2.琴博桜月
僕の家族は殺された。
僕の友達も殺された。
学校の先生も、近所のおばちゃんも、みんなみんな殺された。
その中で僕だけ生き残ったが、死んだ方がましだったんじゃないかと常日頃から思ってる。
でも多分、僕が生き残ったのは復讐のためなんだろう。みんなを殺した犯人を殺すために、僕は生き残ったんだろう。
犯人は知っている。
この、滅んだ世界の生き残り。
嘘誠院音無が全ての元凶だ。
◇
「桜月。ひとつ頼まれてほしい」
「なーに、司令官」
何時ものように“組織”で訓練をしていると、訓練室にやってきた司令官が唐突にそんなことを言った。
「嘘誠院音無に会ってきてほしい」
「……っ」
一瞬、ざわりと自分の中で何かが沸き立つのを感じた。これは一体なんだろうか。殺意か、憎しみか。それとも彼をようやく殺す準備ができる喜びなのか。
そんな僕を見ると、司令官は一つため息をついてから釘を刺してきた。
「今回は観察だ。殺してはならない。ただ、殺すと宣告するのはアリだ」
「なんで? わざわざ宣言してあげちゃうの?」
「牽制だ。あとは、嘘誠院音無の召喚獣がどう動くかも見たい」
「ああ、なるほど」
僕の所属する“組織”では、現在世界を脅かす存在にある嘘誠院音無を始末するための計画が練られている。
何故彼を殺すのかと言えば、この世界を滅んだのもそうなのだけれど、彼が持っている召喚獣の方が理由の大半を占めている。
召喚士である嘘誠院音無には強大な力を持った召喚獣がいる。
それが分かったのはいつのことだっただろうか。その経緯も僕は知らないのだけれど、まあ、何時だかそんなことがわかった。ついでに、彼が犯した大罪も判明した。
もう彼は本当にゴミみたいな人間だ。世界を滅ぼすに留まらず、更に大罪を犯し、また世界を危機に貶める。クズ中のクズだ。さっさと苦しみながら死んでしまえばいいと思う。
なんて僕、一個人の感想は今のところ無視しておいて。
嘘誠院音無を殺せば理論上、その召喚獣も死ぬのだけれど、殺す過程で召喚獣が出てきたらその対処に困る。なんせ、一匹の一撃で世界を滅ぼせるような力だ。僕らが束になったところで敵うわけがない。だから、出方を伺いつつ対策を練りたいということなのだろう。
「記録上、嘘誠院音無は召喚獣をまだ一度も召喚していない。召喚する気がないのか、それとも出来ないのか。召喚獣の意思で出てくるのか……」
「大方、居なくなって清々して召喚する気が無いとかなんじゃない」
僕は悩ましげな表情を浮かべる司令官に笑っていってやった。
なんせ、嘘誠院音無は最低な男なのだ。
何故なら、彼が召喚獣にしたのは、彼の実の兄なのだから。
◇
そして僕は指示通り嘘誠院音無に会いに行った。まさか玄関から堂々と入れるとは思わなかった。
誤算過ぎる。
おかしいな、ちょっと一人になったところで軽く怪我させて脅そうとしてたんだけどな。
それよりもなによりも、嘘誠院音無が想像以上に腑抜けて平和な生活を送っていることに腹が立った。一秒でも長く彼の顔を見たくなかったし、一秒でも早く彼を殺したかった。
でも僕はイイコだからね。司令官の指示にちゃんと従って宣告だけにとどめておいてあげたよ。ナイフだって突きつけるだけで終わりにしてあげた。ああ、本当にイイコちゃんだなぁ。
「貴方は、何なんですか?」
胸くそ悪い気分だったから、なんとなく風を起こして怪我でもさせつつ帰ろうとしたら、嘘誠院音無は最期にそんな質問をしてきやがった。うぜぇ。殺したいくらいにうぜぇ。でも我慢。いつかこいつを殺せる日が来るはずだから。
「僕は……お前の被害者だよ」
なんて思わず本音がポロリしたけど気にしない。我慢だ我慢。さ、用件済んだしさっさと帰って誰かに癒してもらお。あいつに歌ってもらうとかでも良さそうだな。
帰り道の途中、黒猫が僕の前を横切っていったけど、不吉だとかなんとか、そんなものはどうでもいいくらいに僕はやさぐれていたし、楽しくなっていた。
あーあ、あの黒猫、嘘誠院音無に不幸を運んでくれないかな。