7.昼夜空美
とんでもない速度で連れ去られたかと思えば急に止まって。なんだか物凄く振り回されている気がします。私はどうしたらいいんでしょう? 猫さんは修行して力をつけるだなんて言っていましたが。
「だからって走り出していい理由にならないからね!?」
何てことを思っていたら、再び走り出そうとした仙人さんの足首を物凄い速度で反応して掴んだ猫さんが叫んでいました。お陰で仙人さんも物凄い速度で地面に倒れて顔面を強打しています。痛そう……。
「病み上がりとは思えねぇ力ですだな……なんなんですだか……」
「僕の方こそ聞きたいよ……何でこの状況で走り出そうとするのさ……」
さっきの行動はお互いに全力だったらしく、仙人さんは強打した顔面を押さえながら、猫さんは肩で息をしながら、地面に崩れるように座ってそんなことを言います。正直なところ、全くついていけません。別に、走り出したいならそのまま走り出させてしまえばいいのではないでしょうか。
同じところをぐるぐるしている気がする、なんて仙人さんは言っていましたが、小脇に抱えられて振り回された私としては常に視界が回っているような状態だったので、あんまりよくわかりません。仙人さんがグルグル回っていたわけではないのでしょうか? なんだか、彼女ならやりかねない気がします。
「走って確認しなきゃわかんねーこともあるですだよ?」
「確認しなくても分かってるんだしいいんじゃないかな……」
「む? なんのことですだ?」
「これがなんなのか、分かってるでしょ?」
二人の会話は進んでいきます。確認とか本当に、なんの事なんでしょう。葉折さんに至っては仙人さんに凄まれてからずっと黙ったままですし……なんなんでしょう、これ。
「ああ、分かってるですだ」空をみて、急に真面目な表情になって仙人さんは言います。「幻術ですだな?」
……ん?
なんだかすごく聞き慣れない単語が聞こえました。
すごくキメ顔で言ってる仙人さんには悪いですけれど、いやいや、そんな馬鹿な話が有るわけがありません。念のため確認として猫さんの表情を見てみます。あれ? 『うんうん、大正解』みたいな微笑みを浮かべていらっしゃるのですけど……。
「はぁ? 聞いてればそんな馬鹿げた話はないよ。幻術だって? 今時そんな古風な技を使うアホがいるのかい?」
「ん? いるよ? 流石に今、アホ呼ばわりとか下手なことを言わない方が良い気がするなぁ」
「で、でも! 流石にそんなことをされれば私たちだって気付きます!」
「んー……気付けないほどがっつりかけられちゃってハマっちゃってるとは思えない……んだねぇ」
まあ、僕もそうなんだけどね、と猫さんは困ったように笑いました。
そんな、私たちをバカにするような言い方は解せません。私たちをなんだと思っているのでしょう、と問い掛けたいぐらいです。殺し屋として裏の世界の一二を争う昼夜家と月明家がここにいるんですよ? しかも分家ではなく本家です。そういった現場に慣れている私たちが、そんなものに気付けないはずがないのです。そんなものに気付けなかったら仕事なんてできないんですから。
「バカにしてるのは空美ちゃんの方じゃないかな。そっちの世界は実力が全てなんだから尚更認めてほしいね。君達が知らない、気付くことも出来ない、高度で凄まじい幻術使いは要るんだよ」
さっきまで笑っていた猫さんの顔が急に怖くなりました。それがなんだかとても恐ろしくて、私は思わず黙ってしまいます。
「なんだか人間に戻ってから熱いですだなぁ。どうしたですだか、猫神」
「人間に戻ったのは関係ないよ。ほら、大事な親友をバカにされたら流石に腹が立つよね?」
「くくく、それもそうですだな。儂も身内がバカにされたら何するかわかんねーですだ」
「洒落になんないよ」
猫さんと仙人さんはそう言って笑い合いました。嗚呼、そう言えば、ちょっと前に親友がーとかそんな話を二人がしていた気がします。その方が幻術使いなのでしょうか。ううん……大切な方をバカにしてしまったことは謝りますが、話が見えません。それに、私だってバカにされている気がします。
いや、たかを括っていた私が悪かった、ということなのでしょう。幻術使いの方の前に、私は音無さん側についた皆さんの実力が“組織”の面々よりも大分劣っていると確信していました。猫さんはまず、そこの訂正からはいるために手合わせなんて提案をしたのですから。
確かに。
実力も図らず嘗めてかかると言うのは愚の骨頂でした。お仕事に対する姿勢でもありません。
ここはひとつ、教訓として静かにこの幻術とやらをどうするのか、みさせていただくことにしましょう。
「それで、仙人ちゃん。この幻術をどうやって破ろうかって話なんだけど……」
「ああ、それですだがな」
「うん?」
「任せろですだ」
「…………」
なんだか一気に不安になってきました。
仙人さんがすごく良い顔で親指をたてているのですが嫌な予感しかしません。猫さんも嫌そうな顔をしています。ちょっと待ってください、貴女が止めなかったら誰が仙人さんを止めるんですか。
「……うん、じゃあよろしく!」
面倒くさくなってるじゃないですか!
えええええ……本当に大丈夫なんでしょうか……。
「む。とりあえず三人とも、その辺に伏せていろですだ」
私の心の叫びなど仙人さんに届くはずもありません。猫さんも代弁してくれません。
仙人さんは、そのまま静かに目を閉じ、深く吸って、深く吐いて、の深呼吸を二回ほど繰り返します。ああ、もう自分の世界に入ってしまいました。
そして
「だらららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららららッ!!」
仙人さんは物凄い勢いで地面に拳を打ち込み始めました。




