1.嘘誠院音無
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」
迫り来る岩と炎、そしてチャイナ服を纏った悪魔。僕はそれから死に物狂いに逃げていた。
「無理無理無理無理! 絶対に無理絶対に無理絶対に無理! 有り得ない有り得ない有り得ない有り得ないッ! こんなところで死にたくないッ!」
「なんの事ですだか?」
「ッびゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
恐怖! 突如として隣に現れる人型兵器に近い少女!
訳のわからない声をあげて、文字通りに絶叫して、半分泣きそうになりながら僕は逃げる。少しでも召喚術で何かしら撒き散らせばもう少し距離が稼げるのかもしれないけど、そんな余裕などあるわけがない。出来るわけがない。死ぬ。そんなのやってたらマジで死ぬ。
こんなはずじゃなかった……本当に、こんなはずじゃなかったんです。最初は、もっと鬼ごっこぐらいのライトな気持ちでいたのに、どうしていつの間にこんな一方的な虐待になっているんだ。いや、原因は分かっているのだけど。
一時間前の事、僕たちは個々での修行から全体での修行に切り替えるため、簡単な模擬戦闘を行うことにした。実際に戦いながらつかめる技も有るのではないか、個々でつかんだ技も、戦いながら使えなければ意味がないのではないか、そんな意見からこうなった。その案自体はとても良いものだとは思う。
模擬戦は二対二のチーム戦方式で、身につけた小坂くんのメス(これしか四つ以上あって持ち歩けるものがなかった)を奪われたら戦闘不能。先に相手チームの二人を戦闘不能にしたチームが勝ちというルールを作った。これもまあまあいいと思う。
チームはくじ引きで決めた。小坂くんがその辺の木の枝に印をつけたものを用意して、箱に入れて四人一斉に引いた。すごく公平なチーム決めだったと思う。
そして、その結果出来上がったのが、仙人さんと空美さんの赤チームと、僕と雷さんの無印チーム。
くじ運が無さすぎた。
というか、仙人さんが居る時点で戦力に差が出るのは目に見えていたので、チーム戦にした時点で実は色々と破綻していたのかもしれない。
空美さんとタッグを組んだ仙人さんは、この一時間の間になんと瞬間移動してくるようになった。正確に言うと、空美さんが短距離ならそこそこ自由に人を瞬間移動させられるようになったのだ。
こうして、ただでさえ手に負えなかった仙人さんが、誰にも触れることのできない何処にでも現れる最強の砲台へと進化してしまった。しかも、空美さんの能力で一度放った炎やら岩やらがもう一度明後日の方向から飛んでくるおまけ付きだ。
勝てるわけがない。
むしろ、こんなのによく一時間も持ったと思う。
「ト、ド、メ、ッですだぁぁぁぁッ!!」
隣にいた、と思っていた仙人さんがいつの間にか目の前に異動して、拳にものすごい熱量の炎を渦巻かせて構えながらニヤリと笑った。ダメだ、これは避けられない。というか死ぬ。
なんて諦めた次の瞬間だった。
「お、お待たせしましたっ!」
ガキィンと、人と人がおおよそ出すものではない凄まじい音を響かせて、雷さんが仙人さんの燃える(物理)拳を両手で受け止めた。否、正確に言えば、両手を広げて展開させた光の壁によって仙人さんの拳を止めたのだ。どちらにせよかっこよすぎる。
「チッ、空美が遠くへぶっ飛ばした筈ですだのに……もう来やがったですだか」
「ええ……っ、仙人さんの炎が良い目印になりました」
悪役が似合いすぎる仙人さんと、かっこよすぎる雷さん。素敵すぎます。
そう、数分前、何度も何度も仙人さんの攻撃を受け止めてしまう雷さんを邪魔に思った空美さんが、雷さんを僕から遠いところに飛ばしてしまったのだ。木々の生い茂るこの森では、木の向こう側など殆ど見えないも同然の状態。更にどこかもわからない場所に飛ばされてしまえば、戦闘が行われているこの場所に戻ってくるのは困難を極めるだろう。だというのに雷さんってば……! 頼もしい限りだ。
さて、雷さんに頼ってばかりじゃいられない。ようやく生まれたこの隙を生かさなければ、僕はただの役立たずだ。
「『純愛ノ奴隷』」
この数日間で得た技の中のひとつ。
古びたぬいぐるみのようなものが現れて、対象者を何処までも追い続ける。そして、僕はそのぬいぐるみを通じて、ほんの少しだけぬいぐるみの視界を視ることが出来る。その時間およそ一秒という、なんの役に立つのかも分からない微々たるものだけど。
でも、その一秒も、今回ばかりは役に立つ。空美さんの居場所、方向さえ見えさえすれば良かったのだから。
「やっとみつけたっ……いきますよ──『傀儡ノ涙』」
キャハハハハ、と古びたぬいぐるみの甲高い笑い声が聞こえたような気がした。この技が、ぬいぐるみを破壊するものだからかもしれない。今頃、バラバラに砕かれたぬいぐるみの破片一つ一つが空美さんめがけて降り注いでいる頃だろう。
別に当たらなくたって良い。それを媒体に次の召喚をすれば良いのだから。そうできるように、召喚するもの全てに魔方陣が描かれるよう工夫したのだ。
空美さんの対処法。それはこうやって畳み掛けて空間移動をする時間を与えないことだと僕は思っている。あとは下手に接近戦に持っていかないこと。格闘技がべらぼうに強い空美さんに下手に近付くと命に関わることを今日知った。
仙人さん?
あんなの対処のしようがない。戦わないのが一番だ。強いて言うなら、雷さんとか空美さんとかみたいに、特殊な戦い方で攻撃を止めるしかない。僕には無理だ。もう強すぎて戦人さんと呼び変えたいぐらいである。
そんなことはさておいて、僕は攻撃の手を緩めてはいけない。でないと、雷さんがまた転移させられて、相手が居なくなった仙人さんに僕が殴られて死ぬ。
さて──
「油断してんじゃねーぞオラァ!」
「びゃっ!?」
飛散したであろうぬいぐるみの破片から次の召喚をしようと魔力を込めたところで、冷たい液体をとんでもない水圧でぶつけられて遮られた。ああ、クソ、存在を忘れていた。
「な──なんですだかその威力は! トラップってレベルじゃねーですだよ! 反則ですだ!」
「じゃあ降参するか?」
「するわけねぇですだ! ここは逃げるが勝ちですだよ!」
そのとんでもない水圧でぶちかましてきた小坂くんに対し、仙人さんが怒鳴りながら抗議する。そして最終的にこの場から逃げ去った。その判断は珍しいと思わなくもないが、実はとても正しい。というか、僕たちも逃げないとまずい。
「ご、ごめんなさい……捕まっちゃいました……」
「アアーッ」
間に合わなかった。思わず変な声で叫んでしまった。
そう、この模擬戦、小坂くんと気流子さんと仁王くん、いわゆる非戦闘組の三人が至るところにトラップを仕掛け、更にこうして邪魔をして来る。しかも小坂くんたちに攻撃してはいけないというルール付きだ。ズルすぎる。
仕掛けられた罠にハマってしまった雷さんは網に捕らえられ木から吊る下げられていた。こうなるともう強制離脱だ。戦闘不能という形になる。
つまり、僕はこれから仙人さんと、空美さんを一人で相手取らなきゃいけない。絶望的だ。
「くっ……」
小坂くんはどこに居るのかわからない。気流子さんと仁王くんにも警戒をしなくてはならない。っていうか本当にあの水なんなんだ。やる前に水鉄砲を用意しているのは見たけれど、あれがあんな威力を発するとは思えない。全身がびっちゃびちゃで凄く寒い。
とりあえず水が飛んできた方とは逆の方向に走り出して逃げてみる。すると、ちらっと司会の端っこに雷さんみたいに網にかけられて捕まった空美さんの姿が見えた。
ということはあとは僕と仙人さんの一騎討ち。
「一対一かぁ……」
走りながら呟く。仙人さんと一対一。
もしかして、ここからが本当の地獄なんじゃなかろうか。




