2.戸垂田小坂
模擬戦を良い感じに引っ掻き回すためのトラップ作り。その為に俺たちは、森の入り口付近にある川の近くで色々と準備を進めていた。
既に森の中にはいくつか簡単なトラップを設置してあって、今作っているのはそこに誘導するための材料みたいなもんだ。ちょっとワクワクする。
「これ使ってみるのはどうだ?」
俺はそう言いながら、家の物置から引っ張り出してきたものをいくつか並べた。左から順に、水鉄砲、水鉄砲、水鉄砲、水風船十個入り、水風船十個入り。とある夏の残り物だな。いつのものなのかはわからん。ずっと眠っていたのだと思う。
「小坂くん? 遊びじゃないんだよ?」
「ああ、分かってるぞ。でも遊び心は大事だろ? それにちゃんと考えがあるんだ」
まさかこんなところでカエル娘にたしなめられるとは思いもよらなかった。確かに、そう言われても無理はないようなラインナップだが。
「ほら、水鉄砲と水風船って水を入れるだろ? その水の量を増やせねぇかなって」
「増やす?」
「そう。ちょっとお前に頑張ってもらいてぇんだけど、水をこう、圧縮して入れて、水鉄砲の外に出た瞬間にその圧縮が解けたら物凄い威力の水鉄砲になると思わねぇか?」
「思わなくはないね」
言葉にするのがなんとも難しいがフワッとでも伝わっているなら良いだろう。因みに水風船なら、風船が破裂した瞬間に風船の体積以上の水が出てきたら普通にビックリすると思うんだよな。
アイツらの攻撃の手を止められなかったとしても、十分妨害には成りうるだろう。視界も一瞬水で遮られるだろうしな。
なんて考えと、あとはイタズラならカエル娘は積極的に協力してくれるだろうなんて思いがあってこの提案だったのだが、予想に反してカエル娘は不機嫌そうな表情を浮かべた。え? ダメなのか?
「面白そうだと思うよ? でもヤダ。気流りんは魔法を使いたくない」
ああー……そういえばそんなことを前にも言ってた気がしなくもないな。でも何だかんだ言って使ってたよな?
「どうしてもダメなのか? この前もそう言いながら使ってたけど……」
「その時は、その時。今は今なの。うちはうち! よそはよそだよ小坂君!」
「それはちがう」
違う方向に話をそらしたい程度には嫌なんだな……話として触れることすら嫌ってどんなレベルだよ。
困った。初っぱなからアテが外れてしまった。となるとどうにかして他の方法でコイツらを有効活用しなきゃいけないわけだが……。
悩みながら俺は水風船を一つ手にとって、川から汲んだ水をその中へ注ぎ込んだ。まあ、限界まで入れればそれなりの量にはなるよな。
というわけでまずはバケツ一杯分。やってみれば以外と入るもんなんだな……重たくて全く持ち上がらないが。口を縛るまではなんとかなったけど、持ち上げられないわ投げられないわで意味ないよな……。
「うわっ!?」
油断した瞬間に破裂。バケツ一杯分の水がこぼれだして、俺はそれをぶっ被りびっちょびちょ。
あーあ、こんなんで家の中には入りたくねぇな。でもぐっちょぐちょのジャージで過ごすのも気持ち悪いし……着替えるしかないな。どうせこの先も濡れるだろうし、濡れても全く構わないようなものを着てくるか。
「悪い、ちょっと着替えてくるからここで待っててくれ。割りすぎなきゃ風船とかで遊んでても良いぞ」
タイミングを見計らわないとアイツらに手を出すなんて出来やしないしな。とくにあのチャイナ娘。
着替えながらこのあとどうするかももう少し真剣に考えないといけないな。
悶々と考えながら着替えて戻ってきたわけだが、杞憂に終わった。
どういうつもりか、カエル娘が心変わりして魔法を使ってくれるようになったのだ。俺がいない間に何が起きたんだ。水鉄砲に炭酸をぶちこんで思いきり振ってみるとか考えてた俺は一体なんなんだよ。
しかも何故かカエル娘に「仁王くんに説得を頼むなんて卑怯だ」と睨まれる始末。いや待てよ、俺何も言ってねぇし。頼んでねぇし。っていうか犯人お前かよ仁王!
「いいじゃん、気流子おねーさんのためになるかもしれないし」
「なるの? ならないの?」
「わかんない。ぼくにわかるのは最善かどうかってだけだもん」
『今こうするのが最善だよ』と言われてしまえばそれに従ってしまう気持ちはよく分かる。でも本当にこれが最善なのか? 自分で言うのもなんだが、水鉄砲と水風船に水を多目に入れてイタズラするだけなんだぞ? 何が最善なんだか。やってくれるからいいんだけどな。
「うー……いいけどさぁ……気流りん魔法使うの下手だからどうなっても知らないよ」
「そうなのか? じゃあついでにここで練習すればいいんじゃねーの?」
「嫌だ」
本当に嫌そうな顔をされた。なんか、そういう顔は姉妹そっくりなんだな。そんなところ似なくても、と思わなくもない。
「まあ失敗しても水鉄砲が最悪弾け飛ぶとかだろ? 多少の怪我は俺がどうにかするし……俺は濡れてもいい格好に着替えてきたしな。成功するしないはこの際考えなくてもいいぞ」
「だから水着なんだね小坂君……パッと見頭のおかしい人だよ……」
「失礼だな」
確かに、森のど真ん中で海パンにパーカーを羽織っただけという服装は尋常じゃなく浮いているとは思うが。因みに視界を確保するためにゴーグルも持ってきた。水泳で使うような奴じゃなくて、バイクに乗るときに使いそうな奴だけどな。でもほら、この格好で水鉄砲と水風船を持ってたら凄く合う気がしないか? というか装備的にはぴったりだと思うんだよな。難点をあげるとしたら、パーカーを羽織ってるだけだから腹が冷えるってところだな。
そんな俺にカエル娘は「いいんだけどね」と諦めたような反応をした後に、ずしりと重い水鉄砲を手渡した。なんだ、成功してんじゃねーか。
「ありがとな。じゃあ、丁度アイツらも近くに居るみたいだしちょっと行ってくる」
「え? 試し撃ちとかしないの?」
「試し撃ちなんてアイツらにすればいいだろ」
言いながら俺は駆け出した。正直、早く撃ちたくて堪らなかったのだ。度肝を抜かれるアイツらの顔を見てみたかった。ワクワクしまくっていた。
走りながらゴーグルを装着し、水鉄砲のポンプを何回も押したり引いたりして内部の圧力を高める。よし、こんだけやれば十分。あとは撃つだけだ。
「『傀儡ノ涙』」
音無の声が聞こえた。こっちか。
なるべく気配を殺して、声のした方へ近付くと案外早く音無の姿が見えた。
音無はどこか俺の方とは別の方角を向いていて、真剣な顔で考えながら次の術の準備をしているようだった。そして、その後ろにはチャイナ娘と前髪娘が対峙している。チャイナ娘の攻撃を止めるって、相変わらずとんでもねーな。
三人とも俺に気付く様子はない。空美の姿が見えないが、多分音無が向いてる方に居るんだな。とすると空美も俺のことに気付かない。絶好のチャンスだな。
「油断してんじゃねーぞオラァ!」
テンションが上がりすぎて叫びながら引き金を引いた。
すると次の瞬間、爆発したような勢いで水が発射された。ついでに余りの圧力に耐えきれなかった水鉄砲が弾け飛んで、その中に入っていた水をすべてぶちまける。
……やけに重たいと思っていたが、入れすぎだな、こりゃあ。でも、引き金を引くまで暴発しなかったんだし、上出来だよな。魔法を使うのが下手だとかなんとか言ってたけど、案外そうでもないよな。武器なくなったけど。
「な──なんですだかその威力は! トラップってレベルじゃねーですだよ! 反則ですだ!」
「じゃあ降参するか?」
「するわけねぇですだ! ここは逃げるが勝ちですだよ!」
水鉄砲が木っ端微塵になったことを悟られないようにふてぶてしい態度でチャイナ娘の声に反応してみると、チャイナ娘は全力のダッシュで何処かへ行ってしまった。うん、上々だな。
水圧でよろめいた前髪娘は上手くトラップに引っ掛かってくれたみたいだし、その奥にいた空美に対しては水鉄砲でトラップが作動したみたいだな。二人とも網に掛かってる。あー、気持ちいい。
音無もどっかに逃げてったし、二人を回収して家に戻るかな。昼飯の支度もしなきゃなんねぇし。
「お、下ろしてくださいー……」
「はいよ。下りたら二人とも俺の手伝いをしてくれねぇか?」
「お昼ご飯ですね! します!」
「私も出来る限り頑張ります!」
二人ともいい返事だな。いい子だ。
二人がかかった罠はまた誰かが引っ掛かるかもしれないから再設置。それからカエル娘と仁王に先に戻ることを伝えて家に戻る。流石に水着のままでも居られないしな。
家につくと廊下を歩きながら俺は空美に言った。
「悪いんだがちょっと二階に行ってアイツの朝飯を回収してきてくんねぇか。その間に着替えてくっから」
「了解です。雪乃さん……食べましたかね……」
「どうだろうな。いい加減食ってほしいけどな……」
家に戻ってから今日で十日目だ。水分は無理矢理取らせてるので脱水症状は今のところ起こしていないが、どうにもこうにも飯を食わせることができていない。用意したものに手をつけた様子も今のところ皆無だ。そろそろ猫神のように点滴で繋ぐべきだろうか。
そんな事を考えながらジャージに着替える。本当はシャワーを浴びたい気分だったがそんな時間はないだろうから諦めた。すぐに空美が降りてくるしな。
「ッ!?」
海パンとタオルを洗濯機に突っ込んだとほぼ同時にガラスの割れる音がした。洗濯機にまずいもんでも入れたかと一瞬考えたけどそんなわけない。だって音は二階からしたんだ。
空美に何かあったか?
なんて思ったときには身体が動いていた。駆け出し、階段を登り──
「こ、小坂さんッ!!」
酷く混乱した様子の空美が目の前にいた。あれ? 俺、階段を登ろうとしてたところだったよな? と思わなくもなかったが、空美が能力を使ったことが明白だったので特になにも言わなかった。問題なのは、能力を使って俺が二階に昇ってくるのを待つ時間すら惜しむぐらいの緊急事態が起こったってことだ。
「一体何が──」
「あ、おはよう小坂君」
「…………」
え?
「ご、ごめんなさい、その、ビックリしちゃって私……で、でも、すぐ呼ばなきゃって」
「いやー、驚かせちゃってごめんねぇ」
にっこりと笑う猫神。
ハァ!? 猫神ィ!?
「────ッ! ────ッ!?」
「あはは、何言ってるかわかんないよ」
声が出ない。言葉が出てこない。
だけど俺をそうさせた原因である猫神は、猫神綾は、そんな俺たちを面白がって、ニコニコといつもの笑みを浮かべて、つい数時間前まで昏睡状態でいつ目が覚めるかも分からない状態でいたはずなのにしっかりと起き上がっていて、でも当たり前だがこいつの命を繋いでいた証拠である点滴はしたままで、ずっと付き添っていた雪乃の頭を撫でている。
つーか雪乃はなんで猫神を抱き枕にしてんだ。昏睡状態だったんだぞ、そいつ。
「ねえねえ小坂君、お腹すいたんだけどさ、今何時かな?」
「…………」
昏睡状態だったんだぞ、お前……。




