4.月明葉折
月明葉折こと僕は人生で初めて一目惚れをしました。
写真で見たその姿はもう可愛いの一言しかなくて。年上の僕としてはなんかこう、色々とくすぐられちゃって。だから、会いに行けることになったときは本当に嬉しかったんだ。
襟のデザインが可愛いドット柄のブラウスに、ゆるっとしたフリル付きカーディガン。大きなリボンがついたフレアスカートとニーハイソックスをはけば完璧。
髪はサイドテールにして、葉っぱをあしらったシュシュでとめる。それから伊達の黒渕眼鏡ははずせないね。
お気に入りの一番可愛い服装で、化粧も一番可愛いやつにして、僕は一目惚れの相手ーー嘘誠院音無に会いに行く。
「こんにちは」
にっこりスマイル。これだけ可愛い僕を見たら、きっと音無も少しは僕のことを可愛いと思ってくれる。初対面で好きになってもらうのは難しいけど、最初に可愛いと思ってもらえれば、きっと直ぐに好きになってもらえるはず。
「えっと……どちら様、ですか?」
そう言って音無は半開きだった扉をしっかり開いた。やっとこれで僕の全身が見てもらえるのかな。
「僕は月明葉折。突然でごめんね。僕は、君に会いに来たんだよ」
全身が露になった音無は、写真で見た音無よりもずっと可愛くてかっこよかった。もう、かっこ可愛い存在って最強だよね。どうしよう、ますます好きになっちゃいそうだよ。
「あの……」
音無の可愛さの余り顔を隠してしまった僕に、音無はおずおずと切り出した。
「いきなり失礼なことをすみません。でも……」
「でも?」
何かな、何かな。いきなり失礼なことってなんだろう。もしかして、あまりの僕の可愛さに告白でもされちゃうのかな。あぁどうしよう! 答えは勿論イエスしかないけどね!
「あの、貴方、男の方、ですよね……?」
「え?」
あれ? 僕が予想してた言葉と違うな? ん? 聞き間違いかな?
そうだよね、こんなに可愛い僕が男なんて言われるはずがないよね。
「男? この僕が?」
「いやいやいや、なにちょっとぶりッ子っぽく首かしげてるんですか……男がそんな動作しても引きますよ……いや、あの、本当に初対面で申し訳ないんですけど」
「やだなー、音無。こんなに可愛い格好をしてるんだよ? お化粧もバッチリだよ? そんな僕が男だなんて」
「男でしょう」
バッサリと切り捨てる音無。あれ? こんなはずじゃ。
「ニーソできたのが間違いだったと思いますよ……太ももにとてもかっこよく筋肉のラインが出てます。多分ゆるっとした服で上半身を隠そうとしてるのかもしれないですけど、どうせするなら首まで隠した方が良かったですよ。喉仏見えてます」
「マジか」
うわぁ。喉仏は決定的な証拠だね。やってしまった……足の筋肉とかは鍛えてるってごり押しすれば何とかなった気がするけど、これはどうしようもないや。ううん、見破られてしまった……見たところあんまり音無もなびいてくれてないみたいだし……。
「で、でも女装してても可愛いよね?」
「いや、微妙です」
グサッと来た。え、嘘じゃん。
「どこが微妙なの? 僕が男って言うの差し引いてさ!」
「服装ですかね。あんまり似合ってないです」
グサグサッ。
あ、あれ? これは僕が服のチョイスを間違えたってこと?
嘘だ……ショップの店員さんも可愛いって言ってくれたのに!
「っていうか音無、初対面にしては中々辛辣すぎない?」
「ああ……それは大変申し訳ないんですけど……なんか、初対面でグイグイ来るガチホモ乙女相手には何でも言える気がして」
「さらっと酷い呼び名つけられた! でも何でも言えるってことは、初対面でも僕に心を開けちゃうってことだね! じゃあそのまま僕にすべてをさらけて!」
「お断りします!」
扉を閉められた。あれれ? 何をしくじった?
これが僕と音無のファーストコンタクト。色々と初対面の会話じゃない気がするんだけど、このお陰で仲良くなれた気がするな。それに、紆余曲折あって、音無の家に居候できることになったから結果オーライだよね! いやぁ、夜まで粘った甲斐があったね。
「葉折君? 申し訳ないんだけど、手が空いてるなら洗濯物を干すか、食器を洗うかしてくれるかな?」
音無との思い出に浸っていたところを、図々しく邪魔してきたのは猫神。この女、好きじゃないんだよね。
「君の頼みなんてなんで僕が聞かなきゃならないのさ」
「音無君のお願いでもあるんだけどね? どっかの誰かさんが洗濯物を増やすし、フリルが多くて洗濯が手間なんだよね」
「はぁ? 僕の服装にケチつける気?」
「人の趣味をとやかく言うつもりはないけど、仕事を増やすなら増えた分の仕事はしてくれるかな?」
五月蝿いなぁ。しかもニコニコ笑ってて気持ち悪い。なんでずっと笑ってんのこの女。暗黒微笑でも気取ってるつもりなのかな。痛々しいんだけど。しかも一人称が僕ってなんなの。狙ってるの?
「僕とキャラが被ってるんだよなぁ、このブス」
「なんで僕とガチホモ乙女がキャラ被らせないといけないのかな?」
あ、笑顔が消えた。うわぁ、ブス度が増し増しだ。
「え? そりゃあ君がブス過ぎて僕の可愛さに嫉妬してるからでしょ?」
「それを可愛いと思ってる君の頭ってどうかしてるよね。僕としては、君と同じ人類ってだけでも吐き気がするんだけど」
「そんなのこっちだって願い下げだね。このブス!」
「黙れカマ野郎」
空気が一気にひんやりしてきたけどそんなの気にしない。
本当にこのブスだけは生理的に受け付けない。本当に無理。さっさとこの家から消えてくれないかな。
僕? 僕は居なくなるわけないよ。だってここは僕と音無の愛の巣になるんだしさ。
「醜い争いは、めっ! ですだぁぁぁぁ!」
僕と猫神のやりとりは、仙人の物理的なクラッシュで強制的に終わらされる。もう、これも日常茶飯事になってきたなぁ。