5
寮の同室者は持ち上がりで学園の内情は分かっていて、カノジョ持ちだから水流を押し倒す危険はまずない安パイで、Dでガタイもいいし押しの強い奴、と。
そんな説明を受けた相手は…説明どおりだった。
「内藤琢磨だ。プロフは生徒会か風紀から吹き込まれてんだろうから省略。聞きたいことあるんなら答えるけど、なんかある?」
「え、えぇと、部活なに?」
「まずソコかよ!」
…なぜだか盛大に笑われた。嫌ったり見下げたり、といった感じではないのでスルーだが。
「基本的にはバレー。あと、卓球とか柔道とか。バスケやハンドもヘルプでごそごそと」
「ヘルプ?」
「中学でも、部には所属してなかったんだ。高校でもそのつもり。あちこち好きに顔出して、適当に使われる」
「…それでD? そんなの、アリなんだ」
「アリなんだ。結構、自分の好きにできる。俺だけじゃないし、D以外にもちらほらとそーゆー奴はいるよ。まぁ、全国目指す部はさすがに行けないけど、大概それは個人種目だし」
「あぁ、それでか。生徒数のわりに団体競技な部活の種類が多いな、と思ったけど、そうやってそれなりに賄ってるんだ」
野球なら9人、サッカーなら11人、ラグビーにいたっては15人、バスケでも5人はいなければ試合ができない。日頃の練習にしろ試合でのベンチメンバーにしろ、スポーツ特待を設けるような学校なら最低でも3倍は居る…というか、要るだろうに、と。
まず個人ありきで団体戦もあるというのは、牧嶋が属するという弓道や、柔道剣道空手、あとは陸上水泳卓球だろうか。運動を苦手とし、さしたる興味もない水流にはその程度しか分からない。
とりあえず、部活に心血を注ぐわけではなくとも身体を動かしたいときの受け皿はいろいろある、ということか。
「そゆこと。いいねぇ、アタマいい奴はハナシ早い」
そう言って、内藤はやはりカラカラと笑う。気持ちのいい相手だ、と、人見知りの自覚がある水流でも素直に思えた。
「あ、そういえば、荷物入れてくれてありがとう」
牧嶋に案内という名の護衛をされて寮の部屋へと行けば、てっきり廊下に置かれていると思っていた荷物は、部屋の隅に積まれていたのだ。
「いやいや、廊下塞いどく方が迷惑だから。そのくらいのことは、寮生みんな当たり前にするよ」
手を必要としているなら差し伸べる。足りなければ助けを呼ぶ。けれど必要以上には踏み込まない。ここで共同生活を円滑に営むためのルールというか知恵だという。
だから、助けを求めることを懼れなくていいのだと。
「お前、自分から声出さなそうだけどな。少なくとも俺と牧嶋、海賀もだな、その辺には安心して声掛けれ。あと生徒会と風紀は問答無用でこき使っていい」
俺もこき使われてるクチだし。と、また笑う。
「…なんか、迷惑かけて、ごめん」
「だから、そこは“ごめん”じゃないっしょ?」
「え、えぇと…、ありがとう?」
「おう! どういたしまして、ってな」
「…でも、だったら、頼りまくるよ? いろいろ分からないし」
満面の笑みが嬉しくて。つい弱音が零れた。
そしたら。
「はいよ。とりあえず、朝晩のメシは俺と同伴な。食堂で一緒に喰うような友達できたら離れるけど。その後で寄り道するなら、とにかく誰かと一緒に部屋戻ってくれ。直帰で誰もいなかったら俺とか呼べばいいし。無害な奴チョイスしとくから。昼は学食なりなんなり、基本的に牧嶋がつくだろ。とにかく、慣れるまではひとりで動かんでくれ。お前になんかあったら、俺はありすさんに殺される」
「あー、やっぱ怖いヒト?」
思わず苦笑がもれる。
が、内藤にとってはそんな軽いものではなかったらしく、血相変えた。
「怖いなんてもんじゃねぇ! 中等時も、宇佐見サンが会長で、ありすさんが副で、山根サンが書記。あと、高等には進まなかったけど発田さんってヒトもいて。牧嶋も会計で入ってた。で、マッド・ティパーティ言われてた…ってか少なくとも持ち上がりの中では現在進行形」
「…マーチラビット、アリス、ドーラット、マッドハッター、にナイト? でもって、海賀もなんか関わってたのかな。ウミガメ、なんでしょ」
「お見事! 海賀は風紀だったからちょっと外れてたけど」
「牧嶋の騎士は無理がある気もするけど」
「ま、そう言われてたんだからそーゆーモンだってことで納得しとけ」
「ん。で、有栖川さんが最強、と」
「そゆこと。あの人にだけは逆らうな。無茶言うヒトではないから多分不都合はない」
「…多分?」
「……多分、な」
まぁ、言われずともあのヒトに逆らおうとは思わないが。
「内藤は? それこそ名前からして騎士認定されてそうなもんだけど」
「俺は役職とは縁ないから~」
「でも今回は俺って厄介事押し付けられたんだよね」
「だから、」
と、なぜか顰め面で強く。
「厄介とは思ってないよ。てかな、ホントに嫌なら拒否る。強制じゃないんだ。あくまで『お願い』。やってくれると助かるな、ってレベル。断っても俺に不都合不利益は一切ない。そういった無理強いは絶対にない」
「ま、確かに。権力…てか権限? あっても別に使わない、てか、どーでもいいとか思ってそうだよね、あのヒトたち。肩書きじゃなく、自分のチカラだけでどうにかするような」
「お前その洞察力、なんなの? 今日ちょっと会っただけだよな?」
「見たまんまの感想だけど」
「…即行で勧誘されたろ」
「生徒会。問答無用だって」
「ま、そりゃそうか。詳しい事情は聞いてないけどさ、そもそも外部組にはそれとなく訳知りの内部生つけるんだよ。案内役、で済めばいいんだけど、お前みたいに厄介事のネタを無自覚に抱えてたら、そりゃもう問答無用でガードつけるわ」
「兄、とサッカー部が、とは聞いたけど。で、強姦輪姦とか」
「うわ、ありすさんてば初っ端から容赦ねぇ!」
さすが、と言いつつ内藤はまたもや爆笑。どこに笑いのツボがあるのかは謎だ。
「ま、まぁとりあえず、荷物片して、その後は寮内案内して、多分それくらいで晩飯時になるだろうからそのまま行こう」
「…かたす?」
「あ? あー、方言らしいな関東の。片付ける、だよ」
つい出ちゃうんだよなー、と。
「関東出身なんだ」
「元は千葉だよ。親の転勤で苫小牧来たのが小5。その後も転々とするの確定だから中学から寮のあるとこ入れ、ってココ放り込まれた。お前はずっと札幌?」
「いや、生まれも育ちも岩見沢。札幌はどうにか通学圏だけど、ココはアクセス極悪だからってオヤにゴリ押しした」
「結構いろんなトコの奴いるから、最初はカルチャーギャップあるかもなー。それこそ俺だって、道民の『手袋はく』は聞き返した」
「はく、じゃないの?!」
「向こうじゃ『つける』とか『する』とか。『はく』のは足。靴下とか」
「…なんか無駄に語彙増えそうな環境?」
「おう。津軽方面も海モノと山モノでめっちゃ違うっつーか、本気でケンカしてたりするぞ。あと関西も要注意。大阪神戸京都はそれぞれ別モンなんだと」
「…うん、ホントにしばらく一緒に動いてくださいお願いしますでもって地雷踏む前に警告してください」
「はいよ、承りました」
そうしてクスクス笑いあった後。
内藤の言に従い少ない荷物を片付けて、寮内を案内されて、内部だからか顔が広いらしくそこここでかかる声に応えては紹介され、を繰り返し。食堂についた頃には疲れ果てていた。
「ここのメシ、結構ウマいから。たんと喰って大きくなれー。で、おばちゃんオレはA定大盛!」
「結構ウマい、って、褒め言葉としちゃ微妙だよ! で、そっちの可愛い子は? 大盛…にはしなくてよさそうだけど、好き嫌いないならまずは日替わりがお勧めだよ」
「あ、じゃあそれお願いします」
「はいよ。見覚えないし、新入りくんだよね? アレルギーは勿論だけど、どうしてもどーしても! ってな好き嫌いレベルで食べられないものがあるなら適当に入れ替えてやるから申告おし」
ナイショだけどね? と笑うおばちゃんの顔を見る限り、申告した際の追求の方が、嫌いな物を除けてもらうより大変そうだが…。
「アレルギーはいまのところないですし、好き嫌いも特には。苦手はあっても、食べられないことはないです。てか、苦手だと思ってた食材でも調理法で美味しかったりしたから、一度はちゃんと食べます」
「よし、いい子だ! じゃ、上がるまでに、そこの従者に食券機の使い方とか説明させな」
「何故おばちゃんまで従者認定ーっ!」
「諦めろ」
とは、聞き慣れたくはないけれど、聞こえたら即行で逃げたいから覚えてしまった声だった。