プロローグ
夕暮れ時、陽の光も赤く染まり、もうじき夜の闇に包まれる頃。
俺は駅から家に向かい歩いていた。丘の上にある自宅まであとちょっとのところまで来たとき、横断歩道の真ん中で立ち往生しているばあさんを見てしまった。
目を凝らして見るとカートの車輪が路面の穴に嵌まってしまって動かなくなっているようだった。ここは緩やかなカーブになっているので遠くまでは見えなかったが、車は来ていないようだったので急いでばあさんのところまで助けに向かった。
「大丈夫か、ばあさん!」
声をかけるとこちらを向きホッとした表情を浮かべた。顔を見ると丘の上の古い屋敷に住んでいるばあさんだとわかった。その屋敷は小学生の頃までは幽霊屋敷と呼んでいたし、住んでいるばあさんも小学生の間では魔女と呼ばれていた。それは子供の頃のよくわからないものが怖いと言うもので、大きくなるにつれて気にもしなくなった。
しかしその頃から面影が変わっていないのを見て少々驚いたが
「タイヤが嵌まってしまってね。動かなくなってしまったんだよ。助けてもらえるかい?」
「もちろん、手伝いますよ」
とりあえず持ち手を引き上げてみる。しかしガッっと音だけして、何かが引っ掛かっているのか持ち上がらない。かがんで車輪の嵌まった穴を見ると車輪は穴の縁に引っ掛かっているようだった。一度下ろし、穴の中に指を突っ込み車輪を回す。そしてもう一度上げようとしたとき
「危ない!!」
ばあさんの叫び声が聞こえた。ばあさんを見て、その視線の先を見ると、減速していないトラックがこちらに突っ込んで来るのが見えた。距離は10mも無い。
とっさにばあさんを突き飛ばし、自分も逃げようとした。しかし立ち上がって逃げるというのはすぐにできることではない。
ボンッ
体が宙に浮き、街路樹が回転を始めた。そして一瞬は長く引き伸ばされた。親の顔、友達の顔、学校の思い出や過ぎ去った家族の思い出が目に写る。これが俗に言う走馬灯というものなんだろう。そして紅の光が目に入り、地面が近づいてくる。
ゴンッ
『本日夕方、県道71号線でトラックと歩行者の死亡事故がありました。亡くなったのは市内に住む21歳の大学生……』