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僕ラノ戦争  作者: 影都 千虎
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1.嘘誠院音無

 僕、嘘誠院(きょせいいん)音無(おとなし)はとある町の、山の中にある、住宅街の中の、一軒家に一人で暮らす十五歳だ。

 一軒家に十五歳が一人で住んでいるというのは中々に贅沢で特異的で、世間一般的に見ればどうなのかと眉をひそめるかもしれない。けれど、仕方のないことなのだ。僕は一人だ。

 一応、僕がここに存在している以上、生物学的に産みの親がいたことになる。まあ、普通にいたし、記憶にあるし、生き別れでもないし、なんなら兄もいたのだけれど。でも、今はいない。色々、本当に色々とあったのだ。

 それを語るには今はとても億劫なので、僕がとてもしっかりした十五歳だから、ということにしておきたいと思う。


 そんな僕の一人暮らしはある日突然終わりを告げた。

 切っ掛けは、バケツどころかドラム缶辺りでも引っくり返したのかというぐらいの土砂降りの雨が降った日のことだった。

 こんな日に外を出歩く馬鹿なんて居ないだろう、なんて思っていたら、その馬鹿が僕の家を訪れたのだ。そして、「ここは君の家なの?」とか訳のわからないことをとても困ったように言い出して……まあ、なんやかんやあって僕の家に居候することになってしまった。仕方無い。美人のお姉さんを、どうしようもないぐらい雨が降る外に放置するなんてことを僕にできるわけがなかった。僕だってそれなりに男なんだから。

 まあ、そこまではまだよかったと思う。

 問題はそこからだった。

 天気は流石に同じようなことはなかったけれど、似たような理由で僕の家を訪れる人がその後なんと三人もいたのだ。

 そして、三人とも僕の家に居候することになってしまったのだ。

 僕も中々お人好しというか、警戒心が無さすぎるというか……とてもしっかりした十五歳なんて思っていたのを取り消したいぐらいだ。しっかりしていたら知らない人を何人も居候させない。

「ただいまー」

「あ、おかえり綾にゃーん!」

 なんて、最近のことを考えてため息をつきながら台所で夕飯の支度をしていたら、玄関が少し騒がしくなった。

 声から察するに、居候の四人の中の一人、猫さんーー猫神(ねこがみ)(あや)さんが帰ってきたのだろう。そして、それを出迎えたのは間違いなく雨宮(あまみや)気流子(けるこ)さんだ。

 四人はバラバラに僕の家にやって来たわけだけど、偶然が重なったのか猫さんと気流子さんは前から知り合いだったらしく仲がいい。その姿はまるで姉妹のようで、微笑ましくもある。

「む、猫神が帰ってきたってことはそろそろ夕飯の時間ですだな! 音無、今日の飯はなんですだかッ?」

 バタバタと喧しく台所に突っ込んできたのは黒岩(くろいわ)(あかつき)さん。本人が「仙人と呼べですだ!」と騒ぐので僕たちは仙人と呼んでいるけど、その容姿に僕の抱くイメージの仙人らしさはない。

 茶色い長い髪の毛をツインテールにしてピンクの花の髪飾りをつけている様や、トレードマークの真っ赤なチャイナ服はどう見ても女の子だ。しかも可愛い。僕の好みは美人のお姉さんこと猫さんなので惹かれはしないけど、これはこれで好きな人が多いと思う。あくまで、見た目だけの話ならば、だけれど。

「猫さんが帰ってきたから夕飯、なんじゃなくて、夕飯だから猫さんが帰ってきたんですよ。多分。ちなみに夕飯はカレーです」

「カレー!」

「一人、一つまで卵を使ってもいいですよ」

「やったぁぁぁぁですだぁぁぁぁ!! 儂、ちょっとそっち片付けてくるですだ!」

……うん、前言撤回。こういうところはすごく可愛いと思う。

 最近、突然居候四人との生活を送ることになってしまったけれど、これも悪くないと思っている僕がいる。もし、家族がちゃんとした形でいたらこんな感じだったのだろうかと、少し嫉妬にも似た想いまで抱いてしまう。馬鹿だなぁ、僕は。そんなこと思ったってどうしようもないのに。

 年相応に患っているらしい僕は、どうも変に冷めている部分があるようで、それが僕なのだと勝手にキャラ付けしている節もあった。この時点できっと患っているのだろう。

「夕飯できましたよー」

 運んでもらうために少し大きめの声で呼び掛ける。すると一番最初に飛んできたのは、黄緑色の髪の毛を左側でサイドテールにし、水色を軸とした相変わらず可愛らしい服装に身を包んだ月明(つきあかり)葉折(はおり)さんだった。

「おっとなしー!」

「はいはい、くっつかないでさっさと運んでください」

 一々僕にくっつきたがる葉折さんにもいい加減慣れた。とりあえず夕飯を運ぶときはこぼれる危険性があるのでやめていただきたい。服についたカレーを落とすのは誰だと思ってるんだ。

「ため息をつくと、その分幸せが逃げちゃうみたいだよ、音無君?」

 葉折さんが去ったあとでやって来たのは猫さん。ショートカットの金髪に、しまるところはしまり、主張するところはこれでもかというほど主張する体型。いつでもにっこりと僕に笑いかけてくれる美貌。こういう人を見ると、神様は与えるべき人にしか与えない不平等な存在だと思うけど、それを見て僕は幸せになるので文句は言えなかった。

「いつも言ってますけど、猫さんは無理に運ばなくていいですよ?」

「うーん……でも僕だけなにもしないっていうのもどうなのかなって……」

 悩ましげな表情を浮かべる猫さん。どんな表情も様になってしまうと感じる僕は、相当この人に入れ込んでいるのだろうか。

 猫さんは左腕が二の腕の真ん中の辺りから無い。そのため、伸びきってしまう左袖をいつも気にしている。

 片腕がない、というのがどんな感覚なのか僕には分からないけれど、ものを運ぶとか、そういった面で何かをさせるというのはとても(はばか)られる。左腕がないからバランスが取りづらいと、いつだか溢していたのも事実だ。

「まあ、何度も音無君を困らせてもしかたないね。僕の代わりは気流ちゃんにお願いするよ」

「けろっ?」

 眉を下げて笑うと、猫さんは後ろを振り返った。すると壁の影からひょっこりと気流子さんが顔を出す。

 気流子さんの髪は緑色でーー否、髪どころか服も緑で瞳も緑だから全身緑だ。髪は短いが、猫さんのショートカットとは印象が違う。おかっぱに近いと言った方がしっくり来るだろうか。両サイド、耳の上辺りに二つずつ留めた赤いピン止めと、とても長いくるっとしたアホ毛がとても特徴的だ。

 見た目はどう考えても十歳とかそこらなのだけど、驚くべきか僕と同い年だそうだ。見えない。彼女は見た目どころか中身も幼いから、余計に見えない。

「ん、綾にゃんの分も気流りんが運べばいいんだねっ! りょーかいだよ!」

 気流子さんは可愛らしく敬礼のポーズをとると、カレーがのった二つの皿を持って小走りに消えていった。相変わらずバランス感覚が絶妙で、カレーがこぼれる気配はない。食に関してはプロかもしれない。

 気流子さんの後を追って、僕と猫さんもダイニングへ向かう。今日のカレーはちょっと自信作だからみんなの反応が楽しみだ。

「ーーッ、音無君ッ!」

 ちょっと気分がよくなって、口許に微笑みを浮かべかけたその時だった。突然猫さんの叫び声が聞こえて、左側にいたはずの猫さんの腕が飛んできて。バランスを崩した僕は、カレーと共に床へ崩れていく。あ、僕の服が汚れる。

 なんてことを気にしているのも束の間、僕の視界の端に巨大な岩がいくつも映った。え? なんで家の中に岩が?

 岩は重力にしたがって落ちてきて、この辺で僕の視界は真っ黒になって何が何だか分からなくなった。多分意識を失ったのだと思う。

 こうして、ちょっといいかもしれない、なんて思っていた家族ごっこのような生活は突然終わりを告げた。

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