5.黒岩暁
とてつもなくむしゃくしゃする周期っていうのは誰にでもあると思うですだ。
儂、黒岩暁は今、そんなどうしようもなく、とてつもなくむしゃくしゃする周期の真っ只中にいたですだ。
何かを破壊したくて、スッキリしたくて、破壊と同時に痛みを得たくて仕方ない。仕方なくてどうしようもなくてもやもやして、気がついたら周囲の森を破壊して回っていたですだ。
森に来た記憶は無いですだが、多分自分でそういう周期が来ると察していたですだな。この時期はどうも色んなものを破壊してしまうから、森とか荒野とかに行って、荒らしても起こられなさそうなところをひたすら破壊して回ってるですだからな。
……しかしまあ、そうしてるのもちょっと限界っぽいですだな。腹が減って仕方ないですだ。
これは一度、森からでてどこかで食料を調達した方が良さそうですだ。動物を狩るって手段は儂にはとれないですだからな。
メキメキという音と共に儂は森の出口を探して歩く。しばらく歩くと出口が見えて、そこは住宅地だったですだ。
「……いつの間に、住宅地になってたですだな……」
この辺の地理には詳しいはずだったですだがな。いつの間にこんなに家が建ってたですだか……儂の記憶にあるかぎり、ここは壊滅した小さな村だったですだが?
記憶にある家はもう何処にもない。まあ、一回壊滅したから無いのも当たり前なのですだが……確か、この辺に家があったですだな? ふむ、今はどんなやつが住んでるのか見てやろうですだ。
そう考えながら、儂は目の前にあった家に入っていったですだ。
その家に住んでいたのは、嘘誠院音無という眼帯と、猫神綾という金髪巨乳。それから雨宮気流子という蛙と、月明葉折という女装男だったですだ。ふむ……中々不思議な家ですだな。こいつら、なんで一緒に暮らしてるですだかな。
そして、なんだかよくわからないですだが、儂もこの不思議な家の仲間になることになったですだ。何処にいたか聞かれて、ずっと森の中にいたとしか答えられなかったのが原因だったですだかな? くくく、儂もちゃんと女の子として見られてるですだなぁ。
この家での生活はすごく楽しいですだ。音無は美味しいご飯を作ってくれるし、気流子は見てて楽しいし、飽きない。猫神と葉折が喧嘩ばかりしてるのは困ったところですだが、まあ、儂が止めれば何も問題ないですだな。これが本気の殺し合いみたいになってくると話は別ですだが、それでも儂が止めれば大丈夫ですだな?
「む? どうしたですだか、気流子?」
「んー? んとね、外に知ってる人がいた気がするんだよ」
「知ってる人、ですだか? それは蛙の間違いではないですだか?」
この娘は人と付き合うというよりも、蛙と付き合ってる感じがするですだからな。雨の日は蛙と一緒に外で合唱してる姿がとても微笑ましいですだ。
「けろっ。そうかもしれないねぇ……ケロ君一号どっかにいるのかなー?」
「ケロ君一号、ですだか。それはどんな蛙なんですだか?」
「んー……茶色くてぬめぬめで、こんぐらいの大きさの蛙君かな」
「で、でかーっ!?」
こんぐらいとか言って気流子が表現したサイズは漬け物石ぐらいの大きさだったですだ。いや、下手したら気流子の頭より大きいですだ。流石にそのサイズの蛙は儂でも嫌ですだなぁ……。
「ただいまー」
「あ、おかえり綾にゃーん!」
リビングで窓に張り付いていた気流子は、そんな一言であっさりと離れていく。やっぱり猫神に一番なついてるですだな。
いやはや。そんなことよりも。
そんなことよりも、ですだ。
「む、猫神が帰ってきたということはそろそろ夕飯の時間ですだな! 音無、今日の夕飯はなんですだかッ!」
台所へ向かってダッシュ。なんだかすごくいい匂いがするですだ。もしや。もしかしてこの匂いは。
「夕飯はカレーです」
「カレー!」
「一人、一つまでなら卵を使ってもいいですよ」
「やったぁぁぁぁですだぁぁぁぁ!! 儂、ちょっとそっちを片付けてくるですだ!」
儂歓喜! 卵つきのカレーなんてご馳走ですだ!
今日は卵が安い日だったですだかな? それとも音無の機嫌がいい日だったですだかな? どっちにせよ儂は幸せですだ。
なんて、思っていたはずなのに。
「……ッ」
机のかたづけをしてそのあとに机を拭いていたら、ドクンと何かが脈打つ音が聞こえたですだ。儂はこの音を知っている。嫌というほど知っている。
「……っは、なんで、今日なんですだ……」
とてつもなくむしゃくしゃする周期。何かを破壊したくて破壊したくて破壊したくて破壊したくて仕方がなくなる周期。散々壊してきたというのに、まだ壊したり無いと儂の身体は我が儘を言う。
壊したいものはなんですだか。壊せればなんでもいいですだか。それとも、この平穏でなんとなく幸せな生活ですだか。そんなに平穏と幸せが許せないですだか。まったく、ねちっこい。
内心で毒づいたところで関係無く、ドクンドクンと脈打つ音は大きくなっていくですだ。
どうも今の儂は様子がおかしいらしく、気流子が心配そうに声を掛けてくる。嬉しくもあるが、迷惑な話でもあるですだ。
やめてくれ。今、そんな顔で話しかけられたら、お主をぶっ壊してしまいたくなるですだ。儂は、そんなことしたくないのに。
頭の中では何時ものように狐がニヤニヤと心底腹立たしい笑みを浮かべている。そして、とても愉しそうに炎を纏い始めている。やめろ。それは、それだけはダメですだ。
儂はきっと、ここで狐を自由にしたら死にたくなるほど後悔するですだ。それがわかっているのならーーそう思うのなら、行動するしか、無いですだよなぁ!
覚悟を決めて、自分の中で自分の二つの魔力をぶつけ合う。ぐるぐると何かが廻っていて最高に気持ち悪いですだ。吐き出したくなる。全部を放出したくなってしまうですだ。
「ーーあ」
ふと、ここでやり過ぎてしまったことに気づいたですだ。
耳に入るのは叫ぶ猫神の声。それから気流子が宙を舞っているのが視界に映って、更にその上には大量の岩があったですだ。
自分の中でぶつけ合って相殺するはずだったのに、強すぎて出てきてしまった儂の魔法。
気流子に当たり、猫神に当たり、音無に当たり、床に落ちる前に消えていく。どうして床に落ちる前に消えたのかは分からないですだが、ここでやっと儂のコントロールが聞いたですだかな? でも、そんな記憶はあまり無いですだ。
いや、そんなことよりも。それよりも。
儂はしなくちゃいけないことがある。
立ち上がって、駆け出して、玄関を飛び出して、そして隣の家にいく。確か、音無がこの家には人が住んでいると言っていたですだ。だから、儂はここで叫ぶ。
「助けてくれですだ!」
何度も、何度も。助けてくれですだ。
皆を。
そして、儂を。