10.壱獄煉荊の手記
最後の戦いが始まった。
私は変わらず記録を続ける。役目が何なのかは未だ知らない。
源氏蛍仁王は大体のことを知っている。いや、この書き方では語弊がある。正しくは、この先で起こることに対してどういった行動をとるのか、を知っている。その行動を繋げていくと、どういった未来が待っているのかが分かるのだろう。
現時点では世界の歯車として動くことができる。そしていつか、それができなくなる。そんなことを自覚し、思いを馳せながら彼はいつものように選択をする。
どんな未来が待っているかもわからないのに、ただ最善だけを選ぶというのはどういった気分なのだろうか。ときに、その最善が酷く恐ろしいものだってあるだろうに。
選択に従って源氏蛍仁王は嘘誠院狂偽に真実を伝えた。そして、それが引き金となり最後の戦いが始まる。
源氏蛍仁王を連れ去った嘘誠院狂偽を追う一行の戦闘に立つのは黒岩暁。現在は稲荷と記述したほうが正しいだろう。
黒岩暁の持つ脚力を駆使し、更に昼夜空美の能力による手助けを得た稲荷は、崩れ行く瓦礫から源氏蛍仁王を救い出すことに成功する。
それから直ぐに稲荷は嘘誠院狂偽への攻撃を開始する。昼夜海菜も加勢するのだが、嘘誠院狂偽に傷を負わせることは叶わず、その力の差に圧倒されてしまうことになる。
だが黒岩暁は諦めない。
人格を稲荷と交代した黒岩暁は、敢えて嘘誠院狂偽を挑発しにかかる。的を自分一人に絞らせて、後に控える嘘誠院音無たちの準備が終わるまでの時間稼ぎをするためだ。
真っ赤な炎に包まれた二人。堪えきれずその中に飛び込んでいった昼夜空美は絶望的状況を目にすることになる。
昼夜空美はそこから黒岩暁を助け出し、自ら嘘誠院狂偽に立ち向かうのだが直ぐに痛手を負わされ恐怖を植え付けられてしまう。
それを打開したのが嘘誠院音無だ。
先の戦いや、嘘誠院狂偽が召喚獣では無くなったことが影響し魔力をほぼ失っていた嘘誠院音無だが、囚我廃人が創る魔方陣によって、一時的に召喚術を無限に使えるようになる。
実はこの仕組み、囚我廃人の持つ魔力をほぼ全て嘘誠院音無に与えているのだが、そのことに気付くのは囚我廃人が倒れてからのことである。
囚我廃人の魔方陣が完成すると、それを描いていた月明葉折たちも戦いに参加するようになる。
嘘誠院音無を守り抜くことを己の使命であるとした月明葉折が真っ先に動くのだが、嘘誠院狂偽の怒りを買ってしまった月明葉折は、両の腕を折られ槍に貫かれてしまう。
そんな月明葉折にとどめが刺されようとしたのだが、雨宮気流子がそれを身を呈して庇う。結果、雨宮気流子に施された封印が破壊されることとなる。
さて、一方でこちらの戦いには参加していない三人は、復讐を果たすため我殿雹狼と対峙していた。
月明を操る我殿雹狼に対し、三人は各々術を振るい圧倒するのだが、数の暴力によって次第におされてしまう。そして、一瞬のきっかけから痛みのみを与える毒を盛られ、戦況は苦しいものへと変化していく。
更に我殿雹狼は三人の術を操ることが出来た。そのためいくら攻撃しても我殿雹狼の前では無効化されてしまうことになり、いいように毒を盛られ続けてしまう。
『人はどれほどの痛みで耐えきれずに死んでしまうのか?』なんて実験を本人はしているつもりのようだった。
戦況というのは常に変化していくものだ。
我殿雹狼の独壇場になりつつあった状況は、雷神の力を使い始めた猫神綾と、雨宮気流子への封印が解かれたことによる反動を受け小さくなってしまった雨宮雪乃によって変えられていく。
確かに三人は一度我殿雹狼と戦い破れ、当時の術は知れ尽くされてしまっている。だが、裏を返せば当時以外は知られていないのだ。それを逆手に取った戦法で、彼女たちは再び立ち上がる。
最後に猫神綾が奥義を放つことで三人はやっと復讐を果たすことが出来たのだった。
しかし、余りにも傷を負いすぎた。
三人が他の者たちと合流できた頃には半分が終わっていた。
月明葉折と黒岩暁が槍に貫かれ炎によって焼かれ、戸垂田小坂が雨宮気流子を庇って喉を裂かれ、昼夜海菜が昼夜空美のために激昂し切り刻まれ、それぞれ絶命していたのだ。
また、それまでなんとか耐え続けていた琴博桜月も紫時雨の姿を見るなり緊張の糸が切れてしまったのか多量出血により絶命する。
更に嘘誠院狂偽は止まらない。
嘘誠院狂偽が超強力な広範囲攻撃を放つと、紫時雨、風見風、雨宮気流子、昼夜空美もそれまでのダメージもあり絶命してしまう。尚、嘘誠院音無は嘘誠院狂偽が安全なように閉じ込めていたため無事だった。猫神綾と雨宮雪乃は雨宮気流子が二人を守ったため、この攻撃に関しては凌いだ。
だが生き残った二人は新たに芽生えてしまった恨みを胸に嘘誠院音無を残して立ち向かってしまう。そんな彼女たちの最期は、『嘘誠院音無に最期を見せたくない』という猫神綾のために記さないでおこう。
ひとつだけ記すとするならば、猫神綾はここで初めて己の感情を嘘誠院音無に伝えたのだった。
さて。
『嘘誠院音無を自分から奪った』として嘘誠院狂偽は力を振るい続けた。そして最後の矛先は嘘誠院音無の師である囚我廃人へ向かう。
一方でこちらの囚我廃人も嘘誠院音無を守るために嘘誠院狂偽と戦うことを選ぶ。
そこからは召喚術の応酬だった。
二人は互いに誰かの術を召喚し、互いにぶつけた。きっと、囚我廃人の魔力が何もない状態でなければもう少し戦いは長引いていただろう。しかし、『魔力を失った天才』と『魔力があり余る天才(天災)』では明らかに後者に分がある。
最終的に、囚我廃人は嘘誠院狂偽の作り上げた燃える水の槍によって貫かれ、絶命する。
では、登場人物が軒並み居なくなったところで冒頭に戻ろう。
源氏蛍仁王は何を思い、何を考え、最善を選んでいったのだろうか。
果たして本当にこれが、源氏蛍仁王の描いた最善の結果だったのだろうか。
そうだったのかもしれないし、全く違っていたのかもしれない。しかしその答えは私が知るところではないし、恐らく、源氏蛍仁王自身も分からないのだろう。
ここから先のことを私は記すことができない。私の役目は、囚我廃人が退場したことで確定してしまった。
なのでこの先の記録・報告については次の神に任せることにしよう。彼が神としていつから動くのかは分からないが、しかしまあ、なんとかなるだろう。
私は無責任にもそう思うのだ。
それでは。