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五.潜在能力というやつでしょうか

 窓の外には大きな木が立っていて、少し頑張れば届くところに枝も張り出していた。


 窓の縁に足をかける。今度は天使さまに会いに行くためではない。しっかりと蹴り離して枝に飛び移った。

 それから部屋の二人を振り返る。


「おっけ。次来て」


 ミシャナマールは窓の下を見下ろして、ぶるっと体を震わせた。

 部屋は二階にあって、その割には高さがあるかな程度なのだが、それでも落ちればどこか怪我することは間違いないくらいには危険だ。昔よく木に登って遊んでいた翔には、どんな怪我をするかくらいはだいたい見当がついた。


「……怖い」

「何か言った?」

「別に、何でもないわよ! 跳べばいいんでしょ、跳べば!」


 ミシャナマールはやけくそ気味に叫ぶと、窓枠に足をかける。だが外に体を乗り出した途端その動きがぴたりと止まり……そのまま縮こまって震え出した。


「無理よぉ……」


 涙声のつぶやきが聞こえた。



◆◆◆



 時間は少しだけ遡る。


「……償いって何よ」


 ミシャナマールがじりじりと下がりながら言う。


「悪いけど金銭の類は渡せないの。司祭は財を持つことを許されてないから」

「いやそうじゃなくて」

「やっぱこーゆーのだよねー」


 ミシャナマールの背後から伸びた手が、その乳房を持ち上げた。


「ひっ!?」

「この子背は小さいけど、体はものすごいから」


 もにゅん、もにゅん。


「や、やめっ、マレトゥナ! こらっ!」

「てい」


 お留守になった足元をマレトゥナに払われて、ミシャナマールの小さな体が宙に舞う。落下の衝撃で寝台が大きく軋んだ。


「と、いうわけでどうぞ」

「いやおい」


 半眼でうめく。

 マレトゥナがきょとんと瞬きした。


「あれ? 不満? やっぱ中身確認しないと安心できないお人? だーいじょうぶ、胸に詰め物とかは入ってないって!」

「そんな心配はしてない!」


 目を回したミシャナマールの胸元をはだけにかかる馬鹿を引きはがして、荒い息をついた。


「お前友人を売るタイプか」

「そんなことないよ。ちゃんと自分も差し出すってば」


 ぴらりと裾を持ち上げ太腿をのぞかせてマレトゥナ。なにやらそれらしいポーズまでとって。

 頭痛で眩暈がした。確かに眼福だったし据え膳はいただきたかったが、場合が場合だ。


「俺が頼みたいのは、俺を元の世界に返してくれってことだよ!」

「元の世界?」

「ああそうだ。召喚に失敗して、間違って呼び寄せたんだってのなら、きちんと責任持って送り返してくれ。君たちにだって得はあるだろ? 失敗をチャラにできるんだから悪くない話だ」


 寝台から、がばっと勢いよくミシャナマールが起き上がった。



◆◆◆



 というわけで、昨日の広場――北の儀式砦だったか?――に向かうことになった。


「送還を行うにもあの場所の方が都合がいいはずだから」


 とのことだったのだが。


「むりぃ……こわいぃ……」


 もはや強がることすらできなくなったらしいミシャナマールは、窓枠にしがみついてぐすぐす涙目をこすっていた。


「ほら、大丈夫だって。早く」


 元気づけようと声をかけるのだが。


「できないものはできないわよっ……!」


 ヒステリックに返されてしまう。


「じゃあどうするんだよ。名誉を回復するんじゃないのか?」

「そうだけどっ」

「諦める?」

「嫌よ!」

「なら跳ばないと」

「それも嫌!」


 どうしろと。いらだちを覚えながらも、ふと思い出すものがあった。

 あれはもっと高い場所だった。あの時翔は冷たい風にさらされて、恐怖と寒さに震えていた。

 苦笑しながら口を開く。


「なあミシャナマール、あの雲が見えるか?」

「……?」


 がくがくと震えながらも彼女は顔を上げた。


「何に見える?」

「別に何にも……」

「なんか亀っぽくね? ゆーっくり泳いでどこ行くんだろうな」


 ミシャナマールはしばし首をかしげて考え込んだようだが、ためらいがちに呟いた。


「亀には見えないわ」

「そうか」


 翔はうなずいて手を伸ばした。ミシャナマールも体を起こして跳ぶ体勢を整える。もう震えてはいないようだった。


 ミシャナマールが窓の縁を蹴り離した。

 その腕をつかんで引き寄せる。彼女の足が無事に枝の上に乗った。緊張のせいか、荒い息をついているが、特に問題はなさそうだ。


「跳べた……」


 呆然とした様子でミシャナマールがつぶやく。


「お疲れさん」


 労ってやると、彼女は不思議なものを見る目でこちらを見上げた。


「さっきのは何だったの?」

「雲のこと? あれは俺が小さい頃木から降りれなくなった時に、空を見たら落ち着いたことを思い出したんだよ」

「……ふーん」


 彼女はもう一度空を見上げた。


「でもやっぱりさっきの雲、亀には見えないわ。あれは兎よ」

「え? マジ?」

「ええ」

「そうかなあ」

「あのー、お二人さん?」


 不意にマレトゥナの声がした。見ると肘をついて窓からこちらを眺めている。


「そんなにくっついてずいぶん仲のいいことですねー。手もつなぎっぱだし。まあわたし的には応援しないでもないけど?」


 確かに近いし手もつなぎっぱなしだった。

 慌てて離れようとする。が、狭い枝の上で、そうそう距離を取れるはずもなく。

 しかも急に動いたせいで、枝が不気味に揺れ動いた。


「あ」


 そしてぼきりと、音を立てて枝が折れる。二人は手をつないだまま宙に投げ出された。


 地面が一瞬で目の前に迫った。まっさかさまに落ちてしまったので間違いなく大怪我コースだ。木登りの経験などなくてもわかる。下手をすれば死ぬかもしれない。

 ちくしょう。翔はうめいた。よくわからない世界で、誰にも歓迎されないまま死ぬなんて……ついてない。


「……?」


 そこまで考えたところで異変に気付いた。まだ落下が終わっていない。もうとっくに地面に叩きつけられていてもおかしくないのに。

 横を見ると緑の瞳と目があった。ミシャナマールも困惑しているようだった。


「……」


 もしかして、と思い、意識する。体がゆっくりと上昇を始める。最初の窓の前に戻ると、マレトゥナのわーお顔に迎えられた。


「わーお……」


 身を乗り出して目を輝かせる。


「すっご! 何それ! いーなー!」

「いや俺もなにがなんだか……」


 宙にふわりと浮遊している。それだけといえばそれだけなのだが。


「さっきまでそんな気配はなかったのに……もしかして……」


 顎に手を当て、ミシャナマールがなにやらぶつぶつ言っている。

 翔の視線に気づいて顔を上げた彼女は、「何でもないわ」と首を振った。


「わたしも飛ぶ!」

「駄目よ。あなたはここに残って」


 こちらに来ようとしていたマレトゥナを、ミシャナマールが制した。


「なんで! ミシャだけずるい!」

「保護対象と懲罰対象が全員いなくなったら問題あるでしょ。あなたはここで引き留めるの」

「えーでもー……」

「じゃないと保護対象の世話係サボったのばらすわよ! 頼んだからね!」


 そして彼女はこちらを見上げた。


「行きましょ」

「あ、ああ」


 背後にぶーたれの気配を感じながら。二人は空を滑り出した。北の儀式砦。その場所を目指して。

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