エピローグ
真っ白な天井。
よく見慣れたような気がする。
白と木目調の壁。
この色合いが好みだった気がする。
シンプルな木目調の家具。
その使い勝手の良さを私の身体が覚えている。
私は、そんな懐かしさを感じる部屋で目覚めた。
私にかけられている緑色の布団からはとても安心する匂いがした。恐らく、ここは私の部屋だったのだろう。
憶測でしか語れないのは、私自身に記憶がほとんど無いからだ。ここがどこなのか、私の名前は何なのか。今はいつで、私は普段何をしていたのか。『私』という存在について、何もかもが分からない。
「よう、荊。お目覚めかい」
ガチャリと扉が音をたてて開かれる。そして部屋に入ってきたのは、白衣を身に纏った男だった。
私は、この男を知っている。
何故?
知っている、だが分からない。私は彼とどこで出会った? 彼の名前は? 分からない。何も分からないのに、私は知っている。
「ま、分からんよな。正直、俺もいまいちピンと来てないんだわ」
彼はそう言ってベッドの近くに椅子を持ってくるとそこに座った。そして話をする。今まで起こったこと。私と彼の関係。私が今までしてきたこと。その後、彼がしてきたこと。
全てを話し終えると、彼は私に一冊の本を差し出した。開いてみると、それが手記であるということがわかった。もっと言えば、そこに綴られているのは私の字だった。
「戸垂田君みたいに、縁のあるものを切っ掛けに記憶が戻るらしいが……どれのことなのかよく分からんかった。だから今はそれ読んで我慢してくれ。んで、もう少ししたら俺と一緒に旅行でもしよう」
彼はそう言って笑った。
きっと、彼との旅行はとても楽しいものになるだろう。
「ああ、言い忘れとった」ふと、思い出したように彼は言う。「おかえり、荊」
一瞬、その意味がよく飲み込めなくて反応に遅れる。
ああ、そうか。帰ってきた、ということなのか。と、ワンテンポ遅れて理解する。理解が出来ればそこから先については考える必要がなかった。私の口からは自然と言葉が出てきていた。
「ただいま、廃人」