5.黒岩暁
「やっぱ修行しかねぇよな」
ヘタレがそう提案して、儂はもちろん喜んだですだ。多分そのまま放置されてれば歓喜のあまり叫んでいたですだ。だって修行ですだよ? 心踊るに決まってるですだ。
しかし、なんというかまあ、ヘタレも儂の扱いに慣れてきたんですだな。
ヘタレは儂が歓喜に沸き立つ前に「ただし」と条件をつけ始めたですだ。条件とはすなわち、『今の怪我が完治してから』『傷だらけになるような無茶な修行はしない』『約束を破ったら畑当番三日』の三つですだ。うーん、畑当番を免れるためにもなんとしてでもこの条件は守らなきゃなんねーようですだなぁ……。
世界が滅んでいるときいて納得したですだが、この家はほぼ自給自足の生活を送っているですだ。だから、食卓に並ぶ野菜は全部畑でとれたものなんですだが……まあ、はっきり言って儂にとってその畑仕事が苦行以外のなにものでもないんですだな。ちまちま草をむしるなんてやってらんねーですだよ。なるほど、ヘタレも考えたもんですだな。
まあ、そんなことはおいておくですだ。なんにせよ、儂もまずは傷をどうにかしなきゃなんねーですだからな。療養中はイメトレとかなんかそんな感じので鍛えるとするですだ。
とはいえ、儂の敗因が儂自身の力だというのだからどうしようもないんですだよなぁ。
空美がしばらく出てこないと言ったから、あんな負け方をすることはもう無いとは思うですだが……九十姉妹。なかなか恐ろしい奴等だったですだ。
奴等が儂の動きを封じようとして来たのは分かっていたですだ。それでも殴り続ければ向こうがダウンしてゴリ押しで勝てると思ってたんですだ。上手くいかねーもんですだなぁ。ごり押せなかったですだ。そんで、見事儂の動きを封じた二人が使ったのは『相手の全力を相手に返す』なんていう小賢しい技だったですだ。
歯には歯を。
目には目を。
そして、儂には儂の力をぶつけてきやがったですだ。
まさかここにきて自分の炎に焼かれる日が来るなんて思っても見なかったですだ。火加減なしの儂の炎ってあんななんですだな……ちょっと、いやかなり厳しいところがあるですだ。死なずに済んでよかったですだよ。
この経験を元にこれに対する対策を練るとしたらどうしたらいいんですだかなぁ? むつかしすぎてわかんねーですだ。あの姉妹を見習って、呪いでも習得してみるですだか? あるいは、触れずに戦う方法を得てみるですだか? むぅん、難しい。
そういうことの適任が居そうな気がしなくもないですだがな。
なんてことを「ぐぬぅ……」とか唸りながら考えている間に話し合いは終わってたですだ。そんで、ヘタレが「冷蔵庫におやつあるぞー。一人一個な」とか言い出してみんなが冷蔵庫に向かっている。
おやつは手作りプリンだったですだ。どうやらプリンが大好きらしい音無のテンションが見たこともないレベルで上がってるですだ。あのテンションを戦闘中に出来たら強そうですだな?
「これは僕のプリンですからね!」
「とられたくないならさっさと食え!」
……いや、プリンを餌にするだけでもそれなりの動きをしそうですだな。プリンのために命を懸けられるかと言えば微妙ですだが。となるとプリンを餌に音無の強化を図るのは修行中だけですだな。ちょっと小坂に頼んでみようか。
「おいチャイナ娘」
「なんですだか。いい加減儂のことを仙人と呼べですだ」
「絶対に呼ばねぇ」
くっ。こいつ本当に呼ばなさそうですだな……。気流子といい、ヘタレといい。見た目はこんなんですだが、儂はお前らよりもよっぽど歳を食ってるですだよ。とかすごく言いたいですだ。実際儂が今いくつなのかわかんねーから言わねぇですだが。
というかそもそも、仙人の定義ってなんですだかな。長老がそう呼ばれてて、その座を儂に押し付けたから儂も仙人と呼ばれるものだと思っていたですだが……違うんですだかね? 聞きたくても答えてくれる奴なんていねーですだからなぁ。つい最近まではいたですだが。そいつは儂が消したし。
「で、だ。悪いけどこの飯とプリンを、カエル娘と一緒にアイツのとこへ持ってってくんねーか?」
そう言って小坂はお盆に乗せられた昼食を儂に差し出した。儂はそれを受け取らない。だって、アイツというのはあの嘘つきのことだからですだ。
「なんで儂が……気流子だけで十分じゃねーですだか」
「いや、ダメだ。アイツ一人にいかせると絶対に全部食う」
「信用がねぇですだな……」
いや、ある意味信用されてるですだな。分からなくもないですだが。儂だってそう思わなくもないですだ。でも、だからといって。
「というか、あの部屋から出てこないアイツが悪いですだよ。わざわざ飯を運んでやらなくたって、飯を食いたいなら嘘つきがこっちへ来ればいいですだ」
「俺もそう思ってたけどな。考えが変わった。つーか、多分アイツは放っておけば死ぬまで食わないだろうな」
猫神が目を覚ますまで、と小坂はあえて言わなかったですだが、儂は心の中でそう付け加えたですだ。
帰ってきてから三日が経ったですだ。起きる度に暴れていた音無も、今日ようやく普通に起きることができた。だが、猫神は、猫神だけはまだ目を覚まさない。覚ます様子すらないですだ。それどころか、呼吸をしているのか、心臓が動いているのか、まだ死なずに生きているのかどうかすら怪しいですだ。
ヘタレ曰く、一応まだ生きていて、そして出来ることは何もないそうですだがな。その事実が一番辛いのは勿論ヘタレですだ。だから儂は、それを聞いたとき、もう何も言わなかったですだ。
一方で、あの嘘つきは何も言わなかったですだが、ずっと猫神の側にいるですだ。離れようともせず、あの部屋から一歩も出ようとせず、飯も食わず。猫神よりもよっぽど死んでいるような状態で、ただただ待ち続けているですだ。
「だから、アイツが食うのを拒んだら力ずくで食わせてやってくれ。お前とカエル娘の二人がかりならなんとかなるだろ。一人じゃ流石に厳しいだろうからな」
ちゃんと出来たら二人にはプリンをもう一つつけるぞ、なんて小坂はイタズラっぽく笑った。儂はそれに、嘘つきの笑い方を真似ながら、それは音無にでもくれてやれと言って飯の乗ったお盆を受け取ったですだ。
「お姉ちゃーん、入るよー」
言う前から既に入っているのが気流子クオリティですだな。尚、嘘つきは無反応ですだ。見向きもしねぇですだよ。
「お姉ちゃん、ご飯。いい加減食べろって小坂くんが言ってたよ。食べないなら気流りんと暁にゃんがあーんってするからね」
「…………」
「あと十秒以内に返事しないと羽交い締めにするからねー、暁にゃんが」
「…………」
「いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお」
ゆっくりと気流子はカウントを始める。だが嘘つきは全く反応しない。ところで気流子、お盆を持ってるのは儂なんですだが、この状況からどうやって嘘つきを羽交い締めにするんですだか?
「ねえ、聞いてる? 綾にゃんの側にずっといたって綾にゃんの傷が癒えるわけじゃないんだってば」
「黙って」
ため息をつくと、気流子はカウントをやめて思いっきり地雷を踏み抜いてったですだ。うおお……さすがの儂でもそれは言えねぇですだよ……。思惑通りなのか知らんが、確かに嘘つきは反応したですだが。
「……黙って。私の目の前から消えて。今すぐ」
「嫌だ、ご飯食べるまでいる。それに黙らない」
「……綾が起きるなら食べるわよ」
「起きるよ。まだ起きないってだけで。その前にお姉ちゃん餓死しちゃうよ」
「……起きないんじゃない。だったらもう死んだって構わないわ」
低く小さい声でボソボソと嘘つきが呟くように話す。そして、言い終えると、その直後に物凄い音と共に嘘つきの身体が床に打ち付けられたですだ。
えっ、ちょ、気流子さん、急にビンタしてどうしたですだか!? っていうかそれ、ビンタってレベルのもんじゃねぇですだよな!? 音が爆発音みてぇだったですだよ!?
「綾にゃんはまだ死んでない! 勝手に殺さないでこの分らず屋!!」
泣きそうな顔で気流子はそう叫ぶと、部屋から出ていってしまったですだ。丁寧に扉まで思いっきり閉めやがったですだ。
え、ええええー。
この空気で儂を置いてくなですだよ……どうしろってんですだか……。喝を入れるのはいいですだがそのまま放置はよくねーですだよ。
「……飯、ここおいておくですだよ! 冷める前に食った方が美味いと思うですだ! じゃ!」
重すぎる空気に耐えきれず、儂は逃げるようにミニテーブルにお盆を置いてそう言ったですだ。そして勿論扉に向かう。こんなんで無理矢理食わすとか出来るわけねーですだよ……。儂だって無理と分かりきってることには手を出したりなんかしないですだよ。流石にそこまで空気が読めないわけでもねーですだ……。
「……猫神が目を覚ましたときに、お主が餓死寸前だったら猫神はなんて思うですだかな。それを考えたら、少しでも食っとくべきだと儂は思うですだよ……」
去り際にちらっとそんなことを言ってみたですだ。あとはもう、食う食わないは自己責任ですだよな。
むうん、もうちょっと会話ができる状態だったら上手いこと丸め込んで幻術のやり方を教わってみたかったですだがな……。ま、儂とこいつじゃ会話ができたところで無理ですだな。




