6.黒岩暁
音無が寝てから二日目。特に何かすることがあるわけでもなくてのんびりとした暇な生活を儂たちは送っているですだ。
昨日は料理をしようと思ってこっぴどく怒られちまったですだからな。今日はなにもしないことに決めたですだ。たまにはこうやって、屋根の上で日向ぼっこするのも悪くないですだよな。
「暁にゃーん。何してるの?」
「む? 日向ぼっこですだよ」
胡座をかいてボケーッとしていたところへ気流子が来る。ニヤニヤと何かを企んでいそうな笑顔は相変わらずですだ。
「つーか、仙人と呼べですだよ」
その笑顔に釣られて儂も笑う。本当に、こいつは変なやつですだよな。
猫神はおいといて、あのなかで唯一儂のことを責めようとせず、それどころか儂を待ってるだなんて言いやがった。何も考えていない訳じゃないのは確かですだが……猫神じゃないですだが、こいつの考えは読めないですだ。
多分シンプルすぎるからですだな。シンプルが故に儂たちは難しく考えすぎて分からなくなるんですだな。む? 段々何を言いたいのか分からなくなってきたですだな?
ちょこんと儂のとなりに腰掛けた気流子を見ながら、ふと思う。
「……今日は静かですだな?」
「ちょっとー、気流りんをなんだと思ってるのさ!」
「カエル」
「ま、まあそうなんだけど! 違うよね! 今の返しはそこじゃないよね!」
「くくく、全身緑なのがいけないですだ」
あとケロケロ鳴いてるのも原因ですだな。きっと誰に聞いたって同じ答えが返ってくると思うですだよ?
なんでだー! なんて喚く気流子を微笑ましく眺めながら、儂はこの日常を壊そうとしたバカな考えを恥じる。つっても、あれは儂ではなかったですだがな。
「さて」言いながら儂は立ち上がり、気流子も立ち上がった。
「おっと」
立ち上がったときによろけた気流子を、儂は体を捻らせて回避する。
「触るんじゃねぇ、ですだよ」
猫神をイメージしながら笑顔で拒絶する。出来てるですだかな? あいつの笑顔の威圧感は半端ないですだからな。
「あら」儂のその反応に、気流子は驚いたような顔をしたですだが、直ぐに邪悪なと表現するのがぴったりな笑みを浮かべたですだ。「何だ、気付いてたんですか?」
ついでに放たれる殺気。実力は分からないですだ。
「当たり前ですだよ。少なくとも儂の知ってる気流子はそんなにピリピリしてないですだ。誰だ、お前……つってもお前とは一度会ってるですだな?」
隣の山から降りてきた儂をここに行くよう急かした気流子。いや、気流子ではないですだな。気流子の姿をしたこいつですだもんな。上手く擬態してるですだが、こうして落ち着いて向かい合ってみれば全然違うですだ。
とりあえず、殺気を放たれたので儂も殺気を返す。冗談ではなく、直ぐにこいつを殴れるよう魔力の準備もしておく。
「やだなぁ……私は戦う気なんて全然無いんですよ……? 嗚呼、怖い怖い」
人を馬鹿にしたような薄ら笑いが気に障るですだな。流されちゃいけないとは分かっているですだが、我慢できるか怪しいですだ。戦意がないなんてのも全くの嘘ですだし……とりあえず
「黙れですだ、この大嘘つき」
「あら……傷つくなぁ……。本当ですよ、ほぉら……」
嘘つきはそう言いながら手を広げ、重心を後ろに傾けたですだ。いつの間にか屋根の端に移動していたらしく、そいつの背後にあるのは地面ではない。つまり、そいつは頭から地面に落ちる。
「おいお前……ッ!」
流石に別人だと分かっていても知った奴の姿で死なれちゃ目覚めが悪い。儂は咄嗟に手を伸ばすがそれは届かず、気流子の姿をした嘘つきは地面へ落ちていった。
「……ッ」
急いでさっきまでそいつが立っていたところへ行き下を見る。まだ息があるのなら、ヘタレに言えば助かるはず、そう思って。
「ふふふ……なかなか愉快なことをしていますね。這いつくばって一体何を?」
だが、声は後ろから聞こえたですだ。振り替えれば気流子の姿をしたそいつは何処か虚空を見つめながら笑っていた。気持ち悪いですだな。
「お前、幻術師ですだな?」
「違いますよ」
「本体はどこですだ? ぶん殴ってやるですだ」
「ふふふ……そんなこと、貴女に出来るのかしら」
クスクスと笑いながら、そいつの姿は段々空に溶けて消えていく。出来る出来ないじゃねぇ。やるんですだよ。
儂は虚空にそう宣言して、屋根から飛び降り家の中へ入っていった。あいつを探すなら、思考が読める猫神がいた方がいいですだな。
「修行ですだか!?」
素敵な会話が聞こえてきて思わずテンションが上がっちまったですだ。
「まあ、僕が言いたいのはそういうこと。ちょっと落ち着いてね仙人ちゃん。まだだから。今すぐ戦わないから!」
なんか猫神が慌てているですだが、この興奮を抑えきれるわけがねぇですだな! だってもう一回猫神と手合わせできるですだよ? あのときは別の儂がやってたですだからな。実際相手をしていたのは儂じゃなかったですだ。でも猫神が十分強いのは記憶にあるし、ワクワクしないわけがねーですだ!
「……ッ、猫神? おい、突然どうしたですだか!?」
なんて、儂がテンション上がっている間に話が進んでいたらしく、突然目の前の黒猫が倒れて動かなくなった。なんですだか、何かの作用が遅れてやってきたですだか!? 全然本体も目覚めねーし、もしかして実は……
「さて、それじゃあ外に出てちょっと手合わせを願っちゃったりしちゃおっか?」
ぐるぐると思考が渦巻く。が、それはただの杞憂だったらしく、悪戯っぽく笑う人間の猫神が後ろにたっていたですだ。全く、こいつってやつは。
しかしまあ、こうなればやるしかないですだよなぁ! 善は急げですだな! 善なのかもよくわかんねーですだが。
猫神との会話を適当に切り上げると、儂はヘタレと気流子がいる方へ全力でダッシュした。
「全員で手合わせしつつ修行するですだよ!」
「ハァ!? ダメに決まってんだろ! しかも俺は行かねぇし!」
全力で拒否られたですだ。でも知ったこっちゃねーですだな。やっぱり一々許可をとるなんてことしなくてもいいですだな。時間がもったいねーですだし。
「お前ら! 行くですだよぉぉぉぉっ!」
「だからダメだって言ってんだろ!」
知ったことか!
儂は気流子の服を掴み……損ねたまま走り出して、走りながら気流子のことは諦めて猫神と空美を担いで外へ飛び出す。ついでに変態も連れて行こうですだな。
多少重いですだが、いい筋トレになるですだ。くくく、楽しくなってきやがったですだ。
ついでにさっきの嘘つき野郎もぶん殴りにいかないとですだな。アイツの気配は何となくですだが森の中に感じるですだ。考えるんじゃねえ、感じるんですだよ。
「きゃああああ!」
可愛らしい悲鳴が聞こえるけど知らんぷりで走り続ける。走って、走って、走りまくって、嘘つきを探す。
「……む?」
おかしいですだな。どれくらい走ったかわかんねーですだが、一向にあの嘘つきにたどり着かないですだよ?
「誰かを探しているのかい、仙人ちゃん?」
「んー……カエル、ですだな」
「……………………かえる」
表情は見えないですだが、すごく嫌そうな顔をしたのはわかったですだ。でも暴れださないのはきっと、その正体がなんのことなのか大体わかってるからですだな?
「今度は気流ちゃんにでも化けて出てきたのかな?」
「知ってるですだか?」
「うん。親友なんだ」
ずっと前から居たことは分かってたんだけどね、と猫神はちょっと嬉しそうに言った。久しぶりに会えるのが嬉しいって感じなんですだかな?
ふむ、知り合いなら話が早いですだかな。
儂はここでずっと走っていた足を止め、猫神と空美を下ろし、変態をつかんでいた手を離した。
「何してくれるんだい! お陰でお尻とスカートがボロボロだし首が絞まるところだったじゃないか」
「汚いものを見せるな。殺すぞ」
離すなり騒ぎ出した変態を黙らせる。ついでにぶん殴る。気持ち悪いものを見せるお前が悪いですだ。
「ちょっとお前らここで待っててほしいですだ」
変態を黙らせたところで儂は二人にそんな事を言った。それから軽く跳んで準備を整える。よし、行けるですだな。
「だらっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「ちょっと落ち着こうか仙人ちゃん!?」
全力で地面を蹴って走り出した瞬間、ものすごい速度で猫神に止められた。むおお、物凄い反応速度ですだな!?
「ほら落ち着いて、ひっひっふー、ひっひっふー」
「それは猫神が必要じゃないですだか?」
「ひっひっふー、ひっひっふー」
あれ? という顔を猫神はする。ノリはよかったけど突っ込みまではできなかったですだな。
「一応だけど、理由を聞いてもいいかな?」
「理由?」
「うん。突然キレ気味に走り出したのには理由があるんじゃないかなって」
「ああ、そういうことですだか」
何も言わずに走り出したのは確かに悪かったかも知れないですだな。待ってろだけじゃ言葉不足みたいですだ。
うんうん。反省をしっかりするのはいいことですだな。じゃあ理由をちゃっちゃか述べてもう一回全力で走ることにするですだ。
「ずっと走ってて思ったですだが、同じところをずっとぐるぐるしてる気がするんですだ」
それじゃ、と言って儂は再び地面を蹴る。
「だからって走り出していい理由にならないからね!?」
「ッたァッ!?」
思いきり足首を止められて儂は顔面からびたーんっと地面に倒れた。もっと優しく止めてほしかったですだよ……。




