1.嘘誠院音無
目を覚ますと、見慣れた天井が見えた。
ここ最近で何回目だろう。倒れて運ばれて目が覚めて……っていうのを繰り返しすぎだと思う。
脳がまだ寝ているのか、こうなるに至った経緯をうまく思い出せない。どこから辿ろう?
「えっと……」
カスカスでほとんど出ていないに等しい声を出しながら今までを思い出そうとする。が、それはすぐに中止させられた。
僕の左目の真横に、銀色の何かが突き立てられたからだ。
「ッ!?」
「動くな」
驚いていると、いつの間に居たのかわからない、小坂くんがベッドの上に乗って僕の身体を跨ぎ、メスの切っ先を喉に向けていた。
中々バイオレンスな目覚ましだ。
とかなんとか、悠長なことを言ってられるような雰囲気じゃないんだけど。今すぐにでも殺されかねない雰囲気があるんだけど。
「あ、あの……? 小坂さん……?」
「うるせぇ黙れ、今はなにも考えるな。そんで気を落ち着かせろ」
めちゃくちゃな注文である。
喉に刃物を向けながら落ち着け、とは。その一連の動作が手慣れ過ぎていて逆に冷静にはなったけども。
っていうか、なんで僕は起きて早々にこんな扱いを受けているんだ? あまりにも、あまりにもな対応だ。
なんて不満を抱きながら、喉に向けられた刃に恐怖しながら小坂くんをじっと見る。すると、その袖口から覗く白い包帯が一瞬だけ見えた。
「……う」
ずきりと鈍い痛みが左目の奥を襲った。何か、口を動かして言う小坂くんの声が全く聞こえなくて、その代わり記憶の中にある音声が再生される。
僕は叫んでいて、めちゃくちゃな脳内のままめちゃくちゃに叫んでいて、小坂くんが何かをいってるけど聞こえない。仙人さんも出てきたけどそんなの関係無くて、僕はただ、ただ――
「おい」
「ッ!」
ハッキリと起こったことを思い出しかけたとき、小坂くんに力強く肩を揺すられて我に返った。頭痛はしない。声もちゃんと聞こえる。
「だから落ち着けって言っただろ」
「……小坂くん、僕は――」
「これで三回目だ」
呆れたようにため息をついた小坂くんは、僕の言葉を遮るとそう言った。三回目?
「帰ってきてから、お前が目を覚ますのはこれで三回目だ。頼むからいい加減ちゃんと起こさせてくれ」
相変わらず小坂くんは僕の喉にメスを向けていて、困ったように笑っていた。いや、果たしてそれが笑っていると表現するのが正しいのかは分からない。苦笑よりも柔らかい笑みだ。でも、笑っているとは言い難い。状況が状況だからだろうか。
そうさせているのは僕なのだけど。
小坂くん曰く、僕が一回目に目を覚ましたときはそれはもうひどい有り様だったようだ。
目を覚ますなり僕は発狂したように暴れ、叫び回っていたそうだ。身に覚えがないと言えば嘘になる。
手のつけようがない程に狂っていた僕を、小坂くんは一人で止めようとしたようだけど全くもってダメだった。聞く耳を持たないどころか、めちゃくちゃに叫びすぎていて声が届いていたかも怪しい状態だったらしい。
小坂くんの腕の傷はそのときに負ったものだそうだ。ひどく他人事みたいだけど、やったのは当然僕である。
「俺じゃどうしようもなくて、チャイナ娘を呼んだんだ。……悪いな、少々荒い方法でお前を拘束して眠らせたよ。痛む箇所があったらすぐに言ってくれ」
小坂くんの傷を思って反省していたところに、そんなことを言われた。しかもかなり酷い。僕の方がよっぽど痛め付けられてるんじゃないか? 要は、仙人さんが僕を締め上げて気絶させたってことなんだから。……よく生きてるな、僕。
しかも奇跡的に身体が痛む様子もない。
「二回目のときは暴れることがわかってたからな。すぐにチャイナ娘が拘束してくれて、その間に強めの鎮静剤を打てたよ。出来れば薬は使いたくなかったんだけどな……お前を落ち着かせる方法が分からなかった。だから今回も探り探りだよ。暴れるそぶりを見せたらチャイナ娘がすぐ飛んでくる」
それは一種の脅迫とも言える発言だった。出来ればそこはもう一度鎮静剤さんを使っていただきたいところである。暴れる予定はないけれど。というか、ここまで会話を続けてしまうと、暴れる気も無くなってしまった。
僕が暴れだした原因は、十中八九(昨日なのかいつなのか分からない)あの戦いだ。主に猫さんの事が頭を占めている……んだと思う。今だってそうなのだから。
僕のせいで猫さんが倒れた。僕のせいで猫さんが傷ついた。猫さんだけじゃない、みんな、みんな僕のせいで傷ついた。もしこのまま、あのまま、僕の記憶にあるときのまま、猫さんが目を覚まさなかったら。あの傷が原因で死んでしまったら。僕のせいで、猫さんが死んでしまったら。
そんな言葉が僕の頭のなかをぐるぐると渦巻いている。一回目と二回目は、渦巻く言葉の勢いに流されて、衝動を押さえきれなくて、そういう結果になったのだろう。
そう考えると、三回目の今、こうして落ち着いていられるというのは中々意外だ。今だって、頭の中で言葉と感情が激しく渦巻いてるのに。何かを考える前に思考を遮断されたからだろうか。
「こーさっかくん、ワト無くん起きれたー?」
「ああ、今のところな」
「あいあいさー。じゃあ空美ちゃんに伝えてくるよー」
色々とぐるぐると考えているとそんな声が聞こえて思考が停止した。
その明るい声は気流子さんのものだ。分かってる。それ以外にいないことだって、混乱した思考でも分かる。しかし、視界に映った姿は違った。
いや、気流子さんには気流子さんなのだ。
髪の毛の緑色とか、顔立ちとか、仕草とか。その辺は気流子さんなのだが、なんというかまずサイズが違う。明らかに大きい。あの年齢にそぐわない幼さもどこかへ消えてしまっている。いつもの全身緑色ファッションもなくなって、だぼだぼのロングTシャツにだぼだぼのジャージ(下)という可愛さの欠片もない服装は、気流子さんのアイデンティティをぶち壊しにきているようにも見える。
「あ、ワト無くん、おっそよー! 突然なんだけど気流りんに服貸してくれない? 小坂くんってばジャージしか持ってないんだから困っちゃうよね。気流りんだって女の子なんだぞー」
「悪かったな、ジャージしかなくて。なんだったらあのままぴっちぴちの服着てても良かったんだぞ」
「そういう発言大変よくないと思いまーす。デリカシーに欠けると思いまーす」
けろけろと笑いながら気流子さんは小坂くんに異議を申し立てた。別に僕の服を貸すのは構わないのだけど、なんというかうん、普通の女の子に服を貸すと思うと変にドキドキしてしまう。記憶の中の今までの気流子さん相手ならそんなこと絶対になかったのに。
そういえば、気流子さんが小坂くんに向かってデリカシー云々を言っていたけれど、僕にもない気がする。というか酷い会話をしたことがある。
いつだったか、気流子さんが『はっ……気流りんの身体が狙われてるっ!』と、訳のわからないことを言い出したので、僕の好みはボンッキュッボンだと宣言したことがあった。すると、気流子さんが『え? 気流りんがボンッキュッボンだって?』と悲しい冗談を放ったので、思わず『いいえ、あなたはどちらかといえばキュッキュッキュです』なんて言ってしまったのだった。あのときの気流子さんの顔が忘れられない。『うわぁぁぁぁぁぁぁぁ音無くんだってつるぺたぁぁぁぁぁぁぁぁ』と叫びながらどこかへ走り去っていったあの後ろ姿……うん、雪乃さんに殺されそうな話だ。
今の気流子さんを見ていると、あの日の気流子さんに土下座して謝っても足りないな、なんて思ってしまうのだった。




