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僕ラノ戦争  作者: 影都 千虎
内戦
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4.昼夜海菜

 九十姉妹と月明兄弟の制圧は特に大きな問題もなく完了した。やはり稲荷様が居てくださったからだろう。

 あの身のこなし、炎の扱い、どれをとっても見事としか言えないほどの鮮やかなものだった。そして、その動きを見ていると、私もやらねばならないと己を鼓舞し、普段よりもいい動きが出来るような気になれる。流石だ。


「あとは貴様だけだ」


 石碑に頭でもぶつけたのか、喉を突き刺そうと襲う月明葉折に反応を示さない間抜けの前に立ちながら私は告げる。月明葉折は無反応だった。

 ふん……二人だけでこいつを相手取っていたのだ、この二人にしてはよく持った方だと褒めてやろうか。私一人でもこれの相手は骨が折れそうなことだしな。

 さあ、ここからは私()()が相手だ。


「上司ナラバ……嘘誠院音無ヲ、殺セ」

「そいつはもう無理な注文だ。それは荊様のご指示でない」

「デハ死ネ」


 言って月明葉折は場にいる全員を串刺しにしようとしたのだろう。そこら中の木を用いて、その葉を全て刃に変え、刃の雨を降らせ始めた。芸がないな。確かにこの技は驚異ではあるが──しかし、一度みてしまえばその対策などいくらでも練れる。

 まあ、私の場合どんな技が来ようと全て斬り伏せるだけなのだが。


「ちょ──」

「最低限自分の身は自分で守れ」


 向こうは稲荷様がいらっしゃるし大丈夫だろうと判断し、私は嘘誠院音無、戸垂田小坂、そして何よりも大切な空美のいる場所にのみ範囲を絞って駆け巡る。出来ることなら一ヶ所に居てもらいたいところだが、まあいいだろう。この程度の距離ならさして障害にもならん。

 まだ動けそうな嘘誠院音無には一言だけ告げて、私はひたすら刃を振るう。手足に隠した刃だけでなく、全身に隠し持った刃を出しきる勢いで、時にダーツの要領で投げながら降り注ぐ葉を全て斬り落とす。手に持つ刃が無くなれば、必要な分だけほしいタイミングで空美が私の周囲に用意してくれる。私はその宙に浮いた刃を一瞬手にとって、それから思い切り投げるだけでいい。空美がいれば私は武器がなくなることはない。

 こんな、私たちの在り方を示してくださったのは稲荷様だった。空美を守らなくていいと。共に戦えばいいと。私たちの力は、そういう風にあるのだと。空美を守らなくてはならない存在と認識していた私にとって、それは新しい道であり恐怖であった。しかし、確かに空美がただ守られているだけではないのは確かだった。私と互角に戦えるのだから当たり前だ。なら、やってみよう。共に戦いながら、空美を守ればいい。


「……ッ、海菜さん、もう少しだけお願いします。道を作ってください」

「何をするつもりだ?」

「葉折君をぶん殴ります」


 それはいい。私は思わず笑ってしまった。もしかしたら、それで月明葉折が正気を取り戻すかもしれないな。

 嘘誠院音無の提案を快諾して、私は月明葉折への道を一本作る。その道を、嘘誠院音無は臆することなく真っ直ぐに駆けていった。

 だが馬鹿正直に正面から突撃したところで返り討ちにあうのは目に見えている。ああ、ほら、案の定月明葉折の手には葉が数枚握られている。それはじきに刃となって襲い来る筈だ。一方で嘘誠院音無はガス欠。出せる召喚術はもう無い筈だ。そして私はこの刃の雨を切り刻むのに手一杯だ。その握られた葉をどうにかするほどの余力は悔しいことに無い。そんな私をアシストする空美にもだ。

……まさか、そのまま刺されるつもりじゃないよな?


「──死」

「に、ませんッ!」


 死ね、という月明葉折の言葉を遮って嘘誠院音無は叫ぶ。地を蹴り、月明葉折に飛び掛かる。その身体を、がら空きの心臓を狙って、月明葉折は手に持った数枚の葉に魔力を込めて刃に変え、そして振りかざす──

 その筈だったのだろう。

 だがそれは実現しない。がら空きの心臓めがけて刃を振るうことはできず、それどころか刃に変えることすらできず、葉は横から飛んできた何かに貫かれて散っていく。私はこの現象に覚えがあった。


「やっちまえ、音無」


 魔力の発動する瞬間を狙って、魔力を分断するメスを放つという相変わらず化け物じみたことを平気でやってのけた戸垂田小坂はそう言ってニヤリと笑った。その雰囲気が今までとは何処か違っていて違和感を覚えたが、まあこんな些細なことはどうだっていいだろう。


「帰って! こいッ!!」


 武器を失った月明葉折は飛び掛かってきた嘘誠院音無を回避することもできず、その首を捕まれる。そして嘘誠院音無は、月明葉折の首を掴むなり振りかぶった頭を思い切り前方へ、月明葉折の頭めがけて打ち付けた。中々人体同士が出すものではないような音がしたと思う。

 二人はそのまま勢いに流され地面に倒れる。それから刃の雨が止んだ。

 殴るといいながら頭突きをしているじゃないかと突っ込みたいところだが、ここはぐっと堪えて私は倒れた二人にゆっくりと近付いた。攻撃のために近づいた結果、最終的に嘘誠院音無は刺し殺されてしまいました、では笑えないからな。どう動こうとそれを封じられる程度には距離を詰める。


「ん……」


 嘘誠院音無の下敷きになった月明葉折が動き出す。さあ、次はどう出る? なにかをする前にその両手を地面に縫い付けてしまおうか。私がやると、縫い付けるどころか切り落としてしまいかねないが……場合によっては致し方ないだろう。

 刀を構える。月明葉折の両手が嘘誠院音無の背中に伸びる。私の腕が動く。

 その一連の動きがスローモーションのように見えたからかもしれない。私の刀はすんでのところで動きを止めた。


「……月明葉折」


 返事はない。私は深いため息をついた。

 付き合ってられん。真剣にこいつを正気に戻してやろうとした私がバカだったようだ。

 まあ、目の前の光景に空美が嬉しそうに笑っているのだから無駄だったとは思わないがな。それだけで私には十分だ。


「あとは任せた」

「解毒みたいなのはしねぇのか?」

「囚我先生がそのうちしてくれるだろうが、私の仕事ではない」


 そうか、と戸垂田小坂は気が抜けたように笑った。そうだ。やはり誰でもそうなるものだ。


「おい葉折、いい加減離してやれ」


 戸垂田小坂が呆れたように話し掛ける。その視線の先には、覆い被さった嘘誠院音無を抱き締めて離さない、幸せそうに顔を歪ませた月明葉折。もう完全に正気に戻っただろう、こいつ。

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