8.月明葉折
とんでもないことになってしまったと思う。
いやもう……冗談抜きで! 本当に!!
仙人ちゃんがドラゴンになるってところから既に僕の理解の範疇を越えてたんだけどさぁ、まあそこは置いとくとして。あれはほら、あの女が居ればどうとでもなるからいいんだよ。
そんなことよりも、まずは乗り込んだ先にいるのが海菜ちゃんっていう引きの悪さだよね。九十姉妹とか、甲骨と五樹とかだったら余裕で出し抜けるし、ちょっと行ってちょっと帰ってくるのも出来たよ。でも海菜ちゃんは無理だよね。伊達に司令官やってる訳じゃないって言うか。
桜月君とか時雨ちゃんとかでもよかったけどあの二人が監禁して監視してなんてこと出来るわけないしなぁ。ああ……本当に貧乏クジを引いちゃったよ。
まあ、そんな海菜ちゃん相手に右肩の負傷だけで済ませた小坂君の化け物感が物凄いからどうでもいいんだけどさ。
問答無用で空間ごと斬れる能力相手だよ? それに小坂君は治癒術専門で戦闘能力は無かった筈。うーん……気流子ちゃんが守ってくれてたのかなぁ。でも水だろうとなんだろうと斬れる筈なんだよね。その証拠に仙人ちゃんなんて出すものすべて斬られてたし。僕も例外じゃないし。
音無と二人で足止めしてみてるけど何の意味もないんだよね。片っ端から斬られて玉砕だよ。圧倒的すぎちゃって、『二人の初めての共同作業だね、音無』って言う暇が無くなっちゃったじゃないか。なんてことしてくれるんだよ。
「……ッ、『鎖ノ罠』、『鎖ノ嵐』、『四神姫札』!!」
「『金木犀』、『夜葉桜』……ダメだね」
「ダメって言わないでください……!」
海菜ちゃんの足元から突然飛び出してきた鎖も、突如現れた魔方陣から現れ渦を巻きながら襲い来る鎖も、その渦に紛れて 舞っていた鉄製のトランプも全部捌かれ斬られ微塵切りみたいにされた。
音無の放ったそれらに紛れ込んだ葉の刃も、それら全てを上手く認識できなくなるような幻術擬きも一瞬で薙ぎ払われた。
うーん……やっぱり真似事はダメだね。幻術みたいな古くさい技はあの女に任せるとして……さて、撹乱しようにも何も出来ないじゃん。
ダメダメじゃん。
「いい? 言うとおりにするのよ」
もうどうしようもないよねーとか思っていたら、あの女の声が聞こえた。妹を守るために必死だね。僕はそんなのよりも自分の身と音無を守っていたいよ。
指を鳴らす音が聞こえる。それからどうするか、なんて僕には関係ないね。だってなにしても無駄だし――と思っていた一瞬前の自分を殴りたい。
目を閉じて開いた。その瞬きの間に何が起こったのかは知らない。ただ、一つ言えるのはバカがバカをやりやがったってことだ。
「かえ……る……?」
音無の呟きが聞こえる。そう、蛙。緑色のあいつだ。
蛙が僕たちの視界を一面の緑に染めて、げこげこと喧しく鳴いていた。
いやいやいや、流石にこれはグロすぎるって。だって蛙だよ? ぬめっとした奴らがこんなに大量にいたら気持ち悪いって。
それに……
「ぎゃああああぁぁぁぁッ!?」
僕は無意識のうちに叫んでいた。
そうだよ! 蛙だよ!! しかも大量だよ! 一匹いただけでも十分なのに、それがこんな……こんな!!
「葉折君……?」
「いいかい、音無。死にたくなければあの忌々しい緑の塊を一匹残らず殲滅するんだ! 今すぐに!!」
「えっ? ええっ……?」
ごちゃごちゃ説明してる暇なんてないよ! あるわけないじゃん! だってこうしてる今だって猫神の悲鳴だかなんだか分からない叫びが聞こえてるんだから!
忘れもしない……あの気流子ちゃんが家の中に持ち込んだ蛙のことを……! あれで僕らがどれだけ死にそうな目にあったことか!
海菜ちゃんに向けていた術をすべて辺りの蛙に向ける。海菜ちゃんは蛙に圧倒されていてこっちを見ていないから逃げるのは今がチャンスなんだけどそういってる場合じゃない。
「『夜葉桜』! ってクソーッ! もれなく全部幻術かよ!!」
消えないじゃん! 消せないじゃん! とかやってる間にも氷柱が降ってくるしぎゃああああぁぁぁぁ!
どうしろってんだよ! 幸か不幸か、氷柱が降り注ぐわ、僕らが慌てて攻撃できない蛙を闇雲に攻撃するわで海菜ちゃんが困惑してるけど! でも! これじゃこっちも何もできないよね! 危なすぎるし最悪氷柱に潰されて死ぬよね! これは早いとこ猫神を潰さないと……!
そんなことを思いながら猫神の方を睨む。あの女に凄まれた。なんだよ、もしかして僕の考えがバレたのか? そんな馬鹿な。
《グオオオオォォォォアアアアァァァァッ》
「よし、もういいわ!」
とかなんとか思っていたら、蛙と氷柱にうんざりしたらしい仙人ちゃんが吠えながら天井をぶち破った。その動きを合図にあの女は頭を抱えて振り乱しながら叫ぶ猫神の胸ぐらを掴むと、思いきり頭突きをした。
……え? 頭突き?
侮るなかれ、その頭突きはどうやらとんでもない威力だったらしく、音は聞こえなかったけれど(蛙が五月蝿すぎて)、猫神の頭が跳ねるようにガクンと後ろに弾かれたのはよく見えた。そしてそのまま意識を失ったのか、後ろへ倒れるように仙人ちゃんの背中から落ちていった。
頭突き一撃で意識を奪いやがったぞ、あの幻術師……。
気流子ちゃんといい、どんだけ力があるんだか。確かに最初に見たとき、岩の投げ合いしてたような気がするけど。
背中から落ちた猫神を下で構えてた空美ちゃんがキャッチすると、そのまま動き出したドラゴンの右足に乗る。僕もそれにならって置いてかれまいとドラゴンの左足に乗り、音無の腰を支える形で音無を引っ張った。
右手にドラゴンの足、左手に音無。どんな状況だよ。いや、こんなに密着できる正当な理由が出来て物凄く嬉しいんだけどね。
上の階にあがると、タイミングよくそこに居たらしい仁王くんが合流した。なんでこのタイミングでそこに居られたんだろう? と思わなかったと言えば嘘になるけど、彼の能力を考えたら必然なのかもしれないね。僕たちと合流することが彼にとっての最善っていうのが少し驚きなんだけど。
最善って何をもって最善なんだかね。
そんなことを考えている間にも仙人ちゃんは長い廊下を突き進む。その足に振り落とされないように捕まりながら、チラッと来た方を振り返ってみたけど海菜ちゃんの姿はなかった。まだ苦戦してるってことなのかな。或いは、天井まで一気に上がってこれないとかかな。まあ……普通に考えれば無理だよな。僕も出来ない。
一見、混乱に混乱を重ねた結果の強行手段に思えたけど、いいし時間稼ぎになってたみたいだ。仙人ちゃん自身はそんなこと絶対に考えてなさそうだけど。
まあ、なにがともあれ。本当に何がともあれって感じだけども。
無事に目標の広間に辿り着くことが出来そうだね。広間のなかに入ったら扉を閉めてトラップを仕掛ける。その間に空美ちゃんが帰る支度をしてくれるからそれでトンズラって感じだったかな。一瞬でも時間を稼げれば逃げれるって言ってたしね。
逆に言えば、広間まで来ないと海菜ちゃんの妨害が入っちゃって帰れないんだよね。さっきまでいた牢は狭いから時間が稼げないし、最悪海菜ちゃんまで連れてきちゃうらしいから。全く、なんで一番最悪のパターンになるのやら。
広間の扉を抜けた。それを確認すると、僕と音無は仙人ちゃんから飛び降りて扉を閉めに向かった。
「ッぐ!?」
突然の衝撃。背後から突然岩に叩きつけられて僕は床に転がった。ついでに頭も打ったらしい。液体チックなものが伝ってくるような感覚がした。ついでに言うと痛みのあまり体が動かない。今度はどんな貧乏くじを引いたって言うんだ。
「んんぅ……ドラゴンさん、こなごなー」
「テメェ……誰、ですだか」
聞こえてきたのは何処かで聞いたような声と仙人ちゃんの声。ドラゴンの鳴き声っぽいやつじゃない。いつもの仙人ちゃんの声だ。
ということは、さっきの岩はドラゴンとして使われていた仙人ちゃんが纏っていたやつってこと? それをあの一瞬で砕かれて幻術まで破られただって? でも、そうじゃないと仙人ちゃんが元に戻っているはずがない。ドラゴンが粉々になったと言われたじゃないか。
そんな芸当が出来て、この声。まさか。まさか!
「雷ちゃんは、九十九雷ちゃんでーす」
僕がヨロヨロと立ち上がったと同時に彼女はにへら、と笑った。それはとても歪で不気味な笑顔だった。それを見た瞬間寒気がした。それと同時に、僕は事態のやばさをようやく思い知ることになる。
九十九雷がここに居るという意味。
それはつまり、月明家が“組織”に全面的に関わっているということだ。
なんせ、九十九雷は月明家の“兵器”だから。最高にして最悪、最強の兵器。決して兵士などではない。
最悪だ。やりやがったとしか言いようがない。……いや、“組織”に月明関係が五人もいる時点で気付くべきだったのかもしれない。なんて後悔、遅いよなぁ。甲骨と五樹はただの僕の見張りだと思っていた。でもそうじゃなかったってことだ。
月明が全面的に関わっているのなら、状況は大きく意味が変わってくる。音無の命が狙われてる、その意味すら変わってしまう。
そこまで分かったならば、僕のやるべきことはただ一つ。
ここにいる全員を無事に家まで帰すことだ。




