5.昼夜海菜
どうしてこうなったのかは分からない。
カキィン、と何度目かも分からない、刀とメスがぶつかる金属音がした。たったそれだけで、その小さな刃だけで、私の刀の軌道は大きく逸れ、私の能力は上手く発動せず、魔力の衝突によって生じた余波が私を襲う。衝撃だけが私の手に残る。
もういい加減手も痺れてきた。
このまま続けていれば、そろそろ私は刀を振るえなくなってしまう。少し休んで手の痺れを回復させなければ。しかし、このままこの男に対して敗けを認めるというのは屈辱だ。どうにも許せない。こんな、ジャージの男に。
この男、戸垂田小坂は戦闘能力を持ち合わせていないのではなかったのか。
こちらが圧倒的有利な状態で事が進み、魔方陣は完成するのではなかったのか。
どうして、何故、そんな疑問が私の脳内を支配する。答えのでない恨み言のような疑問は存在するだけで判断を鈍らせる。非常に邪魔だ。
本当に、この男はなんだというのだ。
どうして完璧なタイミングで魔力をぶつけられるのか。どうして正確にメスを刀にぶつけられるのか。そもそも、どうして私の能力を少し見ただけでほぼ完璧に把握したのか。
この男は少々、物分かりが良すぎる。本当にただの人間なのだろうか?
「――なぁ、一つ聞きたいんだけどいいか?」
「…………」
今度はなんだ。私を相手にして随分と余裕そうじゃないか。ずっと集中して、術をぶつけ続けているというのに、私よりもずっと。
腹が立つ。そのふてぶてしい態度が。
腹が立つ。その守り抜くという覚悟が。
腹が立つ。そのあり得ないほどに回転の早い頭脳が。
「どうして音無を拐わないんだ? 音無を殺して世界の平和を保ちたいなら、音無を拐ってこの“組織”の中で一人、助けの来ない状況で殺せばいいだけなんじゃないのか? それを何故、わざわざこんなまどろっこしい方法で」
「そ――そんなこと……」
知るか、とは言えなかった。しかし知らないのも事実で、私は何を答えることもできなかった。仮にも、司令官という立場なのに。主に第一部隊にいるものの、私は四つの部隊全てを取り仕切っている立場にある。それだというのに、余りに何も知らない。
だが、それを認めるわけにはいかなかった。
この立場が飾りだろうとなんだろうとなんでもいい。もっと言えば、正直なところ世界がどうなろうとどうでもいい。私は――私は!
「――!」
そのとき、かちりと手の中で小さく音がなるのがわかった。少し力を緩めると、手の中で柄が二つに別れるのを感じた。……っは、まさかこんな仕掛けがあったとはな。
冷や汗がたれた。正直言って、気味が悪かった。
私にこの日本刀を渡したあの忌々しい男は、完全に私の弱点を理解していたのだろう。少々癪だが、しかしその分信じられる点も増えた。
私は、空美を救うためにここにいる。
その為ならば、どんな刃も振るおう。その為ならば、“組織”の目的も完遂させよう。
私は能力を纏った刀を振るった。
今度は、刃同士のぶつかる音だけでは済まなかった。
「小坂くんッ!!」
「……ッ!? ぐぅ、う……ッ」
雨宮気流子が叫んで、戸垂田小坂が呻いた。
私はハッハッと荒くなった呼吸を整えながらだらりと右腕をぶら下げた。少し休まなければ腕は動かない。だが、これでいい。
「テメェ……ッ、いつの間に……」
「……それで、どうするか決まったか?」
出来るだけ感情を殺して私は問い掛けた。
戸垂田小坂の右肩には、私の刀に仕込まれていた小刀が刺さっている。傷口からは真っ赤な血が滲み出ていて、戸垂田小坂は苦悶の表情を浮かべていた。これで、メスを投げることはできないだろう。
戸垂田小坂に駆け寄った雨宮気流子は泣きそうな瞳で私を睨み付けながら、戸垂田小坂の傷口を手で押さえていた。もうどうするかは決まってるだろう。
よかった。これで一つ、終わる。
私は軽く息を吐いた。だが気を抜いたわけではない。その筈だった。
「……気流りんの魔力をこの魔方陣にいれればいいんだよね?」
「ああ、その通りだ」
戸垂田小坂の肩から手を離すと、雨宮気流子は私を睨み付けながらそう言った。その手には魔方陣の描かれた紙がある。やっと観念してくれたようだ。戸垂田小坂が止めようとしているが、彼女はもう聞き入れないだろう。
私の要求を飲まないでいたために戸垂田小坂が血を流したのだから。
「じゃあ――言うとおりにしてあげるよ!」
立ち上がった雨宮気流子は壁を背にすると紙を壁に当てながら言った。そして次の瞬間、紙にとてつもない勢いで水の塊が叩きつけられ、紙どころか壁ごと木っ端微塵になった。
「ッ!?」
何が起きた!?
紙に直接魔法をぶつけたのか? しかし、あれは魔力を全て吸収できるようになっていたはずだ。それが出来なかった? それとも、背にした壁が衝撃に耐えきれず砕けただけで紙は無事なのか? いや、どちらにせよ――どちらにせよ、予備動作一つなしにあの威力の魔法を放った雨宮気流子をまずは警戒すべきだ。
私は左手で刀を構える。右手は痺れて力が入らないため、添えるだけだ。能力さえ発動できればこっちのものなのだから、大丈夫なはず。それすら妨害する戸垂田小坂はもう封じたのだから。
なんて私の考えの甘さを、私は次の瞬間に思い知ることになる。
《グオオオオォォォォアアアアァァァァッ!》
大地をも揺るがさんばかりの雄叫び。
雨宮気流子がぶち壊した壁のその後ろに、炎を纏うドラゴンがいた。




