7.昼夜空美
それから三日が経って、私は音無さんと戦うことになりました。
あれれー?
おかしいですね。たしか三日前に、小坂さんが修行に対するいろんな条件をつけたはずです。そして、今の音無さんはその条件のうちのひとつ、『今の怪我が完治してから』というものを満たしていない気がするんです。
当たり前じゃないですか、だって四肢の健を思いっきりズタズタにされていたんですよ? それが簡単に完治する筈がありません。音無さんは平然を装っていますが正直バレバレです。たまに痩せ我慢のしすぎで脂汗をかいているときだってあるんですから。
なんせ、その傷を治したのは仁王くんです。きっと応急処置程度のものでしょう。仁王くん本人がそう言っていたんですから間違いありません。そして、それが簡単には治らないことも。その治したときのメカニズムはさっぱり理解できなかったんですけど。『選択肢を奪うことで強制的にひとつの道を進ませる』ってことが、どう傷を癒すことに繋がるんでしょう? 彼には不思議がいっぱいです。
「いいですか、空美さん! これは決して戦いではありません。強くなることを目的としていません。確認です。ただの確認作業なんです。僕の現状がどうなっているのか、猫さんが僕にしてくれたことが今現在どういう成果を生んでいるのか、猫さんの目論見通り、僕は猫さんの術……氷を、召喚という形で産み出すことができるのか、それを確認するためにやるんです。いいですか、絶対ですよ。絶対小坂くんに、修行だとか言ったらダメですよ! 違うんですからね!」
音無さんは何を考えているんでしょう、とか思っていたからでしょうか。音無さんが物凄く見苦しく必死に力説してきました。どうやら違うそうです。確認したいだけだそうです。
仕方がありません。ここは音無さんの言うことを素直に聞いて、確認作業、ということにしておきましょう。ちょうど私にも確認したいものがありますし。小坂さんにバレて怒られるのは私もですし。だったら隠しとおしましょう。いてもたってもいられないのは私も同じです。
「おっ、お主らもですだか? よかったら儂も混ぜてほしいですだ!」
「えっと……何にですか?」
「確認作業ですだな!」
そんな私たちの会話を聞いていたのか、茂みからひょっこりと仙人さんが顔を出しました。一瞬修行だとか戦闘だとか言い出すのではないかとひやひやしてしまいましたが大丈夫そうですね。はい。満場一致でこれは確認作業ですよーっと。
「さて……って始めたいところなんですけど、あの……すみません、他の人の魔法ってどうやって召喚するんでしょう?」
「……そういやぁ、考えてなかったですだなぁ……猫神もなんも言ってねーですだし……」
「ですね……。とりあえず、猫さんのことを想像しながらやってみたらどうでしょう……?」
さあ、やってみようってところでいきなり壁にぶち当たってしまいました。全然やり方が分かりませんね。三人よれば文殊の知恵なんて言ったのはどこの誰でしょう。なんにも思い浮かばないじゃないですか。
どうしようもないのでここは音無さんが一人で試行錯誤するしかありません。だって、召喚術なんて音無さんしか使えないんですもん。
音無さんは私の発言を一先ず参考にして、猫さんのことを想像しながら魔力を練ってみることにしたようです。目をつぶって、身体の前に手のひらを上に向けて両手を出して、その上に魔力を構築していくのがわかります。
音無さんが何かを掴むまでの間、私たちはただ暇をもて余しながら雑談をしています。そういえば、なんで私は相手役になったんでしょう? これなら相手が居なくてもいい気がします。
「なあ、空美。お主最近変な夢見ることはねーですだか?」
「変な夢、ですか……」
「ですですだ。特に帰ってきてから」
仙人さんとの雑談は夢の話題に変わっていました。
夢。ここ最近で見たような記憶がなくもないですが、その内容をあんまり覚えてないんですよね。変な夢かどうかもわかりません。
「そうですだか……。むうん、今のところ儂と気流子だけですだなー」
分からないことを素直に伝えると、仙人さんは口を尖らせて唸りながらそんなことを言いました。え? 気流子さんも変な夢を見たんですか? なんだかそれはちょっと疎外感です。いや、変な夢を進んで見たいわけではないんですが。
「あ! なんか出てきそうです! 行きます!」
なんて話をしている内に音無さんがそう騒ぎ出しました。そして地面に半径一メートル程の魔方陣を出現させます。ふむ、そこに氷山でも出すのでしょうか。
私は来るかもしれない魔法に備えて、いつでも現れたものを他へ飛ばせるよう構えます。ここで怪我なんてしたら目も当てられませんからね。
その直後のことでした。一瞬、目の前が強烈な白に支配されて目が一時的に使い物にならなくなりました。
うー、チカチカします。目がすごく痛いです……。ついでに轟音もしたような気がしたんですけど、音無さんは一体何をやらかしちゃったのでしょう。氷ひとつ出すのになんだか爆発させてしまったようですね。やっぱりそれだけ人の魔法は難しいということなんでしょうか。
「……音無、お主今何を出したですだか?」
「猫さんの魔法、のはずなんですけど……」
轟音のせいで聴力も怪しいですが、お二人のそんな会話はギリギリで聞き取れました。なんとか視力も回復してきて、白くぼやけた視界が段々とクリアーになっていきます。
「氷じゃねぇですだな?」
「氷では、ありませんでしたね……」
ようやく回復した視界に入ってきたのは不思議そうに首をかしげる仙人さんと音無さん。あ、仙人さんは視力も聴力も特にダメージを受けなかったんですね。
そして、その二人はおんなじ方向を向いていて、その視線の先には私……ではなく、私の近くにある一本の木に向いていました。その木はまるで雷に撃たれたかのようにぱっくりと割けて真っ黒焦げです。え? 雷?
なんで猫さんの魔法を出して雷なんでしょう。でも雷だと思えば先程の現象はとてもしっくり来ます。稲光に轟音。それが至近距離で放たれれば視力も聴力も怪しくなりますよ。感電しなくてよかったって感じです。
「猫さん以外の魔法を召喚しちゃったんですかね?」
「どうなんでしょう……でも僕、雷を操れる人なんて知りませんよ?」
「それもそうですね……私も知りません」
こちら側にも、“組織”側にも、雷を操るなんて人は居なかった気がします。あ、いえ、クレアさんが居ましたね。あんまり関わったことがないので失念していましたが。でも、音無さんがクレアさんの術を使うとは思えないんですよね。
「いや、音無は間違ってないっぽいですだよ」
じゃあ誰のだ、と頭を捻らせていると、いつの間にか木の近くにいた仙人さんがそんなことを言うのでした。そして私たちを手招きしながら「これを見てみろですだ」と続けます。
一体何でしょう?
見てみないことには分からないので言われた通り近寄って、真っ黒焦げになった木をもっと近くで見ます。
……なるほど、一目で仙人さんの言いたいことがわかりました。
「凍ってますね」
「そうですね……丁度、雷が走ったであろうところが……」
どこからどうみても、これは氷魔法を使わなければできない芸当です。つまり先程の雷のようなものはやはり氷魔法で、音無さんの魔力で召喚したためにあんな現象が起こった、と結論付ければいいのでしょうか? 猫さんの魔法を召喚することには成功した、と。
なんにせよ、暫くの間はこれは使えそうにありませんね。召喚するにしても感覚を掴むまで時間がかかりそうですし、そのメカニズムを把握しないことにはコントロールなんてできるわけもありませんし。
「……どうしますか? 少し、コントロールできるように……やってみますか?」
「いや、確認作業が確認だけじゃすまなくなりそうなので、今はやめておきます」
それもそうですね。危ない危ない。危うく畑当番になるところでした。
音無さんのそんな言葉に仙人さんもハッとしたようで、あわてて拳を引っ込めていました。……何をやるつもりだったんでしょう? 『一発打ち込むからさっきので止めてみろ』、とかでしょうか。いやいや、流石にそんなこと言い出す訳がありませんね。まず第一に、魔法に物理的な衝撃を与えることが難しいんですから。
さて、やることがなくなりました。
確認の前に検証が必要なことが分かりましたし、今日はこのぐらいにしておいた方がよさそうですね。ということでお家に戻ります。三人仲良く、歩いて。
「ただいま戻りましたー」
「ただいま、です」
「ただいまですだー!」
玄関に入って私たちは口々に言います。それと同時に、出てきていた小坂さんと目が合いました。小坂さんは困惑した表情のまま「丁度よかった」なんて言います。
その困惑の表情の原因がなんなのか、私たちはすぐに察することができました。
というか、それは目の前にいました。
「あ、えっと……その……」
「なんか、なんつーか、記憶喪失ってやつ……らしい。本当かどうかはわかんねーけど、こんな調子だし……」
「終夜雷です……。あの、本当に何もわからなくて、気が付いたらこの近くにいて、えっと……」
長い前髪によって両目が隠れた女の人は混乱した様子で言いました。混乱したいのはこっちです。
なんで、九十九雷さんがここにいるんですか。しかも終夜って誰ですか。




