4.月明葉折
空美ちゃんが海菜ちゃんの相手をしている。ということは、海菜ちゃんは暫くこっちに出てこないし、逆に言えば空美ちゃんは海菜ちゃんをどうにかするまで何も出来なくなる。あの二人がお互いにお互いを傷つけられないのは重々承知だ。
だから、ここから僕が全員を無事に帰すには海菜ちゃん以外をどうにかした上で、海菜ちゃんをもう一度出し抜いて逃げるしかない。
しかしまあ、海菜ちゃん以外も簡単には片付けられないわけで。
「兄者」
「僕は帰らないよ」
甲骨が口を開いたので、その先に言うであろう言葉を遮って僕は答えた。帰るわけがない。誰があんなところに帰るもんか。むしろ帰るとでも思ったのか。
そのためにも僕は、弟二人をさっさと片付けてみんなをつれて帰らなきゃならないんだ。
「『夜桜』」
僕がそう唱えると、僕の周りをピンクの花弁が舞い踊り始めた。端から見たら綺麗だと思う。だって、そう見えるように僕が研究したんだから。
殺し屋組織の月明家の長男である僕にとって、人を殺すというのは余り特別なことではない。むしろよく有ることだ。それがお仕事なのだから当然っちゃあ、当然なんだけど。
けど、仕事だからとただただ淡々と殺すだけっていうのは味気無いし、詰まらないし、美しくもないわけで。そう考えた結果、この技が生まれた。
しかしまあ、これを使いすぎた余り、僕の周囲に舞う桜が何よりの恐怖の対象となってしまった訳なんだけどね。これがなんなのか、当然弟二人が知らないわけではない。
「『暴風龍』!」
「『砂嵐』!」
ヒラヒラと舞う花弁を、二人は砂を纏う風の龍で全力で潰しにかかる。面白いよね、たかだか花弁に対してこんな厳ついもんを出してくるんだから。
さて。
「『桜吹雪』」
一度どうこうされただけで終わる訳がないだろう?
風で散らされた花弁たちは、ふわりと浮き上がると風の龍の身体を螺旋を描くように舞いながらその流れに逆らう。流れに逆らった先にあるのは勿論術師――甲骨と五樹だ。
「――――ッ!?」
どちらのとも分からない、声にならない悲鳴が上がって、二人はあっという間に身体中至るところをズタズタに割かれて血塗れになった。
桜の根本には死体が埋まっていて、花は死体の血を吸って鮮やかなピンクになるという。僕の桜も同じだ。ヒラヒラと舞う桜は相手の血に濡れて鮮やかになっていく。
「……、どうして、だ。兄者……」
「兄貴はどうして月明家に背く?」
「どうして、ねぇ?」
「何故嘘誠院音無を守る?」
「何故嘘誠院音無の仲間たちを守る?」
「何故敵対する?」
「何故立ちはだかる?」
交互に二人が問いかけてくる。僕はその質問一つ一つに答えることなんてせず、それどころか一つ一つをまともに聞こうとすらしなかった。その代わりに一言、心の底から思っている一部分を打ち明けた。
「逆に聞きたいけど、何でモルモットになるのがわかってて差し出さなきゃいけないわけ?」
この戦いの相手が“組織”だけだったらこんなことは思わなかったと思う。音無を殺させやしないとは考えただろうけど、全員を守ろうなんて絶対に思わなかった。ついさっきまでそうだったんだから間違いない。
でも、月明がついてるのが分かって状況が変わった。誰一人として犠牲にしちゃいけないんだ。
月明に捕まれば最後、拷問なり薬漬けなり、とにかくモルモットとして実験され無惨に死んでいく。上手く死なずに済んだとしても、視界に映るモノというモノを破壊するナニカになったり、人を殺さなければ生きていけないような化け物になったりと、まあ、ロクな運命を辿れないのは確かだ。
ちなみに、そういうモルモットたちの中の一つが九十九雷ちゃんだ。
猫神が何であんなに拒絶的な反応をするのかよく分からないけど、でもあれが気持ち悪いって思う気持ちはよくわかるよ。ああなってしまえばお仕舞いだな、とも思う。同時に、あれを増やしてもダメだとも思う。
さあ、続きを始めよう。理由を述べたところでこの二人か聞くわけがないんだ。
僕がどんなに真っ当なことを言ったって、二人にとって僕は月明の裏切り者だ。裏切り者は殺すぐらいの勢いだ。この二人にとてもそんなことが出来るとは思えないけど、でも油断は禁物。全力で迎え撃って潰す。そしてさっさと離脱する。
「……兄者、忘れているようだが」右手に魔力を込め、棒立ちの甲骨に向かって飛び掛かったところでそんな声がかけられた。でも、当然ながらもう止まることはできず、僕の込めた魔力は甲骨にぶち当たる。「兄者も、そのモルモットの一人だ」
「え……?」
当たらなかった。
それどころか、飛び掛かろうとしていた僕の身体はぐしゃりと地面に潰れるように落ちて、そして動かなくなった。
痛い。頭の奥から、響くような痛みが段々と強さを増して大きくなる。チカチカと視界が点滅して、ものを正常に見ることができない。ついでに、ジリジリと肌が焼けるように熱くて痛い。熱い? 熱い!
「ああッづうううううううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ」
熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い肌が焼けて身体が身体がからだが火が炎が焔が僕僕僕僕僕僕僕僕僕赤い赤い赤い赤い赤い赤い赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
「ああ、なんだ」
「なんだ、そんなものか」
「何もせずとも勝手に潰れる段階だったのだな」
「それが幻覚だと分かるか、兄貴?」
「自分が薬漬けにされていることを思い出せたか、兄者?」
げん、か……く?
くすり……そうか、僕は、そうだ。僕もそうだ。僕も月明のモルモットで、薬を投与されていて。
幻覚という言葉を真っ赤な炎の中で理解できるようになると、炎は嘘みたいに一瞬で消えた。そんなもの、元から無かったように。でも身体の痛みは消えない。肌を焼かれていた感覚もそのままだ。幻覚は完全には消えない。
畜生、嵌めやがったな……!
「この前兄貴に投与した量を少な目にしたと聞いている」
「薬が切れれば当然禁断症状が出て、兄者は帰らざるを得なくなるって算段らしい」
「…………ッ」
声が上手くでない。さっきのは幻覚だったと分かっているのに、喉が焼かれてしまったかのように痛む。体も動かない。少しでも動かせば激痛が走り、熱が伝わり、今にも関節が焼け落ちそうだ。
「……葉折君」
声すら出せず一人悶える僕に心配そうな声が掛かる。最愛の人、音無だ。それだけでいくらか回復できたような気がする。音無ってすごいな。音無の存在が僕を救うんだな。
そんなことを考えていると、どうやら僕のすぐそばまで来ていたらしい音無は、僕の横に膝をつき、両手で僕を抱き抱えた。
ああ、幸せだ。
「だいじょうぶ、ですか?」
「あ……?」
なんて、思ったのも束の間。心配そうな音無の声がどこか歪んで聞こえたかと思えば、胸に激痛が走り、音無の顔が醜い笑顔で歪んだ。
胸の痛みはあまりに鋭くて痛くて、首と目を動かしてみれば、そこには僕の胸から生えた銀色の刃があった。
「な……ッ、ん、で」
僕の叫びが声になっていたかは分からない。カヒュッ、カヒュッ、と空気が漏れているような音がする。現状を上手く飲み込むことができず、思考だけがぐるぐると回っていく。
「なんで? なんでって……当たり前じゃないですか……」ぎゅっと僕を抱き締めて、音無は僕の耳元で囁いた。「葉折君は元から敵じゃないですか」
「あ……ッ、ぐぅ……ッ」
ずるりと嫌な感触と共に背中から冷たい刃が抜かれた。にやにやと歪んだ笑みを浮かべた音無の顔がどろどろと真っ黒に溶けていく。何で、どうして、何が悪いのか、僕が悪いのか、どうしてこうなったのか、何がいけなかったのか、どうしていればよかったのか、思考が回って、回りながら痛みを覚え、声にならない声で叫ぶ。もう訳が分からない。
身体はピクリとも動かない。どくどくと血が流れている感覚がする。身体の温度が急速に下がっていくような気がする。まずい。これはヤバい。
誰も守れなくて、それどころか僕はここで死ぬんじゃないのか。音無を守ることすらできず、音無の手で殺されて。この腕の中で。僕は
「何しやがってるんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
段々上手く焦点が合わなくなって、周囲の音が遠ざかり始めたところで、全てを切り裂くような叫び声が聞こえた。僕はその声を聞いて、少し嬉しくなった気がする。あれ? 何でだろう。
でも身体が動かないし、瞼も段々閉じていくから意味がない。
せめて、音無だけ、でも……助けな、きゃ…………。




