2.戸垂田小坂
勝手に猫神が話を進めたお陰ですっかり“組織”に乗り込む話になってしまった。ちょっと待てよ。
正直、恐らくこの中で一番戦えない戦力外の俺は話についていけない。すっかり置いていかれて茅の外だ。
それになんだよ、スキルを借りてきたって。
「んー、なんか出来ちゃったんだよね。というわけでこれを使って、音無君の魔力の絶対値を跳ね上げようと思うよ」
猫神はさらりと笑顔でそんなことを言う。いや、だから待てって。まずそのスキルはなんなんだよ。なんのスキルを借りてきたんだよ。
「いい質問だねぇ、小坂くん」
ふふふ、と猫神は笑う。いや、質問してねぇし。勝手に心を読んで質問したことにするなよ。
「このスキルはそうだな……簡単に言えば『魔力補助』かな。相手の魔法に干渉して補助して更に力をつけることもできるし、効果を付加することもできる。仙人ちゃんの炎に僕の氷を付加して燃やしながら凍らせる、みたいなね」
「……とんでもねぇスキルだな」
「例えがとんでもないだけで、これだけじゃそうでもないよ。もっととんでもないのは、このスキルで相手の魔法を再現できるところだよ」
補助の域を越えてんじゃねぇか。本当にとんでもねぇな。猫神自身の読心術といい、知り合いのこの能力といい、とんでもねー能力でも持ってないと気が済まないのかよ。
「まあ、僕がこのスキルをそこまで使いこなせるかは別として……僕は、このスキルを使って音無君に魔力を渡そうと思うんだよね」
「ほう……?」
そんなことをするだけで魔力が増えるのか? いや、確かに増えるのかもしれないけどさ。足してるわけだし。
なんてことを思ったのだが、事実はそう単純じゃなかったらしい。反論の声をあげたのは空美だった。
「そっ、そんなことしたら、音無さんの身体が!」
ここにきてからというものの、ずっとおどおどとしているこいつにしては一番大きい声が出たと思う。意外だった。こんなに声を出せるやつなんだな。
「どういうことですだか? いれれば単純に増えるんじゃねーですだか?」
「そ、その……魔力は、水みたいにすぐ増えるものじゃないんです。た、他人の魔力が体内に入ってくれば、ぜ、絶対に自分の魔力がそれを毒と判断して、う、打ち殺そうとするんです」
「……?」
「つまり、体内で魔法大戦争が起こっちゃうってことだよ、仙人ちゃん」
やべぇなそれ!?
魔力を増やすどころの話じゃねぇじゃねぇか。最悪身体が弾け飛ぶんじゃねぇの……?
「うん。これをやれば最悪、音無君は“組織”に殺される前に死んじゃうかもしれないね。でも、うまくいけば音無君の魔力は今の倍になる。ハイリスクハイリターンだね」
ハイリスク過ぎるだろうに。なんで猫神はこんなものを提案したんだ。却下に決まってんだろ。“組織”を打倒するための手段で死んだら本末転倒過ぎる。全くもって意味がない。
「ら、楽して強くなるなら、そうするしかないんだと思います、けど……」
「何でもいいですよ」
俺と空美による反対のムードを打ち砕く本人の声。え? いいのか?
「僕はやります。やってほしいです。実際、アリスさん相手に魔力が足りなくてこうなったこともありますし……因みに、死ぬ確率ってどのくらいですか?」
「音無君の気力次第、かな」
「じゃあ問題ないじゃないですか」
そう言って音無は笑った。どうしてこいつはこう、バカなんだ。こんなところで笑わないだろう、普通。
「それに、猫さんがそんな危険な手段をすすめるってことは何か別の目的があるんですよね?」
「うん、大正解」
何かに思い至ったらしい音無の確信的な問いに猫神はにっこりと頷いた。なんだよ、通じあってないで教えろよ。
「実験の域なんだけどね。これで僕の魔力を使って音無君の魔力を増やせたとしよう。そうしたら、音無君の召喚術で僕の魔法が使えるようになるんじゃないかなって」
「あ……!」
俺はまだ猫神が言っていることを理解できないが、空美は理解できたらしい。そしてその表情は、猫神の提案に反対するものではなくなっていた。
「え、えっと、魔法にはそれぞれ、適した魔力があるんです。そ、それで、猫さんの魔法に適した魔力を、音無さんが持てたとしたら、猫さんの魔法が使えるんじゃないかって……」
「召喚するって形をとればだと思うんだけどね。この魔力補助と同じように、誰かの魔法を再現できたとしたら、“組織”の度肝を抜くにはもってこいなんじゃないかな」
なるほどな。確かに成功すればこの上なく理想的な手段だ。だからといってそれをやらせられるかと言えばそうでもないんだが……まあ、こいつらのことだし勝手にやるんだよな。
「さ、反対派は居なくなったね。それじゃあ音無君、覚悟ができたら言ってね」
「とっくにできてますよ」
即答する音無。なんでこいつはこんなに物わかりがいいんだよ。いや、猫神限定か? 猫神がいうことなら絶対なのか? それはそれでちょっと怖い気もするが。
「わかった。それじゃあ僕の手に手を乗せて、目を閉じて。いくよ」
結局とんとん拍子で進んだ猫神の提案は即時に実行された。話をする前からそのつもりでいたんだろうな。
猫神は音無に近づき手を伸ばす。その手の上に音無が手を置くと、二人は青白い光を纏い始めた。始まったらしい。
「あ、そうだ仙人ちゃん」
「む? なんですだか?」
猫神から音無へ魔力が流れていくのがなんとなくわかる。そんな中唐突に、猫神はチャイナ娘を呼んだ。
「これが終わったら音無君を外にぶん投げて相手をしてくれるかな?」
「あいあいさーですだ」
「いやちょっと待て!?」
なに言ってんだ!? 二日間眠りこけた怪我人だぞ!? 全く治ってすらいないんだぞ!? それをぶん投げるってなんだ、相手するってなんだ何をするつもりだ!
「多目に見てよ小坂くん。じゃないとこの家がつぶれちゃうし……あと多分、魔力が溢れすぎて傷なんて勝手に治っちゃうからさ」
いやいやいやいや、そういう問題じゃないだろ! いや、そういう問題なのか?
「……それじゃ、あとは任せた……よ……」
「綾にゃん!?」
人の話を全く聞かない猫神は、人の話を聞かないどころか何にも説明をせずに、隣でずっとあんぱんを咀嚼しながら大人しくしていたカエル娘に寄りかかるようにして倒れた。お前はお前でいつそのあんぱんを入手したんだ。
「離れて!」
かと思えば急に女装男が叫びだす。今度は何だ。
「え? う……ッ!?」
離れろ、その主語は『音無から』だった。急になんのことやらと状況を理解できないでいた音無だったが、そんな間もなく突然苦しみだした。
「あッ……が、ああぁッ!?」
手で顔を覆い、足を大きくばたつかせ、悶えるように苦しみだす音無。そしてその声は段々大きくなり、喉を破壊する勢いの絶叫へと変わっていく。
「あ、ああッあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ」
「ッ、いってくるですだ!」
おとなしが顔から手を離し大きく目を見開いた瞬間、突然真剣な顔をしたチャイナ娘がその体を左手で掴み、窓へ向かって駆け出し、空いていた窓から飛び出してついでに持っていた音無をぶん投げた。
その飛んでいく身体の至るところから、氷のようなものが生えていたのは見間違えではなかったと思う。




