進出したプレイヤーは観戦チケットをフレンドに送ることができるので、レンからチケットをもらっている私は闘技場にタダで入ることができる。
* *
闘技場の周囲の店ではモニター観戦ができるようで、食事をしたりしながら観戦しているプレイヤーもいた。
ネット中継で配信もされているようなので、インせずに現実で見ている人もいるだろうから、プレイヤーの大半は見ているだろう。闘技場の観戦席は隙間なく埋まっているくらいだもんね。
「さあ、この試合の勝者が現状"最強"を名乗れるプレイヤーだ! 参加人数3267人の頂点を決める試合。大会の決勝戦に進出したのはこの二人!」
派手な演出とともに、中央のフィールド上に二人のプレイヤーが現れる。姿が隠れるような煙幕の中が薄れていくと、見覚えのある姿が見えてきた。
「まさか決勝まで進んでいるとは。さすがってところなのかな」
「その盾は誰の攻撃も通さない。その剣は必殺の一撃。近接特化、重騎士のサノレス!」
視線の向いていた方とは反対のプレイヤーが先に照らされる。体の半分近くを隠しそうな盾と、片手で振るには重そうな剣。補正によって身体能力が強化されていなければ不可能だと思ってしまうような装備だが、この世界でなら、あの装備でもそれなりの速さで動ける。
「対するは、勇者。いつの間にかそう呼ばれ出したが、装備、プレイスタイルどちらも勇者で間違いがないだろう! 銀に光る薄手の鎧。剣も魔法も使えるオールラウンダー。滑かなその動きは見る者を圧倒する。オールラウンダー、魔法剣士もとい勇者のレン!」
勇者ね。分からなくもない。
剣士から魔法剣士に転職し、近接メインだが遠距離にも対応できるようになった。そして、元々のスペックの高さによりステータスの差を埋める。
そして、現実の姿からそれほど弄っていないのにイケメンだからな。弄っていない分、自然なアバターは大会が始まる前から有名だったし。
実況の合図で試合が始まる。
レンならば、あの盾があろうと遠距離から魔法でフェイントを入れつつ戦えば勝てるだろう。
だが、それでも相手に合わせて近接で戦うあたりがらしいと言ったところか。
「序盤から攻めるのはレン選手。スキルコネクトを容易に使いながら、サノレス選手の防御を破ろうと攻め立てる!」
簡単にやってみせるが、スキルコネクトなんてスキルの発動終了点付近にある一秒以下の受付可能時間に次のスキルの発動を始めないといけない馬鹿げた技だ。
ボタンを押すだけでスキルを扱える旧世代のネトゲのような仕様ならばいざ知らず、実際に戦闘を行いながら、一秒以下の受付可能時間に合わせて最適なスキルを選択することの難しさはプレイヤーならば誰でも知っている。
ワッと歓声があがるが、その攻撃をサノレスがほとんどを防いだことが分かると、更に大きな歓声が被さってあがった。
レンのスキル終わりの硬直時間を狙ってサノレスが反撃しようと剣を振るうが、硬直から解けた僅かな時間でカウンタースキルで剣を弾き一撃を入れてレンが距離を取る。
「手に汗握る攻防! 押しているのはレン選手でしょうか?」
「攻めに転じていたのはレンくんだったけど、今のでHPを一割も削れなかったのは予想外だったんじゃないかな。スキルコネクトはかなり強いけど、何度も使えるほど簡単な技では無いからね」
「長引くときついということですね。逆にサノレス選手はひたすら耐えられるかといったところですか」
バカだよな。ここまでレンがどういった試合をしてきたのかは知らないけれど、見てきたのなら少しは分かるだろう。あれを普通の人間と同じと考えてはいけないことくらい。
秀才と天才の違いを甘く考えてはいけない。本当の天才というのはバカらしく思えるほど、違う世界にいると思えるほど、高みにいる。生半可な策や努力でどうにかできる相手では無いんだよ。
それこそ、こちらもバカみたいな才能を持っているか、普通とは違う何かを鍛えなくては。
「再びレン選手が詰め寄る! 流れるようにスキルコネクトを決め、サノレス選手を翻弄する!」
見せてやれ。天才の底力ってやつを。
私の考えが通じたわけではない。けれども、同じタイミングでレンがニヤッと笑みを浮かべた。
「こ、これは! 四連撃、三連撃、六連撃のスキルコネクトでしょうか!? 堪らずサノレス選手のガードが崩れた!」
衝撃で盾が弾かれ、よろけたその姿は、正面がガラ空きだ。弾かれた反動で動けないサノレス、スキルの硬直で動けないレン。
僅かな時間だが、長く感じる。特に当事者のサノレスは絶望的な時間だろう。スキルの硬直時間は最後に発動したスキルに依存する。
あの六連撃が最後のスキルであれば、レンの硬直時間は二秒。サノレスであればなんとか体勢を戻し、次の攻撃を防げるだろう。
「は、早い! もう硬直から解放されたのか!?」
硬直時間から解放されたレンに対し、まだよろけているサノレス。勝負はみえた。レンの攻撃がサノレスを捉え、そこからスキルコネクトでHPを削りきる。
「し、勝者はレン選手! グラさん今のはどういうことでしょうか?」
「今の一瞬ではわかりませんでしたが、もしかしたら、彼はスキルキャンセルを使ったのかもしれません」
スキルキャンセル。スキルの発動中になんらかの妨害が加わるとスキルが途中でキャンセルされる。ただ、こちらもキャンセルのタイミングがあって、スキル中の特定タイミング以外ではキャンセルした後に硬直時間が通常以上に発現してしまう。
四連撃と三連撃の間に、魔法スキルを挟んでいたから、その魔法を使って六連撃を途中でキャンセルしたのだろうが、そんな芸当普通はできない。
タイミングさえ掴めば無理ではないが、六連撃の途中でキャンセルを使えば、それは六連撃では無くなる。スキル硬直自体は、スキルの発動時間終了後に起こるので、キャンセルしてから本来スキルが終わるまでの僅かな時間は動ける。そして、キャンセルを適切なタイミングでした場合はキャンセル硬直は発生せず、スキル硬直自体も"キャンセル直後から硬直時間はカウントされるが、硬直は本来のスキル終了タイミングから起こる"という現象が生じる。
六連撃の途中でキャンセルをすれば、二秒間のスキル硬直がそのタイミングからカウントされる。
本来のスキル終わりが一秒後であれば、スキル硬直は実質一秒で済むというわけだ。
ただ、スキルキャンセルは良い面だけではない。失敗すればスキル硬直とキャンセル硬直の両方が発生し、多大な隙が生まれる。
そして、キャンセル後は動けるが、そこにはスキルによる動きの補正は無い。ステータス等による補正はあるが、レンは六連撃の途中からほぼ自力で残りの部分を再現したということになるのだ。
六連撃のキャンセルタイミングは知らないが、スキル硬直が二秒だとすれば、逆算すれば二撃目か三撃目でスキルは切れているはずになる。
……本当に頭がおかしいだろう。これが学力面でも、判断面でも、運動面でも天才という人間の力か。
* *
「それでは優勝したレン選手には賞品が授与されます。そして、特別賞として"勇者"の称号をプレゼント!」
「圧巻のプレイでしたね。スキルコネクトにスキルキャンセルまで見られるとは思ってもいませんでした」
「さて、レン選手。何かコメントを!」
レンにマイクが渡される。結構無茶ぶりだなと思いつつも、ゲーム内のイベントならこんなものなのかなとも思う。
「えー……応援してくれてありがとうございます。皆さんの声援のおかげでなんとか優勝できました」
ありきたりなセリフと笑顔だけで、会場の女性達は沸く。
これから街とか歩くときは目立つだろうな。隣を歩くの嫌なんだけれど。
「優勝できたのは嬉しいです。でも、僕は一番戦いたかった相手と戦えてない」
闘技場の中央にいるレンと、一番遠い出入口の壁にもたれかかっている私。普通なら合うはずのない目が合っている気がする。
いや、確実に私を見ている。
「いつの間にか装備も整っているようだし、VRにも適応できたようなので、今僕の次に強いはずだ。本気の戦いを見たくはないですか?」
レンの気迫に会場は静まり返る。VRとはいえ、ゲームの中。それなのに、この気迫は本物のように感じる。
「ここでもう一戦したいということでしょうか?」
「はい。闘技大会と同じルールでの戦闘で大丈夫です」
実況の人が何やら確認を取っているようだ。あの実況の人も運営の一人だろうが、一人の判断で決められることでもない。
とはいえ、結果はすぐに出た。この状況で反対する奴はいないだろう。
私の前に、戦闘を許可しますかとウインドウが現れる。
「さあ、勝負しよう。このために、君をこの世界に誘ったんだ」
ああ、良いとも。
私も久しぶりに勝負したかった。天才と呼ばれる連夜に勝つために必死に努力をした。けれども、現実では男女の差のせいで肉体的な勝負では本気で戦えない。
「ここでなら私の方が上だよ」
ウインドウにタッチすると視界がぼやけ、次の瞬間にはレンと向かい合うように立っていた。
「では、ルールは簡単! 何でもありで敵のHPを先にゼロにした方の勝ち。10分経っても決着がつかなかった場合はその時点での残りHPの割合が多い方の勝ちだ」
武器を構え、集中し意識を沈ませる。
「では、準備はいいか? バトルスタート!」
先に動くのはレン。私の力はどちらかと言えば受けに入った方が強い。それが分かっているからこそ、攻めてくる。
「これはいきなり勝負を決めに来たか!?」
サノレスの防御を打ち破ったスキルコネクト。
重い!
だが、身体能力に補正のかかったこの世界でなら剣を落とすことはない。四連撃を二本の短剣で捌き切り、そのまま続く三連撃の二撃目と三撃目を弾く。
僅かに浮いたレンの背。だが、その表情は驚きどころか楽しそうにニヤリと笑っている。
六連撃。その体勢からでも発動できるのか。
一撃目と二撃目を捌き、三撃目。剣の重さが軽くなる。
スキルキャンセル! 思考が追いついた時にはもう遅い。六連撃の最後を弾いた所で一歩踏み込んでしまっていた。
咄嗟に魔力を放出し能力値を底上げする。
「ふ、防いだぁ! 4、3、6の十三連撃と、そこからワンテンポ空けて繰り出された四つのスキルコネクトの全てを防ぎ切りました!」
魔力を纏ったおかげでステータスに補正がかかり、レンの動きにくらい付けた。
ゲームの中だとはいえ、体が軋むような感覚がした。現実であれば、骨か筋を痛めてるな。まあ、現実ではレンもこれほどの動きはできないだろうが。
「やっぱりいいね。君のその力は僕の全力について来れる」
「はは。そのまま食らいつくしてあげる」
交差する剣は軽い。
だが、その速さは先程までと変わらない。むしろ、攻撃の間隔は早くなっている気がする。
「すごい攻防ですね……こんな動きがMAOでできるとは、さすが数世代ぶっ飛ばしたと言われている技術力でしょうか」
「いや、MAO自体の補正もあるでしょうが、あの二人が別格だからこそできることです……」
「と、言いますと?」
「先程からの攻防。二人ともスキルを使っていないんですよ。フィジカルアシストがあれども、あれだけの動きをほぼ素で行なっているんです」
会場が静まり返る。誰もがこの攻防を見逃さないようにと、見つめているのが分かる。
「やっぱりいいね。天才に一歩も引かずに挑み続けてくれる。君がいるからこそ、僕はまだまだ強くなれる!」
さらに速くなる。少しずつ、少しずつだがHPが減っていくのが分かる。
これ以上押し込まれたらやばい!
「簡単に、負けてやるか!」
吠えるように捻り出された声。さらに深く。自分が自分で無いような感覚。
体を動かしているというよりも、勝手に動いているとしか思えない。
「天才に並び立つのは、同じ天才か、それとも化物か。本当に君は良い化物だよ」
少し力の抜けた笑み。
その表情に驚きながらも、剣はレンの胸元に伸びていく。
取った。手に伝わってくる感覚がそう告げる。すっ、と感覚が普段に戻ろうとしたところで、寒気がする。
「理性を薄め、本能を極限まで呼び出す。でも、本能で動くせいでこれがゲームだと割り切れないようだね」
ゲームだから、死んでも大丈夫。胸元に刺さった剣がその命を奪おうとも、また生き返る。
HPが減っていきゼロになるまでは動けるということだ。
「まだ甘いよ。僕に勝つにはもっと研ぎ澄ましてくれないと」
レンの剣がガラ空きの私の胸元に刺さる。
互いに減っていくHP。だが、レンに刺さった剣は中心から外れ、肩に近い位置に刺さっている。
残り一割ほどのHPを残してHPバーの動きは止まる。ここから出血ダメージなどで時間が経てばゼロになるだろうが、それよりも先に私のHPがゼロになるのは見えている。
「そっちこそ甘いよ。手負いの獣は怖いんだ」
前に倒れこみ、私の胸に刺さった剣がさらに深く刺さる。私の剣は短いせいで根元まで刺さっているから、これ以上刺さらない。
抱きつくような体勢でレンの首元に顔を近づける。
「じゃあね」
MAOはリアルでできることは何だってできるのではないかと思えるほど、自由だ。
魔術師が剣を使うことだって、私が私の力を使えるように。そして、噛みつくことだってできる。
レンの驚く顔とともに、二人のHPがほぼ同時にゼロになる。どっちが早かったなんてどうでもいい。最後に一泡吹かせられたんだから。
「り、リプレイで検証すれば、どちらが早くHPがゼロになった分かるとは思いますが、この勝負はこれでいいでしょう。勝者なし! 引き分けです!」
フィールドの隅っこにリスポーンして聞こえてきたのは実況が引き分けを告げる声と、沸き上がる観客の声。
欲を言えば勝ちたかったけれど、これはこれでいいや。
「お疲れ様。やっぱり夏希をゲームに誘って良かったよ」
「でも、しばらくは戦いたくないよ」
疲れた。頭がぼーっとしてふらふらする。
「そうだね。僕も満足だよ。それに、何度も戦えば夏希の体がもたない」
オーバークロックを重ねまくっているようなものだからね。現実だったら全身筋肉痛どころでは済まないだろうね。この世界でも体がバキバキに感じる。
「次は普通に攻略でもしよう。次のアップデートで実装されるダンジョンにでも挑もう」
「ああ。でも、ちょっと今は落ちるよ。もう、起きてられない……」
「おやすみ、夏希。愛しい僕のライバル」