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僕ラノ戦争  作者: 影都 千虎
戦利品
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嘘誠院音無

 あれから一ヶ月が経った。

 僕たちは嘘のように生きていて、バカみたいにひとつ屋根のしたで暮らしている。

 いや、不可抗力だったのだ。みんな傷だらけで、ギリギリ生きているような状態で、傷が粗方癒えてまともに動けるようになったのがつい最近だったのだから。

 あのあと、白い光が消えると僕たちは僕の家に倒れていた。致命的な傷は癒されていたけど、その他はそのままで、魔力もなくて、お互いに意識を失いかけながら包帯やら何やら巻いて処置をして、這いずり回って布団をしいて(床においただけとも言う)、そして泥のように眠った。

 正直、ワガママをきいてもらえるなら、みんなを生き返らせてくれたときに傷まで治しておいてほしかった。詰めが甘いと思う。

 まあ、こんな不満を垂流せるのも生きていられるからなんだけど。

 僕たちをこうしてくれた神様がいたということは覚えている。だけど、それがどんな神様で、どんな名前で、どんな状況でこうしてくれたのかはさっぱり覚えていなかった。あの白い光に全てを奪われてしまったかのようだった。


「飯出来たぞー」


 そんな声が台所から聞こえる。するといろんな方向から「はーい」と元気よく返事する声が響いた。

 僕も返事をした一人で、足早に台所へと向かう。今日のお昼ご飯は豚丼だった。

 自分のどんぶりと箸を運んで席について、全員揃ったら手を合わせて「いただきます」と食べ始める。ああ、平和だ。

 こうしていると、あの戦いが遠い昔の出来事のように感じるし、むしろ悪い夢だったんじゃないか、なんて思うことすらある。だけど、みんなそれぞれ未だに巻いている包帯を見るとそうじゃないんだなって、そう思い知らされる。


「はい、葉折君。あーん」

「あーん……ッ!」


 僕のとなりで葉折君が気持ち悪く悶えている。お願いだから静かに食べてほしい。あるいは葉折君に食べさせてあげる役目を誰かと交代させてほしい。

 両腕を折られてしまった葉折君はまだ一人でご飯を食べることができない。ついでにメイクもできないし、髪を結うことも出来ないので、彼のアイデンティティだった女装はもうずっとお預けだ。正直、もうずっとこっちで良いと思う。そのままが一番良い。これをメイクやら何やらで加工してしまうと考えるととても勿体無く感じる。


「小坂くん! 気流りんはおかわりを所望します!」

「おかわりはセルフサービスだ」

「あいあいさー!」


 気流子さんは大きくなったままだ。服は雪乃さんのものを借りているらしく、もうスカートの丈がギリギリパンツ見えるレベルだとか、あまりに服がピチピチなので小坂くんのジャージ再びだとか、そういった事件は起こっていない。

 一方で封印の反動を受けたという雪乃さんは小さくなったままだった。大体、出会ったばかりの頃の気流子さんぐらいまで小さくなっている。なんだか変な感じだ。

 そんな小さくなった雪乃さんの隣では、猫さんがスプーンを使ってご飯を口に運んでいた。

 あ、目が合った。


「ッ!」


 直ぐに猫さんは慌てたように目を反らしてしまう。やはり微妙に顔が赤くなってるのは気のせいではないだろう。

 あれから一ヶ月、猫さんはずっとこんな調子だった。僕はあの言葉について何も聞けず、何も返せず、それどころか会話が成り立たせることもできずに過ごしていた。ちょっと寂しい。

 うーん、どうしたものか。色々考えてみるものの、向こうが全力で逃げてくれるものだから全く意味がない。ああ、そうだ。猫さんは読心術が使えるのだから、試しにわざと僕の言葉を読んでもらうのはどうだろう。どういうときに猫さんが読心術を使っているのか、それとも常に誰かの心の声を読むことができるのかわからないけど、僕は心の中でストレートに猫さんへの想いを呟いてみる。


「ごふッ!?」


 猫さんが盛大に噎せた。

 それを見た雪乃さんが隣で般若のような表情を浮かべていた。あ、これはまずいかもしれない。


「おい雪乃、今は飯時だ。暴れるなら食い終わってから外でやってくれ」

「……チッ」


 今にも立ち上がりそうな雪乃さんに先回りした小坂くんがそう言った。

 雪乃さんは舌打ちしつつもそれに従って、再び豚丼に目を向ける。助かった。でも、出来れば小坂くん、そこは後ででも暴れないように言ってほしかったです。


「む、お茶が無いな。持ってこよう」

「あ、ありがとう」

「空美、口を開けろ」

「じ、自分で食べられるよ、お姉ちゃん?」

「そうか。じゃあ私の分の肉を追加してあげよう」

「た、足りてるよ!」

「遠慮か? それはよくない。こういうときはたくさん食べるべきだ。ほら、あーん……」

「いい加減にしろですだ、このシスコン」


 周囲には全く目もくれない海菜さんは空美さんをここぞとばかりに甘やかしている。海菜さんって、こんな人だったっけ……。

 そんな二人のやり取りを正面で眺めながら、暁さんは呆れたように言う。そのどんぶりの中は既に空だ。でもおかわりをする気は無いらしい。

 ひとつ屋根のしたで暮らす僕たちは、大体こんな風に一ヶ月間過ごしてきた。そして、もう少しだけこの共同生活は続くだろう。

 桜月君と時雨さんと風君は“組織”へと戻った。もう“組織”として活動することはなくなるそうだけど、“組織”の建物自体が彼らの家でもあるらしい。きっと三人も、僕たちみたいな日常を送っているのだろう。

 仁王くんもこちらではなく“組織”の方へ行った。新しい神様の傍にいて、しばらくの間アドバイスをしていくつもりらしい。いずれは自分もやることだから、と仁王くんは相変わらず大人びた表情で言っていた。

 その新しい神様になったのが僕の兄さん……狂偽兄さんだ。そう、仁王くんから聞かされた。

 一ヶ月前のあの日、狂偽兄さんを神様にする、というやり取りがあったらしいのだけど、僕はあまり覚えていなかった。前の神様のことと同じように消えてしまったみたいだ。

 “組織”はほとんど壊滅してしまった。そもそも、“組織”のトップに立っていた人間が居なくなってしまったらしい。それどころか、そんな人間がいたのかどうかすら怪しいらしいそうだ。架空のトップの元で今まで動いていたのかと思うと恐ろしい話だ。

 師匠はどこに行ったのか分からない。風君のお姉さんであるリユさんもどこかにいってしまったそうだ。桜月君曰く、「あの二人のことだからどっか旅にでも出たんじゃないの」とのことだった。自由だなぁ……。


「ごちそうさまでした」


 みんなで手を合わせてそう言って、それぞれ食器を片付ける。小坂くんが洗って気流子さんが拭いて、空美さんと海菜さんがそれを棚へ片付ける。僕と暁さんはテーブルを拭いて、猫さんと雪乃さんは買い出しに出掛けていった。両腕が折れている葉折君は大人しくソファーで待機だ。

 各々の作業が終わると、各々部屋や外へ出掛けていく。そしてのんびりとした午後を過ごす。今日も平和に一日を過ごすことが出来そうだ。


 戦いが終わって、僕たちの長い戦争は一先ず終わった。みんな、戦う理由があったらしいけど、それはもう全部終わったらしい。だから、これからやることを、これから目指すことを探すことにしている。

 僕もこれから目指すことを考えよう。まずはやっぱり、猫さんとお付き合いすることかな。どうしようもなく好きなんだなと自覚してしまっているので、これからも命の危険が訪れない程度にアプローチを続けていくつもりだ。何度雪乃さんに襲われたって折れるつもりは毛頭ない。

 狂偽兄さんにはあれ以来会っていない。今のところ、会おうと思ったこともない。正直に言って、会いたくないし会うのが怖かった。

 頭の中には誰かに言われたかもわからない、「いつかその時が来たら、お前の兄を許してやってくれ」という言葉が残っている。言葉だけが残っている。

 許す……と言われても、今のところ、何を許すのかはよく分かっていない。恨みはまだある。だけど、それが許す云々の感情かと言われるとそうでもないような気がする。

 でもまあ……いつかは、もう一度一緒に暮らして、今度は笑い合えたらいいなと、そう思う。

 その日が来るまで、僕はこの幸せを噛みしめて精々生きていこう。

 願わくは、思い描く未来へ辿り着くことが出来るよう──

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