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僕ラノ戦争  作者: 影都 千虎
再戦
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9.嘘誠院音無

 氷の壁と、宝石の壁。その二つがあまりにも硬くて、遠くて。


「なんで、なんでそんなこと言うんですかぁ……ッ!」


 本当に、なんでこんなときに。

 欲しくて欲しくて仕方のなかった言葉。その筈なのに。どうして。

 どうして。


「うぅ……あああぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ」


 氷の壁が砕けていく。壁の向こう側で立っている人間が見える。そして知ってしまう。嫌だ、知りたくない。やめてくれ……やめてくれ……ッ!


「さ、音無。邪魔物は片付いたよ」


 砕けた氷を踏みながら、狂偽兄さんはにっこりと微笑んで僕の方へやってくる。その後ろには誰も立っていない。

 誰も。

 一人として。


「狭いところに閉じ込めてごめん。でも、音無が悪いんだよ? せっかく俺が片付けをしてるのに邪魔してくるんだもん。悪い子にはお仕置きが必要だよね?」


 狂偽兄さんはそう言って僕を閉じ込める宝石の壁に手を伸ばす。きっと触れれば僕は解放されるだろう。魔力はいつの間にか戻ってる。解放と同時にキツいのを一発お見舞いしてやる準備もできた。許さない。実の兄だとしても、絶対に許さない。よくも、よくも、僕の大切な家族を……!


「はい、ストーップ。なぁ、俺のこと忘れとらん?」

「……囚我先生、だっけ」


 狂偽兄さんの手が止まった。視線が僕ではなく、その後ろに向かった。僕もそちらを向いてみると、数枚の札を指の間に挟みつつゆったりと歩く師匠の姿があった。


「なんの用かな? あなたも俺の邪魔をするつもり?」

「ああ、勿論や。今のお前さんにオトを渡しちまえば、オトはまた前の生活に逆戻りやからな。せっかく幸せになれそうなところまで来たんや。俺のエゴでしかないとしても譲らんで」

「それは、どういう意味かな? まるで、俺といたら音無は幸せになれない、みたいな口ぶりじゃないか」

「みたいな、じゃなくて実際そう言ってるんや。俺の言ってることの意味が分からんうちは、かわいい弟子を渡すわけにはいかんなぁッ!」


 師匠が札を投げる。すると、札からゴツい岩で出来たゴーレムが召喚され、現れるなりゴーレムは狂偽兄さんを潰さんとする勢いで殴りかかった。

 勿論と言ってしまっていいのか分からないけど、ゴーレムは拳を狂偽兄さんに当てる直前にバラバラに破壊されてしまう。

 だけどそれが師匠の目論見だったみたいだ。バラバラに砕けたゴーレムだったものの欠片が淡く光る魔方陣を浮かび上がらせ、そこから一斉にナイフが飛び出す。


「おおっとぉ?」


 流石の狂偽兄さんもこれは予測していなかったらしい。少し驚いた表情を浮かべて、だけど簡単にナイフを弾き飛ばしていく。だけどその間、狂偽兄さんは師匠の姿を見ていない!


「『月明葉折』!」

「ッ!?」


 死角から飛び出してきた師匠は一枚の緑色の札を狂偽兄さんに突きつける。すると札は変化して、甘い香りを放つオレンジ色の小さい花に変化した。確かあれは葉折君の術だ。

 師匠の攻撃はそれだけじゃない。

 狂偽兄さんはきっとどんな技を使っても大抵のものは魔力で作られた壁で全てを防いでしまう。だから、それをさせないために、オレンジの小さな花が舞う中に手を突っ込んで狂偽兄さんに札を突きつける。そして言う。


「『戸垂田小坂』」

「ッ! これは……!」

「ああ、戸垂田クンの魔力分断や。ククク……吸ったな? 葉折んの『金木犀』」


 狂偽兄さんの身体がぐらりと揺れた。葉折君の『金木犀』は感覚を狂わす幻術。魔力を分断されて壁がなくなったことで、初めてその術が効いたらしい。


「ほな次や。『黒岩暁』、『雨宮気流子』、『猫神綾』」


 間髪いれず師匠は更に三枚の札を取りだし宙へ投げた。すると、それを媒体にそれぞれ岩、水、氷で出来た龍が姿を現し、ぐらぐらと揺れる狂偽兄さんを包み込んだ。


「ぐあぁ……ッ!」


 それは初めて聞く狂偽兄さんの呻き声だった。まともに攻撃を、痛みを受けたらしい。


「ごめんなぁオト、ツラいもんばっか見せて。でも俺も魔力すっからかんだし、(コイツ)と皆の力を借りるしかなかったんや」

「その札は一体……」

「ん? ああ、これは召喚符っちゅーんや。なにそんな豆鉄砲喰らったみたいな顔してるん。俺だって召喚士や。伊達にオトに召喚術教えたわけやないわ」


 そう言って師匠は札を構えつつニッと笑った。

 だけど、次の瞬間その札は突然切り裂かれてしまう。


「『みんなの力』……ねぇ。それ、俺も出来るよ」


 勿論それをしたのは狂偽兄さん。だけど札は持っていない。ただ手を前に突き出しただけだった。

 そんな兄さんの周囲には風が渦巻いていて、桜月君か時雨さんの術を使ったのは明白だった。だけど驚くことではない。だって狂偽兄さんは、師匠が札を使って召喚をする前からやっていたじゃないか。

「残念だけどお師匠様、あんたのそれは札さえなければなんの意味もないんだよね。それに、オリジナルと同じ程度の火力しかでない」狂偽兄さんはそう言いながら水溜まりの水を操り始める。「やっぱり、こういうのはオリジナルを越える火力を出さないと」


「……ぐ、ぷ……ッ」

「師匠ッ!」


 気付いたときには終わっていた。

 水で出来た燃える槍が師匠の身体を貫いていた。

 そして師匠は膝から崩れ落ちる。槍はビキビキと音を立てながら凍り、傷口から師匠の身体そのものを凍らせ始めた。


「ま……待ってください! 師匠! 師匠が!」


 僕を閉じ込める宝石の壁を殴る。何度も何度も両腕で殴る。だけど壁は壊れない。僕は閉じ込められたままなにもすることができない。師匠が目の前で殺されようとしているのに。じわじわとその身体が侵食されているというのに。僕は!


「出せ! 出せよッ! この……ッ、こんな……ッ!!」

「やーだ。出してあげないに決まってるじゃん。俺を封印しようとした悪い子にはそのぐらいのお仕置きが必要なんだってば。俺の話、ちゃんと聞いててよね」

「うるさい! うるさいうるさいうるさい! みんなが、師匠が何をしたって言うんだ! 僕が何をしたって言うんだ! いつも──いつもいつもいつもいつもッ!!」


 叫ぶ。叫ぶことしかできない。僕のせいなのに、僕さえいなければこんなことにはならなかった筈なのに、僕は僕のせいで傷ついていく師匠のもとへ駆け寄ることすらできない。


「……オト。そろそろ殴るのやめい。そんなことしたら……お前の腕がダメになるやろが……」

「ッ、師匠! ……そんなの、そんなこと、どうだっていいんです! 今は師匠が!」

「やかましいわ……見りゃわかるやろ……。今さら、どうすることも出来んわ、こんなん……」


 ぐぷ、と師匠が口から赤い液体を吹いた。だけど師匠は僕のほうに顔を向けて()()()()()()。申し訳なさそうに、困ったように、だけどとても優しく微笑んでいる。


「ああ……そういや……お前のこと、傷付けてばっかで悪かった、な……。アリスさんが……あそこまでやらかすと、思わんかったん、や……」

「もう、もういいです師匠……だから、もう……」

「ごめんなぁ……お前のこと、ちゃぁんと……幸せに…………」


 師匠の言葉はそこで途切れて溶けるように消えていった。最期はうわ言のように呟いて、そのまま横にぱたりと倒れて、そして動かなくなった。

 置物のようになったその身体に僕は駆け寄ることもできない。その身体に触れることもできない。


「う……あ…………あぁ…………」


 もう、誰も動かない。

 僕のせいで、全部、僕のせいで!


「やっと二人きりになれたね、音無。今出してあげるよ」


 狂偽兄さんは先程までとは打って変わってとても優しい声でそう言って僕を解放した。そして僕にゆっくりと近づいていく。僕はそれに──


「……なんの真似かな」


 狂偽兄さんの足が止まった。その視線は、僕の手、狂偽兄さんに向けたナイフに向けられている。


「それ以上……近付かないでください。むしろ、今すぐ僕の目の前から消えてください……」


 もう声も聞きたくない。顔も見たくない。憎くて憎くて気が狂いそうだし、今すぐ八つ裂きにしてしまいたい気持ちもある。だけど、そんなことをしたって、仮に狂偽兄さんを殺せたって、みんなが戻ってくる訳じゃない。狂偽兄さんに殺されたみんなが生き返る訳じゃない。だったら、もう……感情をぶつけるのすら億劫だ。狂偽兄さんを殺すために生きているのすら嫌だ。こんな奴のために、こんな奴なんかのために……。


「全部、全部お前のせいで……」


 涙がこぼれているのか、それとも声がこぼれているのかは分からない。もしかしたらこぼれているのは感情なのかもしれない。

 ずっと前に、狂偽兄さんが全部悪いと断罪されてくれれば、事の全ての責任が狂偽兄さんにあると押し付けられれば、狂偽兄さんに汚点がつけばそれで僕は報われると、勝てると、何故かそう思っていた。だけどそうじゃない。そんなこと、そんなものどうだっていい。そんなものになんの意味もない。

 僕はただ、ただ……!


「……返してください。みんなを、僕の家族を……」

「家族……? 何言ってるんだよ音無、家族は俺じゃないか」

「あなたなんて家族じゃありません。大切な人でもありません……僕の家族は、大切な人は全部、全部、兄さんがたった今奪っていったんです。だから、返してください……」


 昔から狂偽兄さんは『なんでもできる子だ』とちやほやされていた。だったら、なんでもできるのだったら、今すぐ叶えてほしい。みんなを生き返らせて、僕の目の前から永遠にいなくなってほしい。


「そのくらいで止め。本当に世界が滅ぶことになるぞ」


 と、ここで僕は急に口内に指を二本ほど突っ込まれた。何が起きたのか理解できなくて、口から伸びる腕の先を何度か眺めてようやく理解した。この手は壱獄煉荊様のものだ。


「何が起きたのか分からないような顔をしているな。……ほら、よく聞くが良い」


 僕の口から指を抜くどころか、そのまま指で舌をいじり始めつつ荊様はそんなことを言う。すると僕は今まで聞こえていなかった、否、聞こうとしていなかった音が聞こえるようになる。


「う、うそだ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ音無が、音無が俺のことを嫌いなんて、消えろなんて、あんな他人の集まりが俺よりも大事なんてそんな、そんなこと嘘に決まってる決まってるじゃないかだって俺は、俺はこんなにも音無のことを愛しているのに、愛し続けていたのに、誰よりも何よりも愛しているのにそれなのに、あり得ない……あり得ないッ!」


 ガシガシと顔を、頭をかきむしり、頭を振り乱し狂ったように狂偽兄さんは呟き叫んでいた。それはもう、僕にとっては呪詛そのものだった。

 ただ、そこから得られたのは、どうやら僕はいつの間にか全てを声に出してしまっていたらしい、ということだけだった。


「あー、その辺にしてくれ、嘘誠院狂偽。お前にはこれからの役目があるんだ、狂ってしまっては困る」


 荊様は僕の口からやっと指を抜くと、今度はそう言って光の輪のようなもので狂偽兄さんを束縛した。ついでに目隠しと猿ぐつわも装着している。信じられないような光景だった。


「さて……勝手に引き継ぎさせてもらおう。安心しろ、次に目が覚めたときには全てを理解するだろう。

 なんだ、源氏蛍仁王。私にこの役目を与えたのは貴方だというのに、何て顔をしているのだ」

「……ぼくは……」

「良い。分かっておる。貴方は最善を尽くした、それだけのことだ」

「でも、ぼくは荊様にも……ッ!」

「……ふふ、そんな様ではこの先が思いやられるぞ?」


 狂偽兄さんを鎮めると、荊様は別方向に顔を向ける。その視線の先には仁王くんがいて、ボロボロと涙をこぼしていた。

 二人の会話の意味は分からない。ただ、荊様が泣きじゃくる仁王くんを見て、対照的に上機嫌そうな笑みを浮かべているのがとても印象的だった。仁王くんがそう言うのがとても嬉しそうな、そんな。


「先代のようにはなるまいとは思っていたが、難しいものだな……。

 さて、嘘誠院音無。ここまで耐えたお前には……いや、お前たち、か? まあ、なんでも良い。褒美をやろう。私の全てをかけた褒美だ。無駄に扱ってくれるなよ?」


 最後に荊様は僕のほうを向いて笑った。そして口にする。『この戦いで命を落としたものに救済を』と。『この世界に再生の光を』と。

 それは神様だけが使える最強の力。全てを叶えることのできる、運命の全てを書き換える神の力。だけど、この力は……


「ああ、最後にひとつだけ──嘘誠院音無。すぐにとは言わない。言わないが、いつかその時が来たら、お前の兄を許してやってくれ」


 僕が気付いたことに荊様は気付いたのだろうか。きっと気付いただろう。この人は神様なんだから。

 荊様が最期にそう言うと、世界は真っ白な光に包まれて泡のように溶けていった。

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