1.嘘誠院音無
「ふざけないで! どういうことなのよ!」
「雪乃、一回落ち着こう」
「落ち着いてられるわけないでしょ!?」
頭がぐらぐらして何だかフワフワとした気分になる。大丈夫か、僕……とか思いながら起きようとしたら、耳に飛び込んできた怒号で色々と吹っ飛んだ。
えっと……聞き覚えがないけど、あれが気流子さんのお姉さんの雪乃さんなのかな? 随分怒っていらっしゃるけど。
正直なところ、頭痛は酷いし、何だか知らないけど吐きそうだし、無駄に暑いし、身体の節々は痛くてだるいしで、もう少し寝ててもいいんじゃないかなって思えるぐらいなんだけど、あんな声を聞いたらおちおち寝てられない。優しくない世界だなぁ。
みんな僕の部屋にはいない。たぶんリビングにいる。だから会話の殆どは聞き取れない。
うーん、状況が全く掴めない。
やっぱりこれは起きて話を聞くしかないのかな。このままじゃ寝られないしね。
こんな時、小坂くんが近くにいてなんか言ってくれそうなものだけど、小坂くんすらいないんだなぁ。余程のことが起こったと見える。気流子さんが食材を全部食らい尽くしちゃったのだろうか。それはかなり大事件だなぁ。
とりあえず身体を起こしてベッドから降りる。
ぐらりと身体が揺れて、再び寝そうになった。あはは、笑えないくらいに身体が動かないぞ。
それでもズルズルと身体を引きずって部屋の外に出る。小坂くんに見つかったら凄く怒られそうだけど、僕が動き出す前に僕に気づいてくれない小坂くんが悪いよね。ってことで気にしない。
「いいわ。目処はたってるもの。私は一人でも行くわ」
「お前が行くくらいなら儂も行くですだ! ぶっ潰してやんよー!」
「そういうことよ。珍しくこの子と意見があったわ」
「い、いえ……だから、その……」
「雪乃も仙人ちゃんも一旦落ち着こう。空美ちゃんは止めても無駄だから諦めてくれる? ……行くのはいいけど、具体的にどうやって奪還するか、ちゃんと計画を練らないと酷いことになると思うんだよね」
「具体的に、ねぇ? そんな計画なんて無駄だと僕は思うけどね。乗り込んだ時点で誰かしらと鉢合わせて殺し合いだよ。誘拐された時点で詰んでるんだよ」
「じゃあ貴方だけ先に特攻してきなさいよ。私たちはそれを軸に奪還の計画を立てるわ」
「別に僕だけ行ってもいいけどさぁ? 結局僕のあとについてくることになるよね。で? 僕と空美ちゃんはいいけど、部外者の君らがノコノコ“組織”に入れるとでも思ってるのかな。乗り込むはいいけどもうちょっと頭を使えよ」
「そんなの私ならどうとでもなるわ」
「儂でもどうとでもなるですだ! 入り口から入るだけが侵入じゃねーですだよ!」
「仙人ちゃんは壁をぶち破って入るだけだろ。アンタはお得意の幻術を使うって算段。“組織”がその辺を把握してないとは思えないね」
「そうね、貴方のような裏切り者がいるんだもの。そのぐらい把握してないと貴方の価値なんてゴミ以下になるものね」
「ああもう、葉折君は黙っててくれるかな。計画なんて要らないっていいながら、頭を使えって言ったり、話をややこしくされても進まないんだから……」
「進むわけないだろ、こんな馬鹿げた話。僕は諦めろって言ってるんだ」
「テメェ、本気でいってるですだか」
なんだか凄く不穏な空気が漂ってる。仲悪いなぁ……。何が起こったのかは分からないけど、皆殺気だってイライラしてるのはよく分かる。仙人さんがやる気っていうのも気になるな。一番ピリピリしてるのは雪乃さん、だろうか。
「あ、音無君おはよ」
「おはようございます。あの……」
「ん、ちゃんと説明するよ」
そんな僕に気づく猫さん。いつもと変わらない笑顔を僕に向けてくれる。ああ、眩しいなぁ。身体がボロボロなのも忘れて癒されてしまう。何かが浄化されていくような気さえしてしまう。
「んー……どこから言おう……とりあえず結論だけでいい? 僕たちもちゃんと状況を把握してる訳じゃないんだ」
「えっと、はい。分かってることだけでいいです」
「小坂くんと気流ちゃんと仁王くんが居なくなったんだ。で、多分“組織”に連れてかれたって感じだね。今は三人をどうやって取り返すかって話し中」
眉を下げて笑う猫さん。え? なんでここで笑うのだろう。笑うべきポイントじゃないことぐらい状況を把握しきれてない僕にだって分かる。
いや、そんなことよりも。
そんなことよりも、だ。
いなくなった? 連れてかれた? “組織”に三人も? いつ、どこで、どうやって。確かにその三人は抵抗する力が弱いのかもしれないけど。ここにいる面子の中で、戦うことにはならなさそうだけれども。……いや、仁王くんというこの子とはよく分からないんだけどさ。
いや、うん、そんなことはどうだっていいや。どうだっていいよ。結論は決まりきってる。
「今すぐいきましょう」
「だから落ち着きなってば」
落ち着けるわけがないじゃないか。雪乃さんのことはよく分からないけど、この気持ちはよく分かる。
家族でもなんでもない、僕たちは他人同士だけれど、それでもひとつ屋根のしたで暮らしてきたんだ。家族みたいなもんだと思えるような気だってする存在なんだ。
それが拐われたら、居なくなったら、傷つけられたら。そりゃあ、怒るに決まってる。
小坂くんには返しきれない恩がある。気流子さんには数えきれない笑えるような記憶がある。行かないわけにはいかない。
それに、僕のせいでそうなったかもしれないんだから。
「……ね、猫さん」
「ん? 何かな?」
意見と意見がぶつかり合って停滞する。無駄な時間が過ぎていく。
そんな中で、最初に止めようとしてからずっと黙っていた空美さんが口を開いた。そして、意を決したような瞳で力強くいう。
「私に『魔力補助』を使っていただけませんか。……一つ、入れ替わらなくても移動できる術があるんです」
それができれば、組織に行って帰ってくるのが簡単になります、と空美さんは言った。
それを聞くと、猫さんは急に口角を吊り上げて不敵に笑った。
「それを待ってたよ」
もう、誰も反対しなくなった。
あとはどう乗り込んで撹乱してトンボ返りするか。それさえ決まれば何も怖くない。




