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僕ラノ戦争  作者: 影都 千虎
前座
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2.猫神綾

 僕、猫神綾は、いつの間にか外にいた。

 それまで何をしていたのか、何のために外に出ていたのか、その辺の記憶が全く無い。思い出せる限りでの新しい記憶は、何故か遠い過去のもののようで、僕に最近はなかったのではないかと思わせるほどだった。

 それにしても、何故。

 何故僕は、こんな馬鹿みたいな土砂降りの日に外に出ているかな。せめて曇りとか、どうせ雨が降っているなら小雨とか、通常の範囲内の日にしてほしかったよ。

 昔着てた記憶のあるローブを着ているのは不幸中の幸いかもしれないけど、ローブはそもそも雨合羽ではないから防水なんてできない。どんどん水が染み込んで重量を増していくばかりだ。ついでに僕も濡れる。

 気流ちゃん辺りだったらきっと、この雨でも大喜びなんだろうな。あの子は蛙だから。晴れの日よりも雨の日の方が機嫌がいいし。そういうところは、見ててすごく可愛いと思う。

 そんなことは、今はどうでもいいや。風邪をひく前に、さっさと帰った方がいいのは明らかだし。こんな日に外に出るなんてよっぽどの用事があったかもしれないけど、肝心の用事が分からないのなら、その用事は無いに等しいよね。

 僕は見慣れた道を駆け足で進む。

 僕たちの住む家は、山の中にポツンと建っている。そこで暮らしているのは僕と、気流ちゃんと、その姉の雨宮(あまみや)雪乃(せつの)の三人。色々あって僕は雨宮姉妹と仲良くなって一緒に暮らしてる。

「……さて」

 どうしたものかな。

 僕は家に辿り着いた。

 しかしどういうわけか、僕たちの家だったはずの場所はいつの間にかそうではなくなっていたみたいだ。この展開は流石に考えていなかったね。

 僕には方向音痴属性があるわけでもないし、見慣れたこの場所で道を間違うわけがない。確かに、三人とも家を空けることが多かったし、ここ最近雪乃を見た記憶も無かったけれど、だからと言ってこの家が僕たちの家じゃなくなるだなんて。

 それなのに僕たちの家だった場所は違う人の家になってるみたいで、そもそも他にも家が何軒か建っていた。あり得ない。僕たちの家にお隣さんなんて居なかった。

 どうしようか。とりあえず僕の記憶があやふやな間に何が起こったのか、この家の住人に聞いてみようか。

 外観からしてどう見ても僕たちの家なのに、インターホンを押すというのは何だかとても変な気分だ。

「はーい……どちら様、ですか?」

 中から出てきたのは年下っぽい少年だった。

 お洒落なのかなんなのかわからないけど、右目は医療眼帯をしている。見える方の目、左目は夜色で、死んだ魚の目のようだった。

 髪の色も夜色で、長さは僕より少し短いぐらい。男の子にしては少し長いかな?

 家の中なのに何故か紺色のローブを纏っていて、留め具である真っ赤なリボンがとても目立つ。しかも可愛い。ローブの下は白のティーシャツっぽいものと、よくあるデニムなので、もしかしたらお洒落に興味がないのかもしれなかった。

 僕は今の段階で彼の名前を知らない。つまり初対面だ。さて、何故彼はここに住んでいるんだろうね。

 僕は魔術師の家系で、昔から氷系の魔術が使える。ただ、それとは別に、僕は特殊能力を持ち合わせている。

 読心術。或いはテレパシーの部類なのだろうか。顔を見れば百発百中だが、見ていなくても読もうと思えば誰かの心が読める。更に、困ったことに勝手に誰かの考えが頭の中に流れ込んでくることもある。そんな能力だ。

 さて、僕はこの能力を使うとき、自分なりのルールを設けている。流石に何でもかんでもお見通しなのはプライバシーの侵害だし、見たくないものも全部見ていたら僕の精神が持たないからね。

 ルールと言えば単純で、相手が初対面の場合と、緊急事態、それから戦闘時にのみ使うってこと。さ、今はこのルールに反しないから使えるね。少年、悪いけれど色々と見させてもらうよ。

 心のなかで何となく謝りつつ、僕は家主の少年を読む。

「嘘誠院、音無……またなんだか不思議な名字だね。嘘つきなのか、正直者なのかよく分かんないよ」

「えっ?」

 初対面の相手を読むときに一番楽しいのがこれだ。相手は見ず知らずの相手に名前を言い当てられて困惑する。まあ、ちゃんとネタばらしするんだけどさ。

「ごめんね、僕は読心術みたいなものが使えるんだ。君の名前を知った代わりに僕も名乗るから安心してよ。僕は猫神綾。ここは、君の家なのかな?」

 警戒心を解くために笑顔を作る。胡散臭い笑顔だと思われたら嫌だなぁ。

「君の家かなって……そりゃあ、勿論、僕の家だから住んでいるん、ですけど……」

 少年こと音無君は戸惑いと疑問を表情に浮かべながら答えてくれた。それだけじゃ勿論情報は足りないから読心術オン。流れてきたのは音無君の家に対する記憶と家族の記憶。

「……あ」

 しまった、読んではいけないところまで読んでしまった。その重たい記憶に、僕は少し戸惑ってしまう。この少年は想像以上に深い闇を抱えていた。

「えっと……ごめん、君のこと少し読んじゃった……」

 なんのためのルールだったのか。こういうことを見ないためのことだったんだけどなぁ。

 素直に申告すると、音無君は一瞬身を固くして悲しげな表情を見せた。一瞬身を固くしたのは通報されることを恐れたのかな。大丈夫、そんなことはしないよ。

「ねえ、質問があるんだけど……この近くに、ここと似たような場所ってない? 似たような山があって、似たような景色で、でもそっちは一軒しか家がない感じの……」

 本当に触れてはいけないところだったみたいだから、早々に話題を転換して話を戻す。そう、僕は家を探してるんだってば。

「そんなところは、ありませんけど……」

 音無君の口から出たのはやっぱりと言うべきかなんと言うか、僕にとってはとても残念な知らせだった。どうしよう、本当に家がなくなっちゃったよ。何が起きた。

「……あの」

 僕が張り付けたような笑顔のまま固まっていたからかもしれない。おずおずと音無君は一つの提案を切り出した。

「こんな天気ですし……その、上がりますか?」

 それは彼なりの気遣いだったのだろう。その対応からはあまり人と接することに慣れていない様も読み取れた。けれど、ここは素直に甘えておこう。


 こうして僕は、音無君の家に居候することになった。ほんの少し居させてもらうはずが、ずるずると居続けてしまうことになったのは申し訳ない話だと思う。

 居候生活を続けながら僕は自分達の家を探すことにした。もしかしたら、どこかに音無君が知らないだけで似たような地形があるかもしれないから。

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