3.昼夜空美
私とお姉ちゃんの戦いは決着がつくことはありません。
まずお互いにお互いの攻撃が通らないのですから当たり前です。
お姉ちゃんが空間を斬れば私がそれを操作してくっつけてしまい、私が空間を移動させればお姉ちゃんがそれを斬って無効化してしまいます。だからこそ、こうやって床に術を張って戦うというのは有効だったみたいです。床を斬れば共倒れですから。
この床に張った術は、床に触れた魔法を天井から再び出現させる、というシステムです。他人の魔法の再利用、と言えば分かりやすいでしょう。
しかしながら、そんなことをしたところでお姉ちゃんに攻撃が通ることはありません。魔法が発動する前から斬られるのが、発動したあとに斬られて消されるようになっただけなのですから。だから最終的には仙人さんを見習って、肉弾戦をするしかなくなるのです。
「『昼夜流格闘術 高下回』!」
「……ッ!?」
何時か見た、お兄様の技を見よう見まねで再現してみます。飛び上がりながら回転し、遠心力を利用しながら足を振り回して蹴りを放ち、それが外れれば着地をしつつ、再び体を捻らせて二回目の蹴り。くるくると回るように動きながら、何度も何度も様々な角度から蹴りを放つのがお兄様の技でした。残念ながら私に再現ができるのはその形だけですが、それだけでもお姉ちゃんを混乱させることができました。しかし、それだけで終わるわけではありません。
「『昼夜流格闘術 爆砕掌』!」
蹴りからの勢いを殺さずに、着地と同時に体の回転を加えつつ掌底を放ちます。当てるつもりだったのですが、ギリギリのところでかわされてしまい、私の手のひらは床を凹ませるだけになってしまいました。うーん、こちらも形だけの再現で、威力がイマイチです。速さも足りないですね。
「空美……お前、いつお兄様の技を……?」
「見よう見まねで練習してたんだよ。……私の能力だけじゃ、だめだと思ったから」
「……そうか」
能力だけを使っても何も守れないから。何もできないから。私たちはそれを一年ほど前に痛感したのです。あのことを機に、お姉ちゃんは滅多に笑わなくなってしまいました。前まではこんなに威圧感のある話し方をする人じゃなかったのに……。
私は、そうなってしまったお姉ちゃんを元に戻すためにもお兄様の技を練習していました。こんなところで、こんな使い方をすることになるなんて思ってもみませんでしたけど。でも、お姉ちゃんを止めるならこれしかないのです。
さて、次は。
記憶を巡らせて次に放つお兄様の技を考えようとしたところで、私の思考は唐突にストップしました。腕の力だけで跳び、不自然な動きで逆立ちをしつつ足を振り回す仙人さんの姿が見えたからです。
「あれは……っ!」
「そっちを見ていていいのか? 空美」
あれだけはまずい、そう思って駆け出そうとすると、耳元でそう囁かれました。そして腕を掴まれます。
「――――ッ! 離して! 『昼夜流格闘術……」
「させない」
「ッあ」
振りほどこうと体を捻らせると、それを利用されたのか私の視界は急にぐるりと回って、そして天井を向いていました。空気が一気に体から抜けて呼吸がうまくできません。足止めを食らっている場合じゃないというのに!
「あのチャイナが心配か? まあ、優しいお前ならそうだろうな。九十にしてやられてるというのに、あのチャイナはその事にすら気付いてないのだし」
「…………」
「許せ、空美。あのチャイナを封じるためには九十をぶつけるしかないのだ。お前にも分かるだろう? チャイナの攻撃を受けても尚動ける者。……そんなの、九十以外に居ない」
「そ、う……だけど……!」
言いながらお姉ちゃんは私の上に馬乗りになり、そして刀を私の首の横に立てました。これで私は何かをすることが出来なくなりました。お姉ちゃんは何時でも私の首をはね飛ばせるんですから。
例えその能力を私の能力で無効化したところで、刀そのものに斬られてしまうだけです。ああ、本当に悔しい。私はなんのためなお兄様の術を練習して、お姉ちゃんを止めると啖呵を切ったのか。
「空美……これ以上私にお前を傷付けさせないでくれ。私だって、お前相手にこんなこと、したくないんだ」
「……っは」
とても悲しそうな顔で刀を突きつけるお姉ちゃんの言葉に、私は思わず笑ってしまいました。だってそれは、私に限った言葉なんですもの。今、この状況なら、私のことは一番どうだっていいんです。一番安全なところにいるんですから。
そんな私なんかよりも優先すべきは、たった今九十姉妹と戦っている仙人さんです。お姉ちゃんの言った通り、仙人さんは足が動かなくなっても尚、何をされているのか、何をしちゃいけないのか、分かっていないんですから。
九十姉妹が得意とする分野は『呪い』です。
基本的には札を使って呪いをかけますが、札がなくとも術を使うことができます。むしろ、札がなくなったときの方が彼女たちは凶悪です。
『触れた箇所の動きを停止させる』
そんな呪いを彼女たちは札がなくなった瞬間に発動させているのです。そして、それは彼女たちが触れなくとも効果が現れます。例えばそう、彼女たちを殴れば、その殴った拳が動かなくなるのです。
まったく、私の知らぬ間に、仙人さんが彼女たちが仕込んでいた札をすべて無くさせてしまっただなんて……! 仙人さんのことだから、札が尽きる前に殴り勝つ、何て思っていた私が何処までも愚かしい。
「なんっかわっかんねーですだが腹立つですだな! そんなに殴られてて何でお前らは立ち上がるですだか!」
「いやー、ウチらもキツいんッスよ? でもアンタが倒れてくんないとウチらも立ち上がらざるを得ないんスよ」
「何訳のわかんねーこといってるですだか? ああもう、一気に蹴りつけててかしつけてやるですだよ! 『ドライブ』!」
「ッ、仙人さん、ダメです!」
「うおおおおああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
涙目さんと仙人さんがそんなやりとりを交わして、仙人さんが全身に炎を纏ったのが分かりました。そんなの絶対にダメなのに、仙人さんに私の声は届かず雄叫びを上げながら涙目さんに向かいます。動かなくさせられた足は恐らく魔力で無理矢理動かしているのでしょう。
「お姉ちゃんお願い! あれを」
「止めて、何て言わないだろうな? 忘れるなよ、空美。お前は別だが……それ以外の全員は私たちの敵だ。正直、嘘誠院音無を殺して、嘘誠院狂偽がどうにかなれば、他はどうだっていいのだ。死んだって構わない」
「そんな……ッ」
お姉ちゃんの言葉は何処までも冷たく、その目はとても暗いものでした。どうしてこうなってしまったのでしょう。あの優しかったお姉ちゃんは、一体何処に行ってしまったのでしょう。どうして、こんなにも冷酷になってしまったのでしょう。
どうしたら、お姉ちゃんを止められるのでしょう。
……いや、『どうしたら』なんて言ってますけど、とっくに手段はもうひとつ、用意できてるんですよね。あとは私が覚悟を決めるだけ、です。
私だって、お姉ちゃんを傷つけたくなかったよ。
「……ッ、『奇術舞台』!!」
「っぐぅ!?」
私が叫ぶと私の体から突然氷の小さな山が現れて、それはお姉ちゃんの腹部を勢いよく打ち上げていきます。
これは『循環空間』を張っているから為せた技。床に触れた魔法を天井ではなく、私の体から順番に、さながらパレードのように出現させるものです。どうやら猫さん以外の魔法が触れていなかったらしくて氷の小さな山しか出てきませんでしたが。
でも、それだけで十分です。お姉ちゃんが私の上から退いてくれればよかったんですから。
「ッが、あ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
でもそれは遅すぎていて、私が立ち上がった頃には全てを終わらせる仙人さんの絶叫が響いていました。




