5.猫神綾
音無君が眠って二日目。まだ音無君が起きる気配はない。
うーん、早いとこ起きた方がいいと思うんだよね。昨日なんて仙人ちゃんのお陰で台所が破壊され尽くしちゃったんだし。だから僕がやるよって言ったのに……気流ちゃんもあんなに過保護にならなくたっていいのにな。
まあ、猫の状態じゃ料理できるなんて誰も思わないよね。
「あ……。ね、猫……さん」
「『猫さん』が呼びづらいなら普通に名前で呼んでくれてもいいんだよ?」
この家に来て二日経ったけれど、空美ちゃんはまだまだ慣れない様子だ。それもそうだよね。二日前までは敵? 殺すべき対象? 戦うべき対象? まあ、そんな感じだったんだから。直ぐに馴染まれてもこっちが困っちゃうよね。仙人ちゃんは直ぐに馴染んだけど……まあ、立場が違うしね。
「ねぇ、空美ちゃん。提案があるんだけど」
そんな事は置いといて。僕は思っていたことを形にすることにした。
「空美ちゃんが所属してた“組織”はこれから音無君を殺せる日までチクチク攻めてくるんだよね?」
「ま、まあ……そう、です」
「空美ちゃんから見て、僕たちが“組織”に勝てる確率はどのくらい?」
「…………」
黙った。ってことはあんまり見込みはないってことかな。まあ、黙って隠そうとしても僕の前では無駄だよね。さて脳内チェックは……ふむふむ、ほぼゼロ、と。
「じゃあやっぱりやるしかないよね」
「修行ですだか!?」
「えっ?」
僕と空美ちゃんの間に割って入ってくる仙人ちゃん。え? どこにいたの? っていうかいつから居たの?
思考が読めないからといって気配がわからない訳ではないんだけど……。
「まあ、僕が言いたいのはそういうこと。ちょっと落ち着いてね仙人ちゃん。まだだから。今すぐ戦わないから!」
お願いだから肩をぐるぐる回し始めないでほしいな。君のお陰で僕はこの様なんだから。
「しゅ、修行なんて言われても……」
「うん。君の言いたいことはわかるよ。『ちょっと何かしただけで敵うような相手じゃない。嘗めないでください』でしょ? ふふふ、僕たちの方こそ嘗めないで欲しいけど、この姿じゃちょっと説得力にかけるね」
修行するとしたら猫の状態じゃいけないしね。やっぱり予定通りいい加減戻ろうか。
ちょっと意識を変える。すると、仙人ちゃんが騒ぎだす声が聞こえた。僕のことを心配してくれるようになったんだね。嬉しいなぁ。どうやら空美ちゃんも狼狽えてるようだね。
それもそうか。
さっきまでしゃべってた猫が突然倒れて動かなくなったら吃驚するよね。
「さて、それじゃあ外に出てちょっと手合わせを願っちゃったりしちゃおっか?」
扉を開けて、僕は二人の前に現れる。ずっと下からの視点だったから、自分よりも低い身長の子を見るのがなんだか新鮮だね。
「猫神……お前、もう」
「うん。もうとっくに回復してたよ」
小坂君が全然動くことを許してくれなかったけどね。今だって許可を得てる訳じゃないんだけど。そうでもなきゃ、昨日夕飯作りに名乗り出るわけがないじゃんね。
「くくく、じゃあもうこれは行くしかないですだな! 儂ちょっと小坂とか気流子とか変態とか呼んでくるですだよ!」
興奮を抑えきれない仙人ちゃんは、僕の返事も聞かずにバタバタと外へ向かう。んー、小坂君は流石についてこないんじゃないかな。っていうか、僕が動くのだめだっていいそうだよね。
「ハァ!? ダメに決まってんだろ!? しかも俺は行かねぇし!」
ほらね。
んー、嫌な予感がするなぁ。
「空美ちゃん、ちょっと構えておいた方がいいよ」
「はい?」
構えるって言っても僕もどうしたらいいかわからないんだけど……まあ、ある程度の衝撃と、心の準備はしておくべきかな。
「お前ら! 行くですだよぉぉぉぉっ!!」
「だからダメだって言ってんだろ!」
奥の方から聞こえてくるそんな叫び声。一緒にドタドタと激しい足音も聞こえる。
「ッ、ぐえ」
「きゃああああッ!?」
段々近づいてくる足音は、あっという間に僕たちを担いで引っ張って外へと向かっていく。
「お前もですだ!」
「は!? 痛い痛い痛い痛い!!」
小脇に空美ちゃん、肩に僕。空美ちゃんを抱えてる方の手で葉折君の服をつかんで引き摺りながら猛スピードで走る仙人ちゃん。あはは、やっぱりとんでもない力だね。
気流ちゃんはうまく回避したみたいでどこにも見当たらない。そういうところ、上手いんだよなぁ。すばしっこいのは昔から変わらない。
さて、仙人ちゃんはすっかり修行する気でいるけれど、今回の僕の本当の目的はそこじゃない。僕たちがいくら強くなったって、音無君が今のままじゃどうしようもないような気がするしね。まあ、僕たちで守ればいいんだけど。
僕の目的。
それは、もう一人の昔から変わらない意地っ張りをこの場に引きずり出すこと。
そのためにも、仙人ちゃんにはちょっと協力してもらわないとね。
ついでに空美ちゃんを圧倒してくれればそれでいいや。




