1.猫神綾
「さて」
音無君の治療が一通り終わり、音無君が眠りについたところで僕は言った。皆それぞれ床に座ってたり、壁に寄りかかってたり、ソファーに座ってたりするけど、視線は一点に集中していた。勿論それは、僕ではない。
「話をまとめようか?」
個人的には葉折君がいつ帰ってきたのか気になるところだけどね。まあ、音無君の負傷を本気で悔いて号泣しそうな勢いだったから何も言わないであげよっと。彼も彼で大変みたいだしね。
「音無君と小坂君が夕飯の支度をしている間にアリスって子が来て突然襲いかかってきた。で、音無君は外でその子と、小坂君は中でその子がかけた魔法と戦っていたと」
「ああ。それで、蛙娘が最終的に助けてくれたんだ」
最初は酷く混乱状態だった小坂君も大分落ち着いたみたいで、僕の言葉にしっかりと頷いて答えてくれた。混乱しながらよく音無君の治療をしてくれたと思ってるよ。余程酷い状況だったんだね。
「儂は気流子に呼ばれてここに来たですだ。そしたら音無があんな状況で……何も考えず、とりあえず女をぶん殴ったですだ。で、音無に言われて慌てて家の中に入ったら全部が終わってたですだ」
次に困惑した表情で仙人ちゃんが言う。
仙人ちゃんも仙人ちゃんで、いつ帰ってきたんだろうって感じだけど、見た感じもう心配する必要はないみたいだしいいかな。相変わらず読むことはできないけど、でもスッキリしたのは伝わってくるし。
仙人ちゃんが困惑してる理由とその真実はなんとなく想像つくけど、今はスルーで良いかな。そこまで重要じゃない情報を付け加えてもややこしくなるだけだしね。
「うんうん。僕は先に言った通り、知らない思考……アリスって子の思考が流れ込んできたのを知って事態を把握したよ。外に出ようとしたら、その子がけしかけてきた土人形が邪魔してきたから、それを壊してこっちに来た。そしたら、もう仙人ちゃんがいたんだよね。ついでに……君もね。昼夜空美ちゃん?」
言って、僕は皆の視線の先にいる少女、空美ちゃんを見た。彼女は身を固くして怯えた表情を見せている。さ、ちゃんと話を聞かせてもらわないとね。
「わ、私、は……」
皆に見つめられるなか、空美ちゃんは震える声で話し始めた。
「た、多分、この家にいた誰かと、い、入れ替わって……ここに、来たんです……」
「誰かと入れ替わって?」
「は、はい……。た、多分、アリスさんの……もうひとつの、木偶かなって……」
なるほど。木偶は二体居たってことだね。それなら音無君の家の窓と、もうひとつ、小坂君の家の窓が開いてたことも納得だね。しかも丁度向い合わせの窓だった意味もね。単純に、そこから土人形が入っていったってことだし。
でも、入れ替わるって意味がよくわからないね?
「あー……、空美ちゃんは空間系の能力があるんだよ。それで入れ替わったのが偶然木偶で、偶然ここに来ちゃったんだよ。そうだよね?」
「は、はい……」
怯えっぱなしの空美ちゃんに助け船を出したのは予想外にも葉折君だった。ふぅん?
「なんだよ猫神。そんな目で見てるけど、どうせお前は全部読んでるんだろう?」
「ふふふ、確かに僕は読むことはできるけど、それが事実かどうかなんて知らないよ。それに、僕が本当の事を言うとも限らないよね」
「…………」
「君にもわかるように言ってあげるね。『自分の事ぐらい自分で言え。人を頼るな』」
僕はこの言葉を、わざと大きめの声で言った。
そんな僕の言葉に諦めたのか何なのか、葉折君はひとつため息をついて、それから口を開いた。
「……僕は、音無や小坂君を襲ったアリスと同類……同じ、“組織”に属しているんだよ。ついでに言えば、空美ちゃんもね。僕は、ここの様子を観察して報告するスパイの役目をしていた」
葉折君の告白に、空気は静まり返った。まあ、そうだよね。こんなところに敵と判断できる側の人間がいるんだから。
「していたってことは、今は違うのか?」
「いや、今もしてるにはしてる。ただ、あんまり役割を果たしていないって感じかな。小坂君にジャージを借りたのは“組織”へ報告にいくためだったんだけど…….報告は当たり障りのない微々たる部分だけだよ」
「どういうことだ?」
「そうだね……僕は“組織”に協力する気はないってことかな」
小坂君と葉折君によってトントン拍子に話が進んでいく。小坂君がいてくれるのはありがたいね。僕だとどうしてもお互い喧嘩腰になって話が進まなかったり、嫌みと回りくどい何かの応酬になったりするからね。小坂君の前だと葉折君って普通になるし、なんか面白いよね。音無君の前じゃあんなに乙女ぶってるのにさ。
「自分の所属してるところなのにか?」
「うん。何て言うか、面子とかやり方とかあんまり好きじゃないんだよね。正直、向こうの目論みは失敗して欲しいし……空美ちゃんも、多分思ってることは同じだよ」
「えっ!? あ、えっと……」
葉折君に突然話を降られ驚く空美ちゃん。今完全に気を抜いていたよね。
「そ、そう、です。私も、目的とかにあんまり、ついていけなくて……」
少し深呼吸をしてから、空美ちゃんはそう言って自分の話を始めた。




