5.嘘誠院音無
「『鎖ノ罠』!」
「もう、それ何回目ー?」
いい加減飽きたんだけど、とアリスさんが笑うけど気にせず僕はアリスさんの身体を五本の鎖で貫いた。本当に何度目なのか分からない。砕いては戻り、切ってはくっつき、何度も何度もそれを繰り返して、まだ僕は彼女を倒すことができていない。
再生するにはきっと少なくない量の魔力が必要だろうし、アリスさんの魔力も無限ではないはず、なんて考えていたのだけれど大分考えが甘かったみたいだ。全く魔力の底が見えないし、先に僕の魔力と体力が尽きそうだ。再生してしまうからアリスさんは実質無傷だし、本当にどうしろと言うのか。
五本の鎖で貫かれているお陰で、アリスさんはしばらく動くことができず、空中で固定されている。僕が力負けしてしまえば鎖を引きちぎられてしまうだろうけれど、今のところ平気だ。まだ考えるだけの余裕がある。
「あっづううううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ」
「っ!」
なんて余裕も考えも一瞬で吹き飛んだ。
この声は……葉折君?
ただ事ではない、その絶叫に脳内がパニックに陥りそうになってしまう。もうちんたらとアリスさんの相手をしている場合ではない。葉折君の方へいかなきゃ!
「ということなので貴方の相手はできません! 『増殖』!」
「ハァ? 何言ってるか意味わかんな……って何これ気持ち悪ッ!!」
僕が唱えたのと同時に、アリスさんを貫いている鎖はアリスさんの体内で連結を次々と増やしていく。それは正に増殖で、もがくアリスさんはあっという間に鎖の塊へと化してしまった。これで動くこともできまい。
最初からこれをやらなかったのは魔力を温存したかったからだ。この術は魔力を大きく消費するし、消費した分だけ増殖させることができる。だけど、温存なんて言ってる場合じゃなくなった。魔力のほとんどをこれに注ぎ込んで、残りの魔力で葉折君を助けにいく!
「葉折君ッ!!」
「あ……?」
呼び掛けると反応があった。いつの間にか叫ぶことをやめていたので一安心には一安心なんだけど、葉折君は何処か虚空を見つめていた。まるで僕の声など耳に入っていない様子で、何かをじっと見つめていた。それがなんなのかは分からない。
と、思っていた次の瞬間だった。
「な……ッ、ん、で」
カヒュッ、と空気の抜ける音と共に葉折君が大きく目を見開いた。その顔は絶望に染まっているようにも見える。
そして大きく身体を跳ねさせると、葉折君は大量の血を口から吐いた。
「何しやがってるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
気がつけば僕は叫んでいて、身体は勝手に動いていた。目の前がカッと赤く染まったような気がするけどあんまり覚えていない。ちゃんと目の前が見えるようになった頃には、男の方の双子の片割れに飛び蹴りを喰らわせていた。
「大丈夫ですか、葉折君ッ!」
汚い着地をすると、そのまま葉折君に駆け寄りその隣に膝をつく。葉折君は目を閉じて浅い呼吸を繰り返していた。その手は驚くほどに冷たい。早く、小坂君に見せないと。
血を吐いていたけれど、特に目だった傷は見当たらなかった。ということは毒かなにかにやられたのだろうか。何にせよ、この双子を許せそうにない。
「邪魔するなよ、嘘誠院音無……!」
「それは僕の台詞です! 『回宙刃』!!」
「『蟻地獄』!」
僕に蹴飛ばされなかった方の片割れが僕を睨み威嚇してくる。その顔面目掛けてナイフを四本ほど放ったが、直後現れた砂の塊に全て吸い込まれてしまった。何なんだあれは。
「何してる、『Alice』。嘘誠院音無の相手はお前の仕事だろう」
「分かってるよ、五月蝿いなぁ。今からもう一回相手をするんじゃない。黙ってなさいよ」
鎖の塊になったはずのアリスさんの声が目の前からした。そう思っていれば、片割れのが出した砂の塊がぐにぐにと動き出して形を変え、人型になり、最終的にアリスさんになった。
「人形が勝手に人の魔法を使うな」
「使われるアンタが悪いんだってば。ギャーギャーいってないで、さっさとお兄さんでも回収したらどうなの?」
「言われずとも分かってる」
片割れとアリスさんはにらみ合いながらそんな短いやり取りを交わすと、一斉に僕に飛びかかってきた。
「『回宙……ッ」
「間に合いませーん!」
ナイフで迎え撃とうとするが、言われた通り間に合わない。あっという間に押し倒され、右肩と左足にナイフをぶっ刺されていた。
「づあ゛……ッ!」
「はい、四本」
悲鳴を上げることすら間に合わない。更に二本のナイフを追加され、計四本のナイフが手足を貫いて僕を床に縫い付けた。
ちょっとでも身体を動かせば激痛が走り、痛みのあまり目の前が真っ白になる。そんな僕に馬乗りになったアリスさんはニヤニヤと満足そうに笑っていた。
「今までの分、ぜーんぶのお返しね。骨も筋肉もイッちゃってるから二度と歩けなかったりして。まあ、君、ここで死ぬから関係ないよね」
今まで楽しかったよ、とアリスさんは微笑んだ。
ふざけるな、と言い返したいけど言葉が出ない。いや、出せない。出そうとしてない。まず口を開けない。口を開けば命乞いの言葉すら出てきてしまいそうで、歯を食い縛ることしかできないのだ。
本当に、こんなところでお仕舞いなのだろうか。葉折君を目の前で助けられず、あっさりと全身ズタズタにされて? そんな、なんのために生きてきたのか分からないような死にかたを?
そんなの、流石に許せない。
いくら僕の人生だからって、こんな終わり方はあんまりだ。まだもっと生きてたい。それすら叶わないなら、せめて目の前にいるアリスさんだけでも道連れにしたい。
何か、方法は……なんて考えようとしたけど、一瞬で見つかった。あるじゃないか、師匠に使うのを止められた唯一の必殺技が。なんて言うと、凄くカッコいいんだけど。
「……これを使うの、貴方が初めてなんですよ」
「え? なーに? ハジメテをアタシにくれるって?」
「もう、その無駄口すら叩けなくさせてあげます」
言いながら、僕はこっそりと用意した最後のナイフを顔の横に落とした。するとヒモが切れて眼帯が外れる。そして僕の右目が露になった。
『終焉ノ瞳』
この術は使えば相手の魂を確実に消滅させることができる。僕の持つ唯一の一撃必殺の技だ。発動条件は右目を相手に見せること。そして相手が僕の右目を見ること。詠唱の必要はない。魔力も消費しない。ただその代わり、最悪の場合僕まで死んでしまう。かなり使い勝手が悪いため師匠に使うなと言われたのだった。
僕の右目に映ったアリスさんは弾かれるように仰け反り、そして倒れた。多分もう動かないだろう。……よかった、まだちゃんと使える技だった。
ただ、お陰で頭が酷く痛い。視界はたまにノイズが入ったように歪んでよく見えない。耳も遠くなったのか音が上手く拾えなくなった。身体は全く動かないけど、アリスさんに刺されたときから動けないから関係無いや。とりあえず、右目だけは閉じておこうかな。
そんな適当な気持ちで、開いてるのかどうかもよく分からない目を右だけ閉じて右を下にして横を向く。少しでもこの後の被害の可能性を減らそうという試みだ。意味があるのかは分からないけど。
顔を横にしたことで視界が変わる。
そのぼんやりとした景色のなかで、空美さんに似た人が日本刀を構えてこちらに走ってくるのが見えた。あれは……えっと、空美さんのお姉さんだったかな。
日本刀を構えてるってことは僕を殺しに来るのだろうか。こんな死にかけの僕にワザワザ止めを刺すなんて……なんというか、油断ならない人だな。悲しいし、ここまでしてくれた皆さんには申し訳ないけど、これはもう大人しく殺されるしかないのかもしれない。何もしなくても死ぬだろうし。
ひとつやり遂げた後の脳内は妙に冷静で、とても投げやりだった。もう、色々と疲れてしまったのかもしれない。酷く無責任な話なんだけど。
ああ、どうせだったら……大嫌いな兄さんに一言文句でも言って、ついでに少し、謝っておけばよかったかな……。
そんなことを思いながら目を閉じる。誰かが僕の名前を呼んだような気がするけど、気のせいかな。
しかしなんだろう、中々衝撃というか、痛みがやってこない。散々痛め付けられて麻痺してしまったのだろうか。別の部位を斬られたら流石に何かあると思うんだけどな。ああ、関係ないけど、お腹が空いたなぁ。
適当なことを思いながらもう一度だけ、うっすらと目を開いた。
すると目の前にあったのは、僕の前に立つ誰かの足と、ポタポタと落ちる真っ赤な血だった。
ちょっと顔を上に傾けると、見慣れた金髪が見えた。




