9.嘘誠院音無
なんというか、ものすごい光景が出来上がってしまった。
自称記憶喪失の終夜(九十九?)雷さんをとりあえず家にあげてみたわけだけど、突然の襲撃だとかそういうことに関する警戒が解けるわけもなくて。
その結果、雷さんをロープで拘束した後に仙人さんの岩で固めて、両隣に仙人さんと空美さんを配置しいつ何が起ころうといいようにして、更に全員で囲むことになった。僕が雷さんの立場なら多分泣いている。怖すぎる。
でもまあ、あのときの雷さんを思い浮かべてみるとこれでも全然足りないくらいだよなぁ、とも思う。だって仙人さんの岩を触れただけで砕いていたし。今砕けていないのが奇跡ぐらいなのだけど。
「あ、あの……私、前にあなたたちに何をしたんでしょうか……」
雷さんはすごく困ったように、そして申し訳なさそうな顔でそんなことを言う。うんうん、気になりますよね。言わないけど。それが原因で突然殺されかけてはたまったものではないし。
本当に記憶喪失なのだとして、何をきっかけに記憶が戻るかわからない状態と言うのはそれはそれで恐怖なのだ。
そういえば、なんで終夜なのだろう。九十九は偽名で実は本名は終夜だとか? でも、“組織”にいて苗字だけ偽名を使う理由も分からない。つかうならフルネームで偽名にすればいいのに。雷という名前が余程気に入っていたのだろうか? 僕には分からない。
「あー……どこまでなら記憶があるんですだか? つーかまず、どうやってここまで来たですだ。偶然人がいる家の前まで来ましたっつーのも不自然ですだよ」
「それもそうだな。いろんな家をしらみ潰しにしてそんなに早くこの家に辿り着けるとは思えない。しかもこの山、人が住んでいると思って登るような山じゃないよな?」
仙人さんの言葉に小坂くんが賛同した。僕も二人に同意見だ。ここに辿り着いたのが不自然すぎる。なんで来た。どうやって来た。
滅んでいるこの世界で、人を探すというのは実はとても難しいことのはずなのだから。
「ほ、本当に気付いたらこの近くにいたんです……だから、どうやってこの山を登ってきたのかは分からなくて……で、でも!」
雷さんはとても不安そうな表情を浮かべながらもハッキリとした意思を持って、それだけは曖昧ではないと主張するように声を張って言った。
「私、あなたたちの為にしなきゃいけないことがある筈なんです。それを成すために、私はここに来ました!」
彼女の目は見えない。だから、どんな顔をしているのかは読み取りにくい。でも真剣さだけは伝わった。
うーん、こうしてみると“組織”で見たときとはまるで別人だ。あのときの雷さんはもっと歪んだ気持ち悪さのようなものを持っていた。実は別人なんじゃなかろうか。
「雷ちゃーん! おっ待たせーっ!!」
「えっ……? きゃああああぁぁぁぁ!?」
なんてことを考えていると廊下から響き渡る声がした、と思ったら緑色の頭が物凄い速度で雷さんに突っ込んだ。拘束されている雷さんは勿論為す術なく突っ込まれて押し倒される。人体が出していいような音じゃない音がしたけど無事だろうか……。
「けろっ。ごめんね、勢いがつきすぎちゃった」
てへっと可愛らしく笑って誤魔化そうとする気流子さん。てへっじゃないです。可愛いけどやってることが可愛くないです。むしろ殺ろうとしてませんでした? ねぇ。
「お、おーい……大丈夫、か? おーい……」
気流子さんを退かすと小坂くんは恐る恐る雷さんに声をかけた。控え目に頬をペシペシと叩く音もする。僕からは小坂くんの背中が壁になって全く見えないので雷さんがどうしているかもわからない。
「悪い、この拘束解いてくんねぇか」
「む、そうですだよな。直ぐに解くですだ」
頬を叩くのと声を掛けるのを直ぐにやめると、小坂くんは仙人さんにそうお願いした。その声は呆れ返っている。
ま、まさか……。
「ダメだ。今ので頭を強打して完全にノびてる」
そのまさかだった。
なんという打たれ弱さ。実は拘束なんて要らなかったんじゃなかろうか。
こうなってはもうどうすることも出来ないので話し合いは打ち切り。雷さんも現段階じゃそんなに危険じゃないだろうと警戒レベルをやや下げるとして。今は雷さんをそっと寝かせておこう。それから、起きたときにもっと普通な感じで話を聞こう。
「むー……ねえねえワト無君、雷ちゃんって誰かに似てる気がしない?」
「誰か……ですか?」
「うん、そう。最近どこかで合った気がするんだよねぇ」
反省しているのかしていないのかよく分からない気流子さんは、雷さんの前髪をそっとかきあげるとその寝顔を眺めながら難しい顔をしてそう言った。その手には白いカチューシャが握られている。どうやら雷さんにつけさせようとしたようだ。
雷さんの寝顔が誰かに似ているのかはよく分からない。言われてみれば似ているような気もするし、そうでもないような気もする。ただ、その顔を見ていると戦意が削がれるのは確かだった。
「た、確かに誰かに似てますね……誰でしたっけ……」
僕と気流子さんの会話を聞いていたらしい空美さんは、雷さんの顔を覗きこむと困り顔でそんなことを言った。やっぱり誰かに似ているらしい。僕には皆目検討もつかないのだけど。
空美さんと気流子さんに分かって僕には分からない。その差は一体なんだろう。
「む? お主らなんで前髪娘の顔を眺めてそんな難しい顔してるですだか?」
「ああ、仙人さん。実はですね……」
僕らが考え込んでしまっていたので、それが気になったであろう仙人さんが輪の中に加わった来た。
そして、僕が事情を説明すると、仙人さんも難しい顔をした僕らの一員に加わってうーんと唸る。
「言われてみればそんな気もしなくもない、ですだが……でもあんまりそうとも思わねーですだよ?」
「やっぱりそうですよね……」
「えー? そんなことないよう。誰かに似てるよう! ね、空美ちゃん!」
「そう……です、ね。最近合った人に凄く似てる気がするんです……誰かがうまく思い出せないんですけど……」
仙人さんは僕と同じ。これで二対二。本当に誰かに似ているのかどうかはいよいよ分からなくなってしまった。
それとも、本当に誰かに似ているのだろうか。もしそうなのだとしたら、僕と仙人さんは会っていなくて、空美さんと気流子さんは会ったことのある人になる。果たしてそんな人などいただろうか。いや、僕がまず会っていないのだから分かるはずもないのだけど。
「似てるとか似てないとかは置いといて、結局どうするんだ?」
いつの間にか用意していたらしくて、椅子に座ってコーヒーを飲みながら小坂くんは雷さんの回りにたむろう僕たちにそう問いかけた。いや、正しくは僕に問いかけたんだ。
雷さんをこの家に置いておくかどうかを。
僕の答えはもう決まっていた。
「今さら一人増えたところでなんの負担にもなりませんよ」
「いやそういう意味じゃねぇけど……そうか」
小坂くんはそれ以上なにも言わなかった。僕の意図を理解してくれたのかもしれない。
どうせこの世界には僕たちと“組織”しか居ないのだ。そして、僕らの側に居ないのであればいずれ戦うことになるのは必然である。
あるいは既に、雷さんとは戦わなければならないのかもしれない。ある日突然背中を刺されるかもしれない。だとしても、いつ現れるか分からないところに置いておくよりも、側に置いていつ襲われても大丈夫であるように監視しているほうがずっと安全なんじゃないか。僕はそう考えていた。
まあ、それ以上に、今のところ普通の女の子である雷さんを家から追い出すなんて真似をする気になれなかったのだけど。
もっと言ってしまえば、雷さんよりも、“組織”よりも、僕──僕の兄さんの方がずっと危険なのだからそこまでピリピリしなくていいと思ってしまったのだった。




