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僕ラノ戦争  作者: 影都 千虎
初戦
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6.猫神綾

「さ、最初に言っておきます。これは、十中八九罠です」

「だろうねぇ」


 “組織”に乗り込むことに協力する意思を見せた空美ちゃんが次に言ったのはそれだった。罠だって分かってて協力してくれるなんて優しいね。その思惑が何にせよ、ね。


「だから、乗り込んで撹乱して奪還したらすぐ帰ります。絶対に戦わないでください」


 強い口調で空美ちゃんは言う。そこに普段のおどおどとした様子はない。これだけは絶対に守らなきゃいけないみたいだ。

 まあ、戦う戦わないなんて、全部が上手くいったらの話なんだけどね。


「撹乱ってどうするですだか? 儂の拳をぶちこみまくればいいですだか?」

「戦ってるじゃないですか! そうじゃなくて……え、えっと……」


 うんうん、ちゃんとした策は考えてなかったんだね。だからってチラッと僕の方を見られても困るなぁ? 適任を知ってるには知ってるんだけどね。

 撹乱する。要は惑わすってことなんだから、これ以上ない適任がいるよね。普通だったらやる気を出してくれないんだろうけど、状況が状況だからなぁ。きっと今なら何だってやってくれる。

 僕は空美ちゃんから請け負った視線を僕のとなりにいる親友様に流した。すると仙人ちゃんと空美ちゃんの視線も動く。本人はその視線の移動に気付いたみたいだ。


「……“組織”の目を一点に集中させてる隙に気流子とジャージ君と仁王君を連れて、空美ちゃんの術を発動させればいいのよね? 簡単じゃない」

「簡単なのかい?」

「分かってて言わないで頂戴。まあ、綾にしか分からないから説明するけど……貴女に働いてもらうわよ」


 気流ちゃんを連れていかれて相当お怒りの雪乃は仙人ちゃんに指先を向けた。毛嫌いしてる仙人ちゃんに協力を仰ぐなんて本当に珍しい。手段は選ばないってことなのかな。

 まあ、ちょっとした悪意も感じられるんだけどね。でもそれは仙人ちゃんのテンションをあげるだけなんじゃないかなぁ?


「儂ですだか? 気流子とヘタレと仁王を取り戻すためなら何だってするですだよ! ぶっ飛ばしてやるですだーッ!!」

「……それは空美ちゃんの許可が降りてからにして頂戴。貴女は囮としてドラゴンになってもらうわ」

「ドラゴン……? 儂は龍になれるですたか!?」

「ええ、そうよ。ざっくりとした形でいいから、岩でそれとなく大きめに形をつくって。そうしたら私がそれをドラゴンにしてあげるわ」

「うおおおおぉぉぉぉ! たぎるですだ! 龍になって暴れまわってやるですだ!!」


 ほらね。囮だろうとなんだろうと、ドラゴンになれるとかロマンのあること言ったらそうなっちゃうよね。これはかなり撹乱として有効になるんじゃないかな。突然室内にドラゴンが出てきたら驚くよね。


「あとは移動手段にもなってもらうわ。私たちを乗せて、空美ちゃんが術を発動できそうなところまで走り抜けてもらうわ」

「ばっちこいですだ!!」


 乗り物としても優秀だね。雪乃としては嫌がらせのつもりだったんだろうけど失敗してるし。仙人ちゃんのドラゴン……『アカツキドラゴン』とでも言うのかな。


「あの、僕たちは何をすれば……」

「ドラゴンが暴れまわってる間に気流子とジャージ君と仁王君を回収するのと、ドラゴンにまじって適当になにかぶっぱなしてさらに撹乱させる二つの役目があるわ。出来そうなことをしてくれていいわ」


 うわぁ……アカツキドラゴンなのに出てくるのが炎と岩以外の魔法なんだね……。いや、仙人ちゃんが暴れまわれば炎と岩はたっぷり出てくるのか。なんか“組織”が可哀想になるくらい凶悪な作戦が出来上がってる気がするよ。正直僕なら相手にしたくない。


「……ねぇ、それは必ず全員でいかなきゃいけないものなのかな? 話だけ聞いてれば君と仙人ちゃんと空美ちゃんとあと誰か適当にいれば十分な気がするんだよね。僕がそれに協力する必要って、何」


 そんな流れに水を差すようなことを言い出したのは葉折君。んー、色々思うところはあるんだろうけど、ちょっと面倒だよね。思考を読む限り、本当に複雑なのは分かるんだけどさ。


「別になにもしなくたっていいし、小坂君と気流ちゃんと仁王君がどうでもいいならそれでいいとは思うよ」


 妙に冷めた、葉折君の感情を読みながら僕は言う。この時点で十二分に腹立たしいんだけど、ここはちょっと我慢。なんでこっちにいるのかなぁ、とも言わない。葉折君の目的は最初から一つなんだからどうしようもないよね。


「でも、君はそれでもついてくるべきだよ。どうでもいいって思いながらこっちにいるんだから、せめてその意味ぐらいは守らないと。君の役目はそれだよ」


 “組織”に戻りたくないという拒絶の感情。音無君の側に居続けたいという強い願い。その二つは常にセットで葉折君の中に渦巻いている。

 それが何を意味するのかはよく分からないけど……でも、ごちゃごちゃ言ってないで好きなら守ってろって話だよね。肝心なときにいないで、音無君が重傷を負ったことだってあるんだから。

 僕の言葉に葉折君は一応の理解を見せたらしく「……そうか」とだけ目を伏せて言うと僕の前から居なくなった。音無君の近くにいったのかな。


「なんでもいいですだ! 決まったんだからさっさと行くですだよ!」

「……そうね」


 今回はお互いにお互いをいがむことのない二人が言い、外に出る。そしてすぐさまドラゴンになる準備を進めていた。そうだね、早くしないと何が向こうで起きているかもわからないし。

 僕が外に出たときにはもうドラゴンは出来上がっていた。

 ごつごつとした鱗のついた肌、炎のような翼、鞭のようにしなる尾。何処をとっても仙人ちゃんの面影はなく、それは完全なドラゴンだった。そして、その背に翼を支えにしながら直立する雪乃は正しくドラゴン使いだった。

 圧巻としか言い様のない光景だ。


「……ッ、テンションが上がっちゃいますね……これ」


 それを見た音無君は、そんな場合じゃないと分かっていながらも高揚を抑えきれないようだった。うんうん、男の子なんだねぇ。仙人ちゃんがテンション上がりまくりなんだし、テンションあげるくらいは許されると思うよ、音無君。

 とは言わないんだけど。

 今の場合は状況が状況だからなんとも言えないんだけど、音無君は基本、自分が『嬉しい』とか『楽しい』とか感じることに何処かで無意識のうちに罪悪感を覚えちゃうみたいだから、こういうときぐらい素直に興奮していいんだよって思ってしまう。思うだけなんだけどね。


「それじゃあ始めます。猫さん……」

「ん、分かってるよ」


 音無君と葉折君がそれぞれアカツキドラゴンの足元に隠れるようにして立ったところで、僕と空美ちゃんはアカツキドラゴンの後ろで能力を発動させる。

 空美ちゃんは空間移動を、僕はそれを補助するものを。

 それは次第にドラゴンを全て多い尽くす白い光となり、同時に僕たちの視界も白に染まる。


「『空間移動(テレポート)』」


 空美ちゃんの声がして、白い光が消えていくと僕たちはコンクリートの四角い部屋にいた。そこに人の気配はない。さて……どこかな。

 空美ちゃんは恐らく三人がいそうなところに飛んでくれたはずだから、少し動けば見つかるとは思うんだけど……下手に動いて先に見つかったら奇襲にならないんだよね。このドラゴンの意味がなくなっちゃう。


『小坂くんッ!!』


 なんて、次の一手を考えていると頭のなかで気流ちゃんの声が響いた。雪乃はこの声に気づいてないみたいだし、みんなも特に変わった様子はない。ってことはこれは読心術で読んだ声になるんだけど、僕はまだそれを使おうとしてなかった。

 っていうことは、気流ちゃんが意図的に思考を飛ばしてきた? そんなこと、出来るのかな……。


「雪乃、隣の部屋だよ」


 出来るかどうかなんて今はどうだっていいね。そんなことよりも、隣の部屋が優先だ。小坂君になにかがあったのは確かなんだから。

 僕が呼び掛けると雪乃は無言で頷いた。すると次の瞬間、隣の部屋から物凄い勢いの水と共に、圧力で木っ端微塵になった壁がこちらへ飛んできた。

 これはどう考えても気流ちゃんの力だね。雪乃が幻術で声を聞かせたのかな。じゃないと気流ちゃんがこんなことするわけ無いんだし。


《グオオオォォォォアアアアァァァァッ!!》


 なんてことを思っていたら次に仙人ちゃんが本物のドラゴンのように雄叫びをあげていた。そして壁の向こう側へ突進していく!

 え? 仙人ちゃん!?

 多分キレたんだと思うんだけど何が起きたの!?


「く……ッ、このッ」


 壁の向こう側では空美ちゃんにそっくりな女の子が眉間にシワを寄せて、左腕だけでその身長にあわない日本刀を構えていた。

 彼女がその刀を振るうと、ドラゴンの放った燃える岩はバターのように簡単に真っ二つにされてしまう。片腕だけでなんて威力だ。


「……っは、悪いな。逆に助けられちまった」


 そんなドラゴンの後ろでは右肩に小刀がざっくり刺さった小坂君が苦々しい笑みを浮かべていた。なるほど、このせいだね。見たところ、小坂君が気流ちゃんを守ってくれてたってことかな。分からないけど、かなり危ない目にはあってたみたいだ。


「……綾、どうして」


 目の前ではダメだと言われていた“組織”との戦闘が繰り広げられている。そんな中、訝しげな顔で雪乃が話しかけてきた。なんでそんな顔をしてるんだろう、とは思わない。ただ、どうしてそんなことを言うのだろう、とは思った。


「どうして貴女はこの状況でも笑っているのかしら」


 小坂君が傷つけられて、それ相応の状況を想像して。どうして、と雪乃は僕を一瞬だけ睨んで、すぐに「なんでもないわ」と仙人ちゃんの方へ行ってしまった。あの背にまた乗るのだろう。

 僕は雪乃の言葉の意味を深く考えようとせず、その背中を追った。まだこれからだからね。流石に“組織”の中で気が抜けない。


 それに、自分がどんな顔をしてるかなんてよくわからないことだし。

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