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僕ラノ戦争  作者: 影都 千虎
火種
20/104

9.黒岩暁

 もう一人でいようと思っていた筈だったですだ。でも、そんな決心一瞬で覆されるもんなんですだなぁ。

 儂は、気流子の「待ってる」という一言だけで、これからどうするかを変えた。それまではもう戻ってこないつもりだったのに、それを聞いた後じゃそんな気にはなれなかったですだ。これで戻らなかったら気流子が五月蝿そうですだしな。

「さて……」

 音無の家のある山を降り、その隣の山の頂上。音無の家がある山とは打って変わってこっちには木が生えてないですだな。岩だらけですだ。くくく、これこそ儂に相応しいってところですだかな。

 岩に腰掛け座禅を組むと、儂は右手に魔力を集中させる。

「そういうわけだから、お前に消えてもらいたいですだ」

 語り掛けるは己の内。儂に寄生する、儂以外の人格。

「あのジジイの仇って訳か。随分と時間がかかったんじゃねーの?」

 儂の声に唯一反応を見せたのは、記憶の奥底に眠っていた忌々しい声だった。そうですだよなぁ。いるとしたらこのクソ狐だし、儂が倒すべきなのもこのクソ狐ですだよなぁ。

 儂のもう一つの人格に向かって話し掛けたつもりだったですだが、よくよく考えればこいつは儂でもなんでもないんですだよな。こいつは狐。忌々しい、儂の大嫌いな狐。

「いいぜ。他の雑魚共も蹴散らせといてやるよ」

「……は?」

 そんな狐から帰ってきたのは、予想外の言葉だった。あれ? こんなにあっさり?

「お、おい、ちょっと」

「じゃーなー」

「おいってば!」

 儂の声に耳もくれず、狐はさっさと存在を消していく。いやいや、そんなに簡単に行くもんなんですだか? じゃあ、儂が今まで悩まされていたものはなんだったんですだか?

 しかし、狐のいうことは冗談じゃなかったらしい。直ぐに、儂は妙にスッキリとした気分にさせられた。自分の腹の底に溜まっていた、黒くてどろどろとした何かを全て消し去られたような、そんな。

……狐に化かされていないといいんですだがな。

 しかしまあ、やることが終わってしまえばこんな岩場に用はない。今後、修行かなんかに使えそうですだがな。でも、今はいいですだ。

 儂は妙に釈然としないまま山を降りた。


「み、つ、け、たぁぁぁぁ!!」

「うおおおおぅッ!?」

 山を降りるなり背骨にとんでもない攻撃を受けた。さ、流石の儂でもこの不意打ちは対応できないですだよ……。

「もーどこで油売ってたの暁にゃん!」

「暁にゃん!?」

 儂の背骨に大打撃を与えた犯人こと緑色の塊、気流子はプリプリと怒っているんだかそうじゃないんだかよくわからないテンションで言ってきた。勿論、かなりの大声で。

「早く家に行って! ハリーハリーハリーハリー!!」

 気流子は打撃を与えた背中を今度はグイグイと押していく。山の上に向かって。勿論、その先は音無の家がある方ですだ。

「ちょ……なんか少しぐらい説明を……」

「そんなのしてる場合じゃないんだってば! ほら早く! 行って!!」

 最後には耳がおかしくなりそうなぐらいの声量で叫ばれて、思いきり背中を突き飛ばされたですだ。こいつにこんな力があったですだな……。

 仕方無い。これ以上グダグダしていると何をされるかわかったもんじゃないし、さっさと音無の家まで行くですだ。

 今まで通りの接し方が嬉しくて、ルンルン気分で何時もより早い速度で山を駆け登っていったのは秘密ですだよ。頬が緩んでいたこともですだ。



「ちょ……ッ、音無ィッ!」

 山を駆け登ってきた儂は、頂上につくなりそう叫んでいた。

 目の前には、至るところから血を流して土の塊のような物に囚われている音無と、鎖で身体中を貫かれている謎の女。女の方は笑っていて、音無の方は歯をくいしばって苦しそうな表情だったですだ。

……あれ? よく見たら、音無もぶっ刺されてないですだか!?

 とかなんとか思っていたら音無が口から大量の血を吐いた。

「この……ッ!」

 それを見た瞬間に儂の中の何かがぷっつりと切れて、儂の足は地を蹴り、次の瞬間には女の頭を蹴っていたですだ。

「何……? アンタは誰なの?」

 ギョロリと地面に倒れた女の目が此方を向く。威嚇のつもりですだか? ハッ、そんなもん効くわけがないですだ。

「それは! こっちの!」ぎゅるりと儂の中で魔力が渦巻く。「台詞ですだクソ女!」

 右の掌に纏わせた炎を、掌ごと女の顔面にぶつける。すると呆気なく、本当に呆気なく、女の頭は砕けて散った。……こいつ、人間じゃねぇですだな。

「せん……にん、さ……」

 音無の身体を貫いていた土が消え、音無はぐらりと揺れてその場に倒れ伏す。どくどくと血が止まらない。まずいですだ……こんな時にあの葉折(へんたい)は何やってるですだか! あんだけ音無音無騒ぐんだったら、こういうときぐらい守れってんですだ!

「すみ……ま……せ」

「いい! しゃべんじゃねーですだ!」

 これって下手に動かさない方が良いんですだか? それとも、先に止血ですだか? ああああわっかんねぇ! とりあえず小坂を呼ぶしかないですだな!

「すまないですだ音無、もう少しまてですだ! 今、小坂を……」

「こさ……か……く…………たす、け……」

 ヒューヒューと痛々しい呼吸の中に音無の声が混じる。え? 助け? それはどういう意味で?

「はや、く……いって……」

 早く行け? それはつまり……つまり?

「ーーーーッ! 分かったですだ! その代わりもう少し耐えろですだよッ」

 こんな状況の音無が案じるほどに、小坂の状況は不味い。

 儂はそう判断して、家の中へ入っていった。因みに小坂の家の方ですだ。靴を脱いだかどうかは覚えてない。

「無事ですだかッ!?」

 ドアを蹴破る勢いで開けて叫ぶ。勿論魔力を用意することも忘れない。いつでもぶちかますことはできる。

 でも、そこにいたのは何故かびしょ濡れの小坂と、疲れきった表情の気流子。二人とも床に座り込んでいる。そして、驚いた表情で儂を見ている。

「ああ……! 儂、間に合ったですだな……!」

 口は勝手にそんなことを言ったですだが、別に儂が間に合ったわけではないですだな?

 というか、なんで気流子がここにいるですだ?

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